第5話 退魔の技術

「殿!二撃目、いつでも放てまする!!」


 背後で部下の声。


「合図を待て!」


 そう応えるのとほぼ同時に、軍配に重い衝撃が伝わってきた。斬撃。夜叉の正面きっての攻めに、三成の身体は半歩、後ろへ退がる。


「ほれほれ、そんなものか優男が!」


 夜叉は更に太刀に力を加える。上からのしかかるように圧を加えられ、軍配を支えている両腕が徐々に下がっていく。腕が下がりきれば、敵の刃はたちまち三成の額を割ってしまうだろう。

 三成は軍配の心得はあっても、武芸者ではない。武器と武器を突き合わせての力比べに勝てるような腕力は持ち合わせていない。まして相手は人外の夜叉だ。


「はあっ!!」


 三成は手首をひねるようにして軍配に力を加える。再び炎が吹き出し、夜叉の太刀を襲う。


「ハハハッ! 来ると思っておったぞ、三流め!!」


 しかし今度は、夜叉は怯まなかった。炎を包まれても、涼しい顔をしたままだ。


「先程は、とっさの事に身を翻したがのう。本来、炎はわらわの驚異ではない!! 貴様の放った炎を両断した時に気づかなんだか!?」


 夜叉はそのまま斬圧を加え続ける。ガクリと膝が折れて、三成の身体が沈み込んだ。


「その涼やかな顔を断ち割って、脳髄をすすってくれよう!!」


 青く光る太刀の切っ先は、三成の眼前に迫っていた。が、その時。


「放て!!」


 三成が叫ぶと、パパパパァッと火縄銃の砲声が轟いた。橋の左右の部下たちが、二撃目の一斉射を放ったのである。


「グアアアアッッ!!?」


 今度は全弾夜叉に命中した。身体の各所に、赤い花が咲いたように血が吹き出し、彼女が見につけている戦装束が粉々に砕け散った。


「なるほど……やるのう。わらわをここに釘付けするために、自らオトリとなったのか……!?」

「何だ、やっと気づいたのか?」


 三成は、沈んだ身体を引き起こす。銃撃で体勢を崩した夜叉を見下ろすように、仁王立ちになった。


「ぐ……しかもこの銃弾は…………」

「フハハ、痛かろう?」


 夜叉の肩に咲いた血の花。そこに三成は中指と人差し指を突っ込んだ。


「ウギャアァァアアアアッ!!!」


 夜叉の叫びが夜の川にこだまする。それを全く意に介さず、三成は二本の指を夜叉の肩の中で動かした。


「おっ、あったあった」

「ぐ……ぎぃ……き、貴様なにを……」

「ほら見たまえ」


 三成は銃創から指を引き抜いた。その間には半分潰れた金属の破片が挟まれている。


「本来、鉄砲の弾は鉛を使うのだが、これは石見いわみの銀を用いた特別製だ。伴天連バテレンの退魔師が銀の剣や弾を使うと聞いて、私も試したのだ。もちろん仕掛けはそれだけではない」


 夜叉の顔に潰れた弾丸を近づける。


「ほらわかるか? 弾にはこの寺の僧に、経文を書き込ませておる。この寺の本尊は弘法大師に縁があってな。その法力は折り紙付きというわけだ」


 三成は得意げに語り続けた。


「東西の退魔の技術融合!これこそが石田流軍配術の真髄なり。もともと貴様は、【木】を拠り所とする物の怪、【金】より産み出した鉄砲玉が有効だと踏んでいたけど、この特製銀弾の効果はてきめんだったようだな」

「……気づいておったか?」


 愕然とする夜叉の顔を見て三成はニヤリと笑う。


「当たり前だろ。その程度のこと、ハナから承知さ。炎にも強くて、火を放てば調子に乗って油断する事も含めてな!」

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