第一章 第七話~索敵~

「さて、一体どこにいるのやら!」

「建物の中でしょうか?」

「それは考えにくいですね! 確かに発見されにくいでしょうが、建物の中にいてはこちらをすぐに見失うでしょうし、移動も大変でしょうから!」

「なら外ということですね!」

「はい!」


 ラージオさんの体力も無尽蔵という訳にはいかないし、竜巻相手ではそう長く持たないだろう。速く少女を見つけ出してカタをつけなければ!


「考えろ……僕ならどこから見る……?」


 酸欠気味になり回転速度の落ちた脳をフル回転して考える。こういう時、どこからなら全体を見渡せる? 


「ああクソ! こういう時ドローンなんかあったら便利なんだけどな!」


 ドローンなら空から見渡せてどこにいるかすぐにわかりそうだけど、そんな便利な物この世界にはないしなぁ……ん?


「――それだ」

「? どうかしましたか?」

「彼女がどこにいるか分かったかもしれません!」

「本当ですか!?」


 考えてみれば単純な事だ。相手からは見えにくく、こちらからは見えやすい。おまけに視野も広いし遠くまで見通せて、すぐに移動できるうってつけの場所があるじゃないか!

 グアリーレさんと共に適当な半壊している二階建ての家に入り込み階段を駆け上がった。天井を見上げ、どこか上に上がれる場所は……あった! ちょうど屋根に穴が開いている上に、崩れた屋根が階段のようになって上がりやすい! 僕はグアリーレさんの手を引きながら先行し、建物の屋根から頭だけを出して恐る恐る周囲を観察してみると……


「…………いた! いましたよ!」


 やはり僕の目論見通りだった。周囲を見渡せて、相手からも見えにくく、逃走している敵も追いやすい場所。それは建物の屋根だ。ここなら高所から見渡せ、相手からも見つかりにくいし、屋根伝いに移動できる最高の場所だ。

 そして今いる建物から十軒先に例の女の子がいた。竜巻により発生した風で服をたなびかせ、竜巻を見据えているその背中を僕達は発見したのだ。


「……こっちには気が付いていないみたいですね」

「……ええ。このまま近づきましょう」


 細心の注意を払いながら女の子に近づき始める。屋根から落ちないようしっかりと一歩一歩踏みしめ、建物間の隙間を飛ぶ時は着地の音を最小限に抑えながらゆっくりと……そうして確実に目標との距離を詰めていく。今のところ彼女はラージオさんしか見えていないので、こちらに気が付いている様子はない。


「あと少し……!」


 女の子との距離はあと一軒分。ここを飛び越えればもう間もなくだ! 僕は更に注意深く進む――


「きゃああああああ!?」

「ぐ、グアリーレさん!?」


 だが順調に行っていた作戦はここで破綻を迎える。

 僕の後ろに続いていたグアリーレさんが着地の際に足を滑らせてしまったのだ。間一髪屋根の軒先に手をかけ転落は免れたが、その際に出た声と音は非常にまずかった。僕は彼女に安心してもらうように笑顔でその手を引っ張り上げていたが、心の中は穏やかではない。頭の中で静かに、だがはっきりと祈りを捧げた。頼む……! ラージオさんの咆哮や竜巻の音で紛れていてくれ……!

 だが――そんな儚く淡い願いは崩された。つむじ風が僕らを包み込むような形で発生していたのだ。恐る恐る後方を確認してみると、やはり僕らを標的にしているようで、体はエメラルドグリーン色に発光し、攻撃を仕掛けようとしていた。まずい! まだ完全にはグアリーレさんを引き上げていないから逃げようにも逃げられない! って考えてる間に竜巻が完成しつつある!


「くっ……! 何か手は……!」


グアリーレさんを引き上げるどころか吹っ飛ばされないように踏ん張るので精一杯だ! 髪は乱れ、服もバサバサと波打ち、どんどん勢いが増している……! ナイフ……いや、両手が塞がっているし、距離もある。グアリーレさんの能力ではダメージを与えられないし、ラージオさんの能力が欲しいところだ。でも僕らの位置を知らせる方法がない。


「き、きゃああああ!!」

『グ、グアリーレ!? 大丈夫か!? どこにいる!?』


 グアリーレさんの叫び声を聞いたラージオさんの慌てふためいている声が聞こえてきた。そうか。一応ラージオさんは近くにいるんだ。こっちの場所が見えないだけで……いや待てよ? なんでグアリーレさんの存在に気が付いたんだ? あっちからじゃこっちの姿が見えないのに……


「…………そうか! わかった!」


 一つだけ方法があった! 姿の見えないラージオさんにこっちの場所を知らせる方法が! だけどこれは大分リスクがある。ええい! 一か八かだ! 何もしなければただ死ぬだけ! なら行動を起こしてやる!


