第30話 復讐の炎(4)独りの夜

 ビル周辺は、焦げ臭い臭いがしていた。

 火が出たが、ボヤ程度で、大したことはない。

 それでも、慌ててヤバイものを持ち出そうとしたのか、組員――いや、社員が3人ほど、階段を踏み外して捻挫したり、火を消そうとして火傷したり、金庫を閉めようとして指を詰めて爪を割ったりしていた。

 それに取り合う者はいなかった。

 中華屋に取り付けてある防犯カメラをチェックしていると、ビルの前で、上を見上げている子供が映っていた。小学生くらいの男児だ。

 そしてしばらくそうしていると、数歩後ずさり、付近の通行人が

『ちょっと、火事!?』

『おおい、消防署に電話!』

と上を見上げて騒ぎ始める。

 そして、上を見る人達の間をすり抜けて、その男児はどこかへ行ってしまった。

「気にはなるな」

 言って、係長に電話をして、神崎令音の写真を送ってもらえるように頼む。

 しばらく待ってスマホに送られて来たのは、その防犯カメラに映っていた男児だった。

「魔術の発現は確認されてないぜ」

「でも、あの火災事故。あれって……」

 ヒロムもその可能性に気付いている。

 心中に動揺してか、能力に目覚めた。そして、油に火が燃え移って火事になった、というシナリオも成り立つし、憎き借金取りのいる店に火をつけたという事も十分にあり得る。

 行方のわからなくなっている令音を探すべきだ。

 あまねとヒロムはすぐにこの件を報告し、令音の捜索にあたった。


 報告会議では、例のサラリーローンについての報告がなされた。

「暴力は振るわないし、職場に押しかける事もない。あからさまに脅すわけでもない。だから立証しにくいようだな」

「パートに出たらどうかって、家族の女性には暗に風俗店を匂わせたり、男には臓器売買を匂わせたりするそうだ」

 ブチさんは憂鬱そうに、マチはプリプリと怒りながら報告した。

「酷えな」

 ヒロムはムッと唇を引き結ぶ。

 あまねは考え、言った。

「神崎令音の目の前でも、そう言って両親が脅されたんでしょうね。その結果、両親は無理心中を決意し、令音は発火の魔術が開花してそれから助かり、そして、取り立てに来た奴らを燃やしてやろうとビルに火をつけた」

「あまね!そんな」

 ヒロムが何か言いかけ、困ったように頭をガリガリと掻く。

「まあ、推測にしかすぎないけどな」

「まだ、8歳だぜ。混乱してるに決まってる」

「ああ」

「はっきりとした殺意があったかどうかはわからないぜ」

「そうだな。ただ腹が立った、コントロールの仕方も知らず、感情に引きずられて発火現象が起こった。そういう事かも知れない」

「ああ。うん」

「だから、これ以上何も起こさせない内に、身柄を確保してやろう」

「そうだな」

 ブチさんとマチはほっとしたような顔をして、

「警邏の警官にも、注意してもらおう。

 で、今日はその前に、向こうのお嬢さんだな」

 それで一斉に、部屋の隅のソファで大人しくしている希を見た。

「そろそろ帰って、夕食ですね」

「今日はもうあがれ」

 それであまねとヒロムは希を連れて、家へ帰る事にした。


 令音はじっと体を丸めて、空腹を我慢していた。この会社のボイラー室だと真冬でもある程度暖かく、見回りもいい加減で、小学生くらいの体格ならば隠れる事ができる事を、かくれんぼで見つけて以来、令音は知っていたのだ。

 ただ、空腹だけはどうにもならない。

 それと、こみ上げて来る恐ろしさは。

 大変な事をしてしまったという思いと、あいつらが来たせいで家がグチャグチャになったという思いで、令音は揺れていた。

「あいつらは悪い奴だ。ボクは悪人退治をしたんだ」

 言ってみるが、納得しきれないのは自分でもわかっている。

「どうしよう。お父さん。お母さん」

 令音は膝を抱えて、膝頭に顔を埋めるようにして、目を閉じた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る