第一章 第六話~竜巻~

「………………」


 声が放たれると同時に少女は横っ飛びをして光線をかわした。その動きは女性特有の軽やかで柔らかいもので、思わず見とれてしまう。あんな動き映画でしか見たことないな。


「避けた!?」

「ちっ! ダァアアアアアア!!」


 再び少女に光線が放たれるがこれも躱されてしまう。一度ならず二度も続けて回避するとはとは……もしかして武道の心得があるのか?


「へ! 俺の一番されて嫌な事をしやがるぜ!」

「嫌な事?」

「ああ。俺の攻撃は見てからじゃまず避けられねぇ」

「ええ……そんなのができるのは人間じゃないですからね」

「なら予測するしかないだろ?」

「予測? 勘か何かで出来るものでしょうか?」

「違う。単純な事だが、俺の攻撃は放つ前に大きく息を吸わなきゃならないだろう? それで攻撃してくるタイミングがおおよそわかる。次に光線は口の開いている方向にしか飛ばないだろう? タイミングと方向がわかれば避けられるって寸法だ」

「つまり、今言った要点を抑えた上でラージオさんから目を離さなければ、回避できると?」

「そう言うことだ」


 なるほどね。確かに言われてみればそうかもしれない。大声を出すのに必要なのは息だ。それもラージオさんレベルの大咆哮となると、取り込む酸素量は桁外れに多いから、息を吸っているのは一目でわかる。それに口の開いている向きを見れば直進してくる場所がわかる、か……。そういえば昔読んだマンガにそんな事が描いてあったっけ。達人は銃と相対する時、引き金を引くタイミングと銃口の向きで弾丸を避ける……っていうやつ。それよりは簡単だろうけど、だからと言って僕がやれと言われても無理だ。


「ある程度は覚悟していたが、俺の能力を理解した上で対俺用の訓練を受けているな」


 ラージオさんは歯ぎしりをしながらそう呟いた。ラージオさん対策をした刺客か……正直ラージオさんにかかればどんな敵でもどうにかなると思っていたのだけど、これはかなり厄介だ。

 そんな事を考えていると今度は少女の方が行動を起こした。腰に巻いていたウエストポーチに手を突っ込み何かを取りだした。あれは……っ!? 手榴弾!? 気が付いたところで後の祭り。少女はピンを抜いて――勢いよく僕らの方へ投げ込んできた。だけどそこは女の子なのか、手榴弾は速いとは言えない山なりの放物線を描いていた。


「へ! あんなもんこっちに届く前に破壊してやらぁ! ダァアアアアアア!!」


 ラージオさんは上空の手榴弾に向かって光線を放ち、跡形もなく破壊し……


「んな!?」


 だが起きたのは爆発ではなかった。黒い煙が上空に広がり、ドライアイスの煙のように降ってきた。あれは手榴弾じゃ無くて発煙弾! 女の子の狙いは煙幕による資格っ情報の遮断だったのか! 降り注ぐ黒煙を防ぐ手立てなんてない。僕達と少女の間には黒い壁が立ちはだかり、互いの位置情報は一切わからなくなった。


「姿が見えなくなってもそこにはいるはずだぜ! ダァアアアアアア!!」


 前方の黒煙に向かってラージオさんは数回光線を放ってみせた。黒煙には大きな穴が開き、やがては跡形もなく掻き消されたが、その頃には少女の姿もなくなっていた。


「に、逃げたのでしょうか?」

「いいや。どこかの建物の影に隠れてるだけだろうな」


 四方八方囲まれた市街地で建物に隠れて闘う気か。僕らもそうした方が良いのだろうけど、ニードリッヒちゃん達から離れるわけにはいかない……。つまりどこから攻撃が来るかわからないこの状況で僕らは動くことは許されず、そんな状態で相手と戦わなければならないという事。圧倒的不利だ。