「ラージオさん! 敵は屋根の上です! 僕の声の方向に光線を撃ってください!」


 見えなくても声の方向で位置を知らせることは出来る。屋根という情報も教えたし、適当に撃っても当たる可能性もある。万が一僕に当たってもグアリーレさんの能力で治してもらえるし、地面から屋根の方を狙った場合、屋根にぶら下がっているグアリーレさんには絶対当たらない。


『奏虎君か! だが君に当たってしまう場合も……』

「急いでください! 僕に構わないで! この機を逃したら警戒されて二度とチャンスが来ないかもしれません!」

『ぬう! 上手く避けてくれよ! ダァアアアアアア!!』


 今いる場所からラージオさんとの距離はざっと十m程。だというのにまるで耳元で叫んでいるかのような大声量の大咆哮が鳴り響いた。彼の能力である光線は建物を貫通し、屋根を突き抜け上空の紫色の雲の中、天高く伸びていった。

 そして――その攻撃は女の子の右足を掠め、傷ついた足を抑えながらその場にしゃがみこんだ。苦悶の表情こそ浮かべるものの、痛みの声一つ上げないのは敵ながらあっぱれだ。でも流石に能力維持は無理のようで、竜巻の生成は中断され、無防備な姿がそこにあった。

 このチャンスを逃してはダメだ! 考えるよりも先に体が動いていた。僕は女の子めがけてタックルをかまして屋根から突き落とす。


「…………っ!」

「ああ!?」


 だが女の子は僕の服をがっちりと掴んでいた。そのせいで体は引っ張られ、彼女と一緒に屋根から転落してしまう。落下の際にかかるGにより内臓が上へと引き寄せられ、フリーフォールに乗ったような感覚を体感していたが、恐怖はその比ではない。ん!? このまま落下したら女の子は首から地面に衝突してしまう! 死の文字が頭によぎるが、相手は敵だ。そんなこと知ったこっちゃない。知ったこっちゃ……


「ああ! もう!」


 僕は女の子を抱き寄せて頭を手で保護し、体を捻って来たる衝撃に備えた。


「ぐっ……!」

「…………!」


 地面に叩きつけられ、下敷きになった僕の右手は何かが折れる音と、内側から鈍器で叩きつけられたような激痛に襲われた。脇腹にも何かが刺さるような鋭い痛みもするし、恐らく骨折とヒビが入った。その後も落下の勢いは止まらず、二転三転と洗濯機の中に入れられた衣服のように転がり、裏路地の壁に叩きつけられた。


「い……!」


 痛みで声も出なかった。呼吸するたびに肋骨は激痛という名の悲鳴をあげ、身動き一つとることもできない。


『奏虎さん! 無事ですか!?』


 上空からグアリーレさんの声が……いや、屋根の上か。けど返事しようにも声が出ない。

『待っててください! 歌いながらそちらに向かいますから!』

 返事をしない僕の状況を察したのか、グアリーレさんの歌声が屋根の上から聞こえてきた。ありがたい……これでこの痛みともおさらばできる。


「………………」


 そんな中、女の子は僕の手からゆっくりと離れ、上半身を起こし、自身の体に異常が無いか触診して確かめて始めた。よかった……大したケガはなさそうだ。そして次に彼女は僕に近づき、腰元をまさぐって何かを取り出した。あれは……ラージオさんから貰ったナイフだ……!


