第33話 関東魔術士支援学校

 学校というのは、多かれ少なかれ閉鎖的な空間である。

 この学校も例外ではない。関東魔術士支援学校。小学校でのテストで魔術士として適性があると判断された子、そのテストを受ける前に魔術士として覚醒した子、主にそれらが、魔術のコントロールを覚え、暴発させたりしないようになるまで訓練する学校だ。

 日本国内に6カ所あるが、どこも全寮制で、万が一の為、人里離れた場所にある。

 関東魔術士支援学校は関東地方の山中にあり、高くて分厚い壁で外界から遮断され、電話やメールで家族とやりとりはできても、外泊や外出は厳しい制限が設けられていた。

 ここの現在の生徒は、下が8歳、上が17歳。人数は80名ほどだった。

 8歳なのは希と令音だけで、最近までは、希1人だった。

 しかし、2人が孤立しているのは、年齢のせいにはできないだろう。

 希はかなりの美少女ではあるが、人形のように表情が動かず、考え方や反応、遊びなどの知識が、普通ではない。

 魔術制御の授業は成績がいいが、それでも本人的にはまだまだ足りないと当然のように言い、友達がいないのに平然としている様も、近寄りがたい空気をかもしている。

 令音はどこか暗い子で、警戒心を解かない。そのクセ、希とは唯一普通に話をする。

 それで2人まとめて、周囲から孤立しているような形になっていた。

「希、それ何?」

 令音が訊くのに、希は答える。

「料理の本よ」

「何作るの?」

「プリン」

「ぼく、味見する」

「いいけど、何で令音はいつも私にくっついて来るの」

「いいじゃん。希は信用できるのがわかってるし。

 そういう希は、何で友達いないの。女子って、トイレに行くのも一緒じゃん」

「そういうの、わからないわ。私はマスターしか知らなかった。そこに現れたのがあまねで、あまねは私を受け入れてくれた。そしてあまねの相棒のヒロムも、私に害を成さない。

 私はまだそれ以外の人間に、慣れていないの。だからいいの」

 令音はよくわからなかったが、(なんだ、ぼくと同じか)と思い、次いで、(あいつがライバルか)とあまねの顔を思い浮かべた。

 そして気付く。

「もしかして、それ」

「ええ。世間ではチョコレートを贈る行事があるらしいわね。だから婚約者としてちゃんと認めさせるためにも、チョコレートを贈ろうと思うの。

 何もした事が無いから、初心者でも簡単と書いてある、チョコレートプリンに挑戦してみようと思うんだけど、どうかしら」

 令音はムッとしながらも、一応答える。

「いいんじゃないかな。クッキーとかも簡単らしいけどね」

 それを聞いて、希はふわっと微笑を浮かべた。この表情を見れば、誰も、希を人形のようで不気味だとか言わないだろう。

 だが、ここには令音しかいなかったし、令音はそれを教えて、わざわざライバルを増やす気はない。

「良かったわ」

 そう言った時には、もういつもの無表情に戻っていた。


 火を入れすぎたり、甘すぎたり、失敗が続き、それを希と令音は黙々と食べては再挑戦する。

 正直令音は、プリンはもうしばらくいらないと思った。しかし、令音が見ている先で、希は楽しそうに、幸せそうにプリンを作っている。

 楽しそうな希を見る令音は、幸せではあったが、それがあまねというライバルの為だと思うと、複雑だった。

「でもさ。あまねってあの刑事だろ」

「そうよ」

「何か、弱そうじゃん」

 希は黙って、皮肉気に唇を片方吊り上げた。

「そ、それに、大人だし」

「ええ、そうね。大人だわ。包容力もあって、経済力もあるわ」

 よくわからないが、差を付けられていると思って、令音は焦った。

「ぼ、ぼくは伸びしろがあるよ」

 テレビで聞いた事があるが、こういう時に使う言葉だとは知っている。

「まあ、子供だしね」

「大人なんだし、大人の恋人とかいるんじゃないかな。例えばあの胸の大きいお姉さんとか、きれいな係長の人みたいな」

 希の手が止まった。

「希は、家族が欲しいんだろ。絶対に受け入れてくれそうだからあの刑事がいいんだろ」

「……あなたに何がわかるの」

 希が無表情の顔を令音に向けた。

 令音も言い過ぎたと思ったが、止まらない。

「だから教えてよ!希が何を好きで、何に興味があって、どんな本を読むのか。

 ぼくは希が好きだよ。希と家族になりたい。希とずっと一緒にいたい」

 希はそのまま令音をじっと見ていたが、視線が揺れ、顔が赤くなり、令音が(あれ?)と思った時には、顔を俯けていた。

 何を言えばいいかわからなくなって、(こんな時にいい魔術が何でないんだよ!)と思い、苦し紛れに、

「そ、そろそろ時間じゃ」

と言うと、希はハッとしたように、

「そうね!」

と食い気味に言って、プリンを出した。

 そして、無言のまま魔術で冷やして、味見する。

「あ」

「成功だ。美味しいよ!」

「やった!」

 希と令音はバンザイをし、手を取り合って喜んだ。

 そして現実に帰って、令音はこれが、憎きライバルへのプレゼントの予行演習だった事を思い出した。

 しかし、ここでおかしなことを言って、心の狭い男と思われるのはマイナスだ。

「良かったじゃん」

 希は頷いた。

「ええ。ありがとう。

 その。良かったら、その行事の時に、食べてもらえるかしら」

「当然だよ!何個でも!」

 希は花がほころぶように笑った。


 あまねは眉を寄せた。

「はあ?お付き合いしてみます。だから婚約は破棄させてください。ごめんなさい?なんじゃこりゃ?」

 希からの定期メールだ。

 あまねの声に、4班のメンバーだけでなく、笙野も、6係のメンバーも聞き耳を立てる中、ヒロムが頭からメールを音読し、あまねの肩を叩く。

「振られたな、あまね」

「振られてないよ。違うから、最初から」

「まあまあ。気を落とすなって。良い子紹介してやるから」

「聞けって、ヒロム。違うだろ」

 何だかんだと希を6係のマスコットのようにかわいがり始めていた皆は笑いを浮かべて仕事に戻り、ヒロムとあまねは好みについてなど言い合っていた。

「はああ。希ちゃんに彼氏ができたかあ。私も欲しい」

 マチは溜め息をついて、

「コンビニでチョコレートプリン買って帰ろうっと」

と呟いた。




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