「さぁて……何が来るかな?」


 何が来るかな、か。勿論その言葉の意味はどんな攻撃を仕掛けてくるのかということだろうけど、厳密にはどんな能力で攻撃してくるのか、だ。相手がどんな能力を有しているのかわからないので、結局のところ後出しジャンケンのように相手の出方を待つしかない。


「良いか奏虎君。俺も最大限気を使うが自分の身は自分で守るんだ」

「は、はい!」


 僕は腰を落として四方八方動けるような重心で周囲に気を配る。ボールを数個使った全方位が敵のドッチボールをやってる気分だ。だけど緊張感と恐怖はそれの比じゃない。その恐ろしさと来たら腹を空かせた猛獣のいるジャングルに放り込まれた気分だ。


「ん?」

「風か……今日はやけに風が吹くな」


 風というよりはつむじ風だろうか? 地面の砂や辺りの木片を巻き上げており、小さな竜巻のようになっている。


「………………」

「どうした奏虎君?」

「いえ、ちょっと」


 そう言えばニードリッヒちゃんの家に着く前もかなり強い風が吹いていたっけ。前に行けないくらいの……それに上空には木片やら家具屋らも飛んでいた。


「………………」


 僕は目の前のつむじ風とこれまでの被害を見てある光景を思い出していた。あれはアメリカに行った時……それにニュースでも見た……


「も、もしかして!」

「どうした奏虎君?」

「い、今すぐあのつむじ風を掻き消してください! それが無理なら逃げましょう!」

「そんなに慌てて一体どうした! あのつむじ風がどうしたというんだ?」


 次の瞬間つむじ風が姿を変えた。回転速度はどんどんと増していき、土色から黒みがかった灰色へと色が変わり、人の身長程の大きさから二階建ての建物をゆうに超す高さになった。さらにそのつむじ風はより大きく、より高く、より禍々しいものに変化していく。


「やっぱり……!」

「おいおい……! もしかしてこいつは……!」

「恐らく彼女は……! 竜巻を生み出すTREです……!」


 竜巻……数ある自然災害の中でトップクラスの破壊力を有している上に、突発性で予測が難しい。だがこの少女は恐らくそんな竜巻を生み出すTREだ。建物を破壊する威力、風が強い、木片などを上空に巻き上げるその力。全てが一致する。間違いない……って! 悠長に考えている場合じゃない! その竜巻が僕らの方にゆっくりと近づいてきてる!


「ダァアアアアアア!!」


 ラージオさんがその竜巻に光線を放つが貫通するだけで竜巻を打ち消すほどにはならない。


「ド畜生がぁ! ダァアアアアアア!! ダァアアアアアア!! ダァアアアアアア!!」


 やけくそになったラージオさんはやたらめったら竜巻に光線を放った。それでも掻き消しきれないので、今度は腹だけでなく肺も使って限界まで息を吸い込んだ。体の大きさが一.五倍ほどにまで膨れ上がったところでラージオさんは後ろに逸れた体を前のめりにしながら大咆哮をかました。

 光線が竜巻の下の方に当たってから今度は首を左右に振りながら上へと上げて行き、丁寧に一片の隙間なく竜巻を掻き消していく。そして遂には竜巻は消え失せ、攻撃をしのぐことに成功した。


「はぁ! はぁ! はぁ! はぁ!」


 だがそれと同時にラージオさんは足元がおぼつかなくなり、腰を抑えながらその場にしゃがみこんでしまった。


「だ、大丈夫ですかラージオさん!?」

「大丈夫だ……! ちょっとした酸欠と腰んところを攣っただけさ……!」


 肩で息をして何度も酸素を取り入れている。無理もない。あれだけの大声量を僕の体感で七秒間ほど出し続けたんだ。しかもその前も大声量を連発してたんだから眩暈もするはずだ。でもその成果もあって竜巻は完全に消え失せ――


「……風が……!」


 だが再びそよ風が吹き始めた。ただの風だろうか? いや、それにしてはまた僕らのところだけに吹いている感じもする。ということはまた竜巻が来る!


