第一章 第五話~散策~

「さてと、危険はあるが街の案内くらいはしておこうか」

「ありがとうございます!」


 僕らはフード付きマントを深く被って街を歩いていた。散策……というわけではないけど、異世界から来た僕の為に街案内を――とラージオさんが気を利かせてくれたのだ。僕もこういうのは嫌いじゃない。むしろ好きな方だ。演奏会などで初めて訪れた場所を歩き回って、ちょっとした旅気分を味わう。しかもここは異世界ときてるから、ワクワク感はその比ではない。……歩いてる場所に死体や無気力な人々がいたり、憲兵に狙われている危機感、人気のない街並みだったりと散策のし甲斐はないけどね。

 ちなみに今街を案内してくれているのはラージオさんとグアリーレさん。オンダソノラさんは自宅……いや、正確には隠れ家か。万が一発見され、待ち伏せをされないように見張ってくれているわけだ。


「良いんですか兄さん?」

「良いじゃないか。彼はこの世界の事をよくわかっていないし、少し位は自由な時間があっても良いだろう? もうすぐ人質になって不自由になるんだしな」


 笑いをこらえて噴き出すのを我慢し、肩を揺らしているラージオさんだったけど、僕はそのジョークにしてはあんまり笑えない冗談を聞いて乾いた愛想笑いしか返せなかった。いやまぁ事実なんだけどさ……


「もう兄さんったら……」

「それによ。万が一失敗した時に自力で逃げてもらうためにも街並みは知っておいた方が良いだろう」

「「…………」」


 一変して重い空気が流れる。失敗……それは真王を殺害できなかった時の事をさしているのだろう。だけどそうなった場合、僕だけでも逃げてくれと言ってくれているようにも捉えられる。やはりラージオさんは見た目に似合わずかなり優しい方だ。


「――でも失敗する気はないんですよね?」

「ああ。勿論だ」

「失敗されたら……僕……」

「お? 俺達の心配でもしてくれてるのか?」

「僕らの面倒を見てくれる人がいなくなってしまいますから」

「ぷっ! がはははは! こりゃ一本取られたぜ!」


 そんな冗談を言いながら僕らは街を散策していった。そういえば少し小腹が空いて来た。この世界は分厚い雲で覆われているから今が朝なのか、お昼なのか夜なのかもわからないけど、体内時計では大体お昼くらいを回ったかな? こっちの世界で時計を合わせておいた腕時計を確認してみると――うん。やっぱりそれくらいの時間だ。


「腹減ったな。どこかで昼飯でも食うか」

「お店なんてやってるんですか?」

「まぁやってないだろうな。やってても即宝狩りの餌食になるだろうしよ」


 それもそうか。お店を開いてたら『職』や『店』を奪ってくださいと言っているようなもんだし、廃業をせざるを得ないか……


「そんな事もあろうかとお弁当を用意してきました!」


 布で覆われた小包を掲げて誇らしげに鼻から息を吐くグアリーレさん。おお! 準備が良い!


「流石だなグアリーレ!」

「お弁当と言ってもパサパサした最低限のパンと食用の草や木の実くらいしか用意できませんでしたけどね」

「いや十分だ。こんな世界だ。食糧確保も難しいからな」


 太陽の光も届かないんじゃ植物も育たない。僕らの世界の缶詰のような長期保存食もあるにはあるらしいが、旅の最中に全部食べてしまったらしく、これらは廃屋で調達したものらしい。とはいえ食糧があるのはありがたいし、素直に感謝だ。


「ありがとうございますグアリーレさん」

「いえいえ! お気になさらず!」

「…………しっ!」


 小包を開けようとした際、ラージオさんが人差し指を立てて静かにしろというジェスチャーを取る。僕とグアリーレさんはそれに従い耳を澄ませてみると、少し先の方から金属の擦れる音と数人の男性の話し声が聞こえてきた。


「……憲兵でしょうか……?」

「……多分そうだろう……殺すか……?」

「……待ってください。今殺して警備を厳重にされたら大変ですから、ここは大人しくしましょう」

「……それもそうか。命拾いしたな」


 そんな物騒なセリフを吐きながら僕らは身を低くして移動を開始。僕としてはちょっとした予行練習となってとても為になったのでこれはこれでよかった。


 だけどこうも憲兵がうろついているのであればオチオチ昼ごはんも食べれないなぁ……


「どっか空き家に入るか?」

「そうね……匿ってくれそうな人もいないし」

「あ、ニードリッヒちゃんの家はどうですか?」

「ニードリッヒ……昨日の女の子の家か?」

「はい。ここから近いですし、昨日の件で謝りたい事もありますし」

「ふむ。良いかもしれないな。向こうも大切な一人娘を助けた俺達を酷い様にはしないだろう」

「決まりですね! それでは行きましょう!」


 僕の提案でニードリッヒちゃんの家に行くこととなった。彼女の家はこの前見た感じ、元酒場で広いし、この人数で行っても問題ないだろう――というのは建前で、本当は昨日のゴタゴタに巻き込んだ事と、その原因を作ったのは僕だということを改めて謝罪したいというのが本音だ。

