第29話 復讐の炎(3)新しい朝

 あまねは、身動きが取れないほどの満員電車に乗っていると、非常ベルがけたたましく鳴る夢を見て、目が醒めた。

「何だ、これは」

 独身の1人住まいで、1LDKだ。客間があるわけでもないし、客用の布団がいくつもあるわけでもない。2つを並べて川の字に寝た時には、そこそこ間があった。

 なのに朝になってみると、真ん中の自分に左右から抱きつくような形で希とヒロムがくっつき、2枚の布団の真ん中でぎゅうぎゅう詰めで寝ていた。

 満員電車の夢の理由がわかり、あまねは嘆息すると、目覚まし時計のスヌーズを止めて起き出した。

 ヒロムも希も幸せそうな顔をして寝ている。

 あまねは肩が凝ったが、まあいいか、という気分になって、身支度と朝食の支度を始めた。

 食パンにコーヒー。面倒臭い時はそれで済ませてしまうが、成長期の子供がいる。そう思って、果物をカットし、スクランブルエッグとウインナー、ヨーグルトもセットする。少し考え、希には牛乳を飲ませる事にした。

「はい、起きろよ。朝だぞ」

 声をかけると、ヒロムと希は同時にパッチリと目を開き、同時にムクリと体を起こした。

 希は子供だけあり、寝起きがいいらしい。

 ヒロムは、朝食の匂いに空腹を刺激されたらしく、派手にお腹を鳴らしていた。

「ヒロムはコーヒーだろ。希は牛乳か?」

「紅茶」

「……あったかな。ティーバッグでいいかな」

 あまねはあたふたと、希の紅茶を淹れ始めた。

 3人で朝食のテーブルを囲み、希の相談をする為に、今日は希も連れて行く事にして3人で家を出る。

 庁舎に入ると、何だ何だという視線を受けるが、何食わぬ顔で進み、部屋へ行く。

「あ、係長」

 笙野を見付けて声をかけようとするが、先に笙野が楽しそうに笑って言う。

「仲良く出勤?いいわねぇ」

「あのですね」

「さっき4班が待機班に繰り上がって、たった今出動が決まったわよ」

 あまねもヒロムも黙るしかない。

「希ちゃんはここで宿題でもしていなさいね。

 で、あなた達。魔術によるものと思われるビル火災を調べてちょうだい」

 資料を渡され、あまねとヒロムは希と目の高さを合わせた。

「希。仕事中、ここで待つか?マンガ喫茶とかネットカフェがいいか?」

「小学生だぞ、ヒロム。

 希。ここがヒマなら、図書館にしろ」

「詰まんないよなあ、希」

 希は少し考え、

「ついて行っていいならついて行く。だめならここにいる」

と言う。

「そうか。じゃあ、係長、お願いしますよ」

 あまねとヒロムは資料を手に机に向かい、ブチさんとマチが来るのを待ちながら資料をめくり始めた。

 燃えたのは小さな商業ビルで、1階は中華屋、2階はサラリーローン、3階は雀荘という造りの、ある暴力団のフロント企業の持ちビルだった。

 火元は2階のサラリーローンの、道に面した窓際。火種も何も無い。収斂火災の可能性も何も無く、魔術しかない、と結論付けられた。

「ここ、栗山会のフロントだろ。米澤会とシマを巡ってもめてたけど、この前手打ちにしたって情報があったよなあ」

「ああ。公園のところで分けたらしいぜ」

「じゃあ、米沢会とは関係ないのかな。

 借りた客かな」

「それっぽいなあ。グレーゾーンとか言わず、さっさとあげればいいのに」

「それを献金してるふしがあるから、受け取ってる政治家まで辿り着きたいんだよ」

「庶民は今も泣いてるってのに。フン。これだから公安は」

「いや、僕達も公安だからな、ヒロム」

 言いながら、添付された顧客リストを見て行く。

 勿論、これは協力を仰いで出してもらった――というわけではない。火災のドサクサで入手してきたものだ。

「あれ?これって」

 例の、心中で子供が生き残った事件の当事者の名前があった。

「ここだったのか……」

 ヒロムが苦い物を噛み潰したというような顔をする。

「ちょっと、会いに行くか」

 ブチさん達と手分けして顧客を洗う事になり、あまねとヒロムは、あの生き残った子供、神崎令音に会いに行く事にした。


 だが、入所先の養護施設へ行くと、様子がおかしい。

 訊くと、職員が顔色を変えて答えた。

「神崎令音君がいないんです。昨日の夜はいたのに、朝から姿が……」

 あまねとヒロムはやや緊張した顔を見合わせた。

 ただフラッと出かけただけならいい。だが、そうでないという嫌な予感が止まらなかったのだった。




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