「に、逃げましょう!」

「賛成だ……!」


 後ろを見ると治療を完了したニードリッヒちゃん達が体を起こし、これまでの事情をグアリーレさんから聞いている様子だった。なら今逃げなきゃいけない状況もわかっているはず。ニードリッヒちゃん一家は僕らに一礼をした後、三人で裏路地の方へと走っていった。僕らも竜巻が生み出される前に逃げないと!


「彼らは大丈夫か!?」

「はい! 傷は完治しましたし、私達の隠れ家の場所を教えたのでオンダソノラ兄さんが保護してくれるはずです!」

「よし! 逃げるぞ!」


 僕らもすぐさま逃走を開始した。竜巻なんていうバカげた能力を前に真っ向から立ち向かうなんてナンセンスすぎる! ニードリッヒちゃん達が完治した今、一か所に留まって迎撃する必要もなくなったし、逃げの一手あるのみ! 僕らは来た道を戻るように裏路地に逃げ込んだ。ここなら道も入り組んでいるし、相手を巻き、隠れるにはもってこいだ!


「逃げるとはいったもののどうしますか!?」

「わからんがとりあえず建物を縫うように走りまくるぞ! こっちも相手が見えないんなら、こっちもあいつから隠れればいい!」

「成程。条件を一緒にするんですね!」


 こっちが相手を見えないように、相手からもこっちを見えなくすれば条件は五分五分だ。それなら能力の差も問題……


「――っ!! 前から風!」


 進行方向から強めの風が吹いて来た! もう風は全て敵の能力だと思った方が良いだろう。僕らは急停止し、回れ右をして来た道を引き返す。だが……


「ん!? 後ろからも風が来てるぞ!?」


 引き返そうとした道からも風が吹いて来た! まさか、彼女は同時に複数の竜巻を発生できるとでもいうのか!? 前も後ろも竜巻発生直前で左右は家の壁に阻まれ、上に逃げようにも建物の大きさ的によじ登るのは不可能だ! 一体どうしたら!?


「逃げ道がないなら作るまでだ! ダァアアアアアア!!」


 ラージオさんは壁に向かって光線を放ち、そのままの状態を維持しながら首を大きくぅg化して人間が入れるくらいの大きな円の風穴を開けた。僕らはその建物に飛び込み――後ろを振り返ってみると今までいた場所は大きな竜巻に飲み込まれており、建物も大きく揺れて今にも崩れそうな程軋んでいた。


「ああ~~……くそ! 喉が枯れてきたぜ!」

「あれだけ叫んでいれば仕方ありませんよ」


 濁声と共にせき込むラージオさん。無理もない。歌ならまだしもあれだけの叫び声を連発しては、いくら元オペラ歌手と言えど、喉が枯れてしまうだろう。


「歌って癒します!」


 グアリーレさんの歌声を聴いて息切れしていた呼吸は正常に戻り、枯渇しかけていた体力が満タンになった感覚を確かめるように低音域から高音へと音階を歌い始めた。よし。声が元の通る声に戻っているので治療完了だ。


「やれやれ……とんでもねぇ能力だな」

「そうですね……」

「自然を相手にしている気分です……」


 とりあえず位置がバレないように小声で話す。建物に入ったから向こうもこちらを見失っているはずだ。だけど念には念を入れて、穴から最も遠い壁際、しかもテーブルに隠れるような形で作戦会議に入った。


「これ以上長引いても仕方ねぇ。二手に分かれるぞ」

「二手に……ですか?」

「ああ。相手の位置がわからない状態で一か所に固まっていても何の利点もない。俺達が今現在敵より勝っている数の差を有効に使おう」

「成程……それで振り分けはどうしますか?」

「俺は一人で良い。グアリーレは奏虎君と一緒に行動しろ」

「りょ、了解です……」


 攻撃担当のラージオさんと離れるのはちょっと……いや、かなり心細いけどそんな事を言っていられる状況じゃない。そんな事を思っていると、顔に出ていたのかラージオさんは微笑みながら僕の肩に手を当ててきた。