「………………」


 ホルスターからナイフを抜き出して刀身を見つめ、無言で僕に近寄ってくる。別に見返りが欲しくて助けてあげたわけではないけど、これはあまりにも酷過ぎるのでは? 人の優しさを無下に……いや、違う。そう思っている時点で僕は見返りを求めているんだ。それにラージオさんに言われたじゃないか。優しさは良いけど、甘いのは駄目だと。自分の甘さが招いた結果がこの状況か……

 女の子はナイフの柄を両手でしっかりと握りしめ、ナイフの剣先をこちらに向けて天高く振り上げた。僕は目を閉じて来たる衝撃に備える。


「………………」


 五秒、六秒と時間が過ぎたが、いつまで経っても何も起きる気配がない。僕は恐る恐る目を開いて状況を確認してみた。すると先程目を閉じる前に見た光景そのままだった。まるで時間が止まったかのようだったけど、一体何が起きているのだろうか……


「………………」


 よく見るとナイフを握りしめている女の子の手が小刻みに震えているではないか。無表情だった顔は眉間にシワが寄り、苦しそうにも見える。……僕にとどめを刺すことをためらっているか? もしかしてこの子……


「ダァアアアアアア!!」

「!!」


 僕の右側の道から大咆哮と共に光線が放たれ、振りかぶっていた女の子の両手を貫いた。女の子の手首より上は光線により消し飛び、無くなった手の平を見つめながら女の子は倒れこんでもがき苦しみ始めた。ものすごい高温なのか、傷口は一瞬で焼け閉じ、出血はしてないが、肉の焼けた匂いが僕の鼻腔に入り込み、吐き気を催してしまった。


「奏虎さん大丈夫ですか!?」


 グラスハープのような美しい声と共にグアリーレさんが倒れこんでいる僕に駆け寄って来てくれた。


「あ、ありがとうございます……!」

「喋らないでください! 待っててくださいね! 今私の能力で……」

「待つんだグアリーレ」


 息を吸い込み歌い始めようと体が発光し始めた頃、ラージオさんがその行為をやめさせた。なぜ? と言った表情を浮かべるグアリーレさんをよそに、今までの大騒動とは言って変わってゆっくりと歩みを進め、両手を失いもがき苦しむ女の子のところで立ち止まった。


「この距離で歌うとこいつにも効果が効いちまう」


 ラージオさんは暴れる女の子の心臓部を足で踏みつけ、強制的に動きを止めながらジッとその顔を見つめた。確かにグアリーレさんの能力は歌声で傷を癒すというものだから、その範囲は予測だけど声の届く範囲。ラージオさん程声が通らないだろうけど、元オペラ歌手なら常人の数倍の距離は歌声が響き渡るだろう。そうなると目の前の女の子にも能力が効いてしまい、傷が癒えてしまう。


「ならどうしますか?」

「簡単な話さ。こいつから遠ざかればいい」

「………………っ!」

「……ということは見殺しですか?」

「当然の報いだろう。こいつが真王側の人間だということは明白だ。それにニードリッヒの一家を殺そうとした」


 向上を述べながらラージオさんの体が黒く発光し始める。


「だがこのまま放置してもいずれは憲兵に保護されるだろう。その前に息の根を止めておく」


 口を開き、口内に光線の元が溜まり始めた。


 女の子は敵だ。僕らの命を狙うだけでなくニードリッヒちゃん達の命をも奪おうとしていた。確かにラージオさんの言う通り、彼女が真王側なのは明白だ。だけど……ならどうして先程あれだけの時間と隙があったのに僕を刺殺しなかった? その静止した姿が脳裏に焼き付き頭から離れない。


「ま、待ってくださいラージオさん!」

「む……どうした?」


 僕の問いかけにより口内にほぼ溜まりかけていた光線は消滅し、体から出ていた黒いオーラも消え失せた。


「そ、その人も治療してあげてください……」

「はぁ!?」


 その言葉にラージオさんは眼球が飛び出すのではないかというくらい大きく目を見開いて驚いた。いやまぁ当然の反応だろうけど……


「なんでだ!? こいつはお前を殺そうと……」

「ち、違うんです。先程……ラージオさんがこの子の両手を消し飛ばす前、彼女は僕を殺す時間があったにも関わらず、そうしなかったんです」

「何?」


 僕は肋骨の痛みを堪え、飛びそうな意識を必死に繋ぎ止めながら言葉を続ける。


「勝手はわかってます……! でもどうか……! どうか彼女を助けて……あげ……」


 必死の訴えを伝えた後、繋ぎ止めていた意識は途切れ……僕は暗い夢の中に落ちていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る