 満場一致で決まり、僕らはニードリッヒちゃんの家へと歩き出した。


「ニードリッヒちゃんというのはどういう方なんですか?」

「ああ……この中で知らないのはグアリーレさんだけでしたね。ニードリッヒちゃんは僕がこの世界に来た時、最初に話した女の子なんです」

「女の子ですか?」

「はい。可愛らしい子でしてね? お母さんの誕生日に雑草を取りに行っていたんですが、僕が手持ちの花束を渡したばっかりに憲兵に絡まれてしまったんです」

「成程……」

「花は貴重だからな」

「ええ……その時は思ってもみなかったですけど」

「少し前まではそうだったさ。こんな事になるなんて誰も予想できない。健康と一緒さ。不自由になって初めて健康のありがたさがわかるように、あって当然の物や、当たり前だった事ができなくなって初めてその大切さがわかる――って事だな。とはいえ、もうすぐ真王をぶっ殺して自由になってまたこの世界を立て直すんだけどな」

「ですね! ……っと!」


 突如強めの風が辺りに吹き荒れる。巻き起こった砂埃のせいで目にゴミが入り――僕達は腕を前に出して壁を作り身構える。


「強い風だなぁ!」

「いてて! 目にゴミが!」

「スカートまくれちゃう!」


 スカート……その言葉に思わず薄目を開けるが涙目なのでよく見えない。それにまたゴミが……。しかし強い風だなぁ……元居た世界で言うところの台風くらいの風だ。


「さっきまでは何ともなかったのによ……ん!? あぶねぇ!」

「きゃあ!?」

「うわぁ!?」


 ラージオさんの叫び声と共に僕らは後方に突き飛ばされ、盛大に尻もちを付く。驚きと痛みを感じている間もなく、先程まで立っていた場所に僕の身の丈くらいの巨大な木片が落下してきた。


「な、なんだ!?」

「木片!? 何でこんなものが……」

「ん? お、おい! 上を見てみろ!」


 ラージオさんに言われて見上げてみる。裏路地から見える空には宙には無数の木片に家具らしき物が巻き上がりどこかへ飛んで行っていた。


「家具?」

「――みたいですね……ん!? あ、あれは!」

「どうした奏虎君?」

「昨日ニードリッヒちゃんにあげた花束が……」

「「!!」」


 上空に巻き上げられた無数の家具や木片に僕のあげた花束。よくよく考えてみると、進行方向……つまりはニードリッヒちゃんの家の方から風が吹いている。


「ま、まさか……!」

「急ぐぞ!」

「はい!」


 僕らは向かい風に逆らい全力疾走した。小さな破片が体に当たり、耳も凄い風切り音がしているけど今はそれどころではない。僕らは一刻も早く真実を知りたくて、少しでも前に、少しでも速く足を動かして前に進んだ。


 あの角だ! あの角を曲がれば目的の家だ! 大丈夫! ただ風が強かっただけだ! 風に巻かれて花束が飛んでいただけだ! あの角を曲がれば昨日見た光景がそのまま……


「……っ!」

「畜生……!」

「ひ、酷い……!」


 だがそんな希望は目の前の家のように粉々に粉砕された。

家の基礎だけを残して二階は消え失せ、一階はほぼ吹き飛ばされてしまっている。唯一残っているのは酒場で言うところの客間だ。だがそんな客間にも木片と空き瓶などの残骸だけがあるだけ……


「あ、あそこ!」

「ん!? て、手だ!」


 瓦礫に埋もれている手を見つけた。小さく細い女の子の……ニードリッヒちゃんに違いない! 僕らは急いで倒壊した家に駆けよる。だがその手前には武装した憲兵が立っており、僕らに気づいた憲兵はこちらを小ばかにしたような表情を浮かべながら得物を構え始めた。


「おおっと! ここから先は通行止めだぜ!」

「そうそう! この犯罪者達には色々と聞きたいことがあるんでな!」

「お前らも同じ目に遭いたくなければ……」

「ダァアアアアアア!!」


 ラージオさんは一番端にいた憲兵の首を光線で貫くと、そのままの高さを維持しながら横に薙ぎ払った。彼らの首は胴体から離れ、その頭部は死んだことに気が付いていないのか、小馬鹿にした表情を維持したまま地面に落下。僕らは走った状態を維持しながら、死後硬直で立ったままの亡骸を突き飛ばして道を開き、ニードリッヒちゃんの元へと駆け寄る。先程の位置からでは気が付かなかったが、ニードリッヒちゃんを庇うように両親がその体を使って彼女を保護しており、重傷なのはむしろ両親の方だった。


「グアリーレ! 頼む!」

「はい!」


 グアリーレさんの体が白く発行し始めた。TREの人が能力を発動する時は必ず体が光るのか……っと! 今はそんな考察をしている場合じゃない! 僕とラージオさんは三人の上に覆いかぶさっている瓦礫を撤去し、家の前の道に引っ張り出した。と、それと同時にグアリーレさんが歌を歌い始め、三人の傷を癒していく。