「なぁに安心しろ。奏虎君達は戦闘に参加しなくていい。彼女を探すことに専念してくれ」

「兄さんは?」

「俺は暴れまわって奴に能力を使わせる。奴の気が俺に向いているうちに探してくれ」

「陽動……ですか……」

「そうだ」


 派手な能力で暴れて、発見されて攻撃される。そうしている間、意識はラージオさんに向くからその隙に僕とグアリーレさんで索敵をする……か。危険だけど今出来る最善の手はそれしかないか。


「わかりました。やりましょう」

「ああ。――その前に奏虎君」


 ラージオさんは肩掛けのバックに手を入れ、何かを探し始めた。そして数秒後、何かをゆっくりと出して手渡しして来た。ズシリと重く、無機質なモノが僕の手に握られ、それをじっくりと観察する。


「こ、これは……!」

「ああ。使い方はわかるよな?」


 渡されたのは茶色い革製のホルスターに入ったナイフだった。それもかなりの大きさだ。刃渡りは――二〇㎝はあろうか? まるで包丁だ。


「本当は銃の方が良いかもしれないだろうが、そんなものは持ってなくてな。これで我慢してくれ」

「ナ、ナイフ……ですか」

「そうだ。いざという時はこれで身を守れ。本当にまずいときは彼女を殺すんだ」

「こ、殺す……?」


 自慢じゃないが元の世界では魚も捌いたことないし、ましてや命を奪うなんて到底想像できない事態だ。逃げ回っている時とは別の恐怖心が僕を襲い、発汗と軽いパニックを起こしながら受け取ったナイフをじっと見つめる僕にラージオさんは言葉を続ける。


「……気持ちはわかる。君はかなり優しいからな。人の命を奪うなんてことしたくないだろう。だがやらなければ殺されるぞ」

「は、はい。それはわかっているのですが……」

「いいかい? 優しいのは良い事だ。だが、甘い考えは禁物だ」

「………………」


 ゆっくりと立ち上がったラージオさんは先程開けた穴の方に歩き出し、外に出る前に立ち止まると、再びこちらの方に向き直る。


「妹を頼んだぜ」


 そう言い残した後、ラージオさんは勢いよく飛び出していった。直後、黒い竜巻が発生し、ラージオさんの姿は見えなくなってしまった。だがラージオさんの叫び声は聞こえるので、無事な事はわかった。よし。このまま少し間をおいて、意識がラージオさんに言ったところで飛び出すぞ。


「よし。行きましょうか」

「は、はい!」


 勢いよく返事したグアリーレさんだったが、体は震えており、額には大量の汗が滲んでいた。


「……怖いですよね」

「……はい。出来ることなら動きたくないです……」

「大丈夫ですよ」

「え?」

「音楽家って生き物は理不尽な状況に対する耐性が半端ないんです。グアリーレさんも音楽家なんですから頑張りましょう!」

「ぷっ! そうですね。でも奏虎さん? そういうカッコいいセリフは足の震えを止めてから言った方が良いですよ?」

「あ……」


 服の上からでもわかる程の震え。男らしいところを見せようとしたのに台無しになってしまったなぁ……。でも少し笑ったおかげで緊張が少し和らいだ。今ならいける!


「行きましょうグアリーレさん!」

「あ――はい!」


 差し伸べた手を力強く握ったグアリーレさんを引っ張り出して僕らは外に飛び出した。竜巻と光線の被害により元々廃虚街だったこともあるが、更に状況が悪化し、もう復興は望めない状態と化した街並み……そんな路地裏を走りながら女の子を探した。

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