第7話 鬱憤ばらし

 立ち上がった夜叉は後ろに大きく跳躍し、三成から距離を取る。


「この橋はもともと、わらわが宿っていた老木を切り倒して作ったもの。住み心地の良い木じゃったのだが、こうなっては仕方あるまい。新しい家を探しに行くかのう」


 そう言って、夜叉は対岸の闇へと消えようとした。


「さらばじゃ」


 しかし……


「ふっ、馬鹿め」


 橋を離れ、地面を足をつけたその刹那。


「ギャアアッッ!?」


 夜叉の身体に食い込んでいた弾丸が爆ぜ、その体内で暴れまわった。止まりかえかけていた血は再び吹き出し、骨を砕き、肉を切り裂く。


「な……なにを……した?」


 夜叉の身体は、再び崩れ落ちた。三成は、脚を動かしてブチブチと絡みついたツタをちぎる。自由を取り戻すと、橋の上をゆうゆうと歩き出す。


「初撃の弾丸が、無駄打ちだったと思ってるのか? あれで結界を作っていたんだよ。貴様がこの橋から逃げ出さないようにな!」


 初撃で放った弾丸と、夜叉の体内に食い込んだ二撃目の弾丸。この二つが共鳴すると、体内の弾丸が雲丹うにのように棘だらけの形に姿を変える。そんな術を施していた。こちらは属性は関係ない、夜叉の肉体を痛めつける。


「なっ? しかし貴様、初撃は様子見だと言ったではないか?」

「一つの手に、いくつもの意味をもたせる。軍配師として当たり前のことだ」

「……貴様。本当に忍城でヘマこいた三流軍配師なのか?」


 チッと三成は舌打ちをする。


「ああ、そうだよ。理屈は完璧でも、無能に足を引っ張られると、たちまち三流の烙印が押される。だから大軍を使っての合戦は嫌いなんだ!!」


 吐き捨てるように言った。忍城での敗因には、三成の判断の誤りが含まれている。仕方あるまい、それは認めよう。しかし、全てが私の責任か? 私の指令通りに動かない無能連中に責は無いのか?


「その点、物の怪退治は良い。すべてが私の思うようにいくからな。政務で溜まった鬱憤を晴らすのに最適だ!」


 三成は橋の最端まで来た。地面に伏した夜叉を、ほぼ真上から見下ろす。


「友軍や民からの嘲りの声は無視するしかない。それに怒っても誰も得しない。デキる奉行は受け流す」


 夜叉は、自分を見下ろす男の瞳を覗き込み……そして震えた。


「ヒッ!?」

「だが……物の怪なら話は別だ。貴様にどう怒りをぶつけても不満を言うものは誰もいない」


 これまでの自分を見ていた瞳とは違う。そこに歓喜の色が出ていた。


「私を散々三流呼ばわりしたこと、後悔させてやるよ……!」


 これまでの銃声や叫び声などとは、比較にならないほど大きな夜叉の悲鳴。これまで耐えに耐え続けていた三成の我慢は、ついに暴発した。夜叉は不幸にもそれを一人で受け止めなければならなかった。


 霧は、いつしか腫れ上がり、天には月が輝いている。月は無感情に、橋のたもとで行われている惨劇を、ただただ見下ろしていた。

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