「幸いにも傷はたった今出来たものみたいだからすぐに完治するだろう」

「よ、よかった……」


 三人の傷が癒えていくのを確認しながら僕とラージオさんは周囲を警戒する。この二階建ての大きい酒場を破壊したのは、恐らく……いや、確実にさっき殺した憲兵ではないはずだ。破壊した張本人が、それも三人の傷が新しいということはまだ近くにいるはずだ。


「こんな大きな店を破壊するなんて……どんな大男が……」

「それは違うぜ奏虎君」

「え?」

「この店を破壊したのは間違いなくTREだろう」

「ええ。ですから大男が……」

「違う。TREの力を決めるのは性別でも体格でもない。奪われた宝への愛とその時の感情だ」

「愛……感情……」

「弟と妹を奪われてたまるか! という恨みを持った俺の光線ですらこんな大きな家を瞬壊させることは出来ない。ということは……」

「ラージオさん以上の感情を抱いて、ラージオさん以上の能力を持った者が……」

「ああ。この近くにいる」


 僕とラージオさんは目だけでなく耳や鼻に至るまで五感全てを使って索敵を開始する。音楽家は五感を研ぎ澄ませるのが得意な職業な上に、周りを見る事にも特化している。索敵は初めてだけど少なくても素人よりは鋭いはず。


 その時――僕らの後方からそよ風が吹き始めた。通常なら無視しても差し支えない程のものだが、今この状況においては無視できないもの。なぜなら家が破壊された頃にも風が吹き荒れていたからだ。確信はないけど、恐らくこの家を壊すために使われた力は風のはず。


「おらそこだぁああああああ!!」


 同様に違和感に気付いたラージオさんは振り返りざまに光線を放つ。放たれたビームはサーチライトのように一直線に伸びていき、進行方向の建物を貫いた。


「出やがったな!」


 ラージオさんの攻撃を察知したのか、家の窓を破って何者かが外に飛び出して来た。数度前転して受け身を取り、勢いがなくなったところで体の土埃を叩きながらゆっくりと立ち上がった。

 そして僕はその人物を観察し始める。

 身長は僕と同じ……いや、若干小さいな。一六〇㎝くらいかな。黒髪ショートで首には大きなマフラーのようなモノが巻かれており、鼻元まで覆われているから顔がよく見えない。わずかに見えるその眼はこの街の住人たちのように生気も光もない濁ったものだ。それに微かに胸の膨らみを確認できた。ということは……


「女性……ですかね?」

「わからん。女の子かもしれんぞ」

「どっちにしてもこんな子がこんな破壊出来ますかね?」

「さっき言っただろう? 能力を強くするのは想いの力だ。女子供でも油断すんなよ」


 その言葉に小さく頷いた。そうだ。音楽だってそうじゃないか。音楽の上手さは年齢や性別なんかでは決まらない。それと一緒だ。僕は今一度、改めて気持ちを引き締めた。

 目の前の少女と対峙して最初に感じたことはその眼の冷たさだ。何て冷たい視線なんだろう……睨みつけているわけでもなく、笑っているわけでもなく、怒っているわけでもない。死んだ魚の目とはこういうことを言うのだろう。そんな少女の無機質で無気力な目が僕達に向けられていた。


「一応確認するがこの家を破壊したのはお前か?」

「………………」


 少女の首が微かに縦に一回動いた。やはりこの少女が犯人か。ラージオさんは一歩前に出て僕の前に壁になるように立つと、右手を背後に回して彼女に見えないようにハンドサインで後退するように指示してきた。相手は恐らくTRE。そんな敵に対して生身の、それも戦闘訓練も武道の心得もない僕がどうこう出来る相手ではない。TREの相手はTREに任せるべきだ。僕はゆっくりと後退しながらグアリーレさんのところへと近づいた。


「お前の目的はなんだ?」

「………………」

「余計な話は無しってか? つれないねぇ……大方真王の命令だろう?」

「………………」


 ラージオさんの問いかけに少女は一言も返さず、何も反応を示さないでただ佇んでいた。どうやら目だけではなく性格も冷たいようだ。


「俺如き話す価値無しってか?」

「………………」

「おい……」


 ラージオさんの声が少し低くなり、そのバリトンボイスの凄みが一段と増した。そして体から黒い靄のようなモノが立ち込め始める。


「なんとか言ったらどうだ? あ?」

「………………」


 少女は何も言わない。そしてラージオさんの体からは先程にも増して黒い靄が立ち込め、靄から光へと変化し、薄黒く光を放つ。


「結構だ……無理に話さなくていいぞ」


 ラージオさんのお腹が膨れ始めた。これは音楽家の基本中の基本、腹式呼吸。ということは……


「お前が最初に上げる声は……悲鳴だぁああああああ!」


 キーンという耳鳴りが僕を襲った。頭の天辺から圧し掛かるような重低音、声量と共に放たれた青白い光線が少女に襲いかかる。


 こうしてラージオさん対謎の少女との戦いが幕を開けた。

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