第一章 第四話~過去~

「兄さん……良いのか?」

「初対面のよく素性も知らない方に……」

「構わないさ。同じ音楽家のよしみだ。それにこの世界に来た以上知っておいた方が良い話だろう」


 ラージオさんはそう言うと僕の方に体を向け、椅子に深く座り直して話し始めた。


「俺にオンダソノラにグアリーレはかつて音楽家だったんだ」

「音楽家? ご専門は何だったんですか?」

「オペラ歌手だ。俺はバリトン歌手、オンダソノラはテノール歌手、グアリーレはソプラノ歌手でな」

「それぞれ『大砲声のラージオ』『大反響のオンダソノラ』『人魚の歌声グアリーレ』とも言われててな」

「それなりに有名でした」


 大砲声は納得だ。光線を放っている時のラージオさんの声と来たら、鼓膜が破れそうなほど大きく迫力のあるものだった。オンダソノラさんの大反響も想像できる。大きな声ではなくささやくような声で話しているというのに、部屋中に響いているほどはっきりと聞こえるその声。きっとそういう声質なのだろう。そしてグアリーレさんの声もオルゴールのように心に染みわたる美しい声をしている。是非とも三人の歌声を聴いてみたいなぁ……


「とにかくだ。そんな有名だったからこそ俺らは目を付けられちまったんだ」

「宝物狩り……ですか」

「その通りだ」

「そうだ」

「宝狩りというと……音楽行為の禁止とかですか?」

「ぷっ! ガハハハハハハ!!」


 大声を張り上げて膝を何度も叩き、涙すら浮かべているラージオさん。そんな突然の大笑いにポカーンと口を開け、呆気に取られてしまった。え? 僕なんか変なこと言った?


「いやすまないな! あまりにも可愛らしい発想だったからついよ!」

「か、可愛らしい……?」


 そう言うとラージオさんは立ち上がり、上着を脱ぎ始めた。着ていた衣服を地面に落としていき、上半身裸になったラージオさんだったが、胸元に傷があることに気付いた。結構大きな傷だ。鎖骨からヘソくらいに一直線にかかる程の大きさ……一体なんだ?


「奏虎君。この傷は何だと思う?」


 ラージオさんはその傷を指でなぞりながら質問してきた。


「え? う、う~ん……幼少期に転んだとかですか?」

「違う。ナイフで掻っ捌かれ、開いたところから左の肺を抜き取られた傷さ」


 その答え聞いた僕は言葉を失った。けどそれに追い打ちをかけるように今度はオンダソノラさんが立ちあがり喉元を見せてくる。


「見えるかい? これは喉をナイフで切り刻まれ、喉仏を抜き取られた痕さ」


 想像を絶する内容と事実に僕は未だに声……いや、呼吸すら忘れる程背筋が凍り、鳥肌が立っていた。


「こ、これが……!」

「そう。宝物狩りの実態さ」


 さっきラージオさんに笑われた理由が完全に理解できた。先程の僕の発言は無知だったとはいえ、何と平和ボケしたものだったのだろう……自分の発言が恥ずかしくなってきた。


「大砲みたいな声を出すには肺を失うこと」

「反響する声を生み出す喉を潰す」

「これが奴ら宝物狩りの実態です」

「なんて惨い……」


 うん? でもちょっと待ってよ? それだと一つの疑問が生じる。


「こう言ったらなんですけど皆さん……普通に声を出してらっしゃいますよね? ラージオさんは凄い声量で叫んでいたような……?」


 僕とニードリッヒちゃんを守るために能力を発動した際、ラージオさんはとんでもない大声量で叫んでいた。元が大砲みたいな声を出す化け物じみた肺活量を誇っていたとはいえ、とても片肺だけであれだけの大声量を出せるとは思えない。


「それにはちゃんとした理由がある。だが物事には順序ってものがある。事の発端から話すぞ。始まりは十年前、天変地異が起きた数日後、今度は青空が消え失せて紫色の雲が上空を覆った」

「十年前からあの紫色の雲が……ということは昔はちゃんとした青空があったんですね?」

「勿論だ。昔は自然豊かな世界だったんだがな……太陽の光もろくに射さなくなったんで、植物も育たなくなった。生えてる植物と言えば日光がなくても育つようになった木々に雑草くらいか」

「お花も全て無くなってしまいましたからね……」


 花が育たないか……これで納得した。初めてニードリッヒちゃんと会った彼女の手に握られていた雑草の意味。それは花が育たなくなったから雑草で代用しようとしていたのか……。だからこそ僕が花束を渡したばっかりに憲兵に目をつけられてしまったんだ。ニードリッヒちゃんには悪い事をしてしまった……今度会った時に謝っておこう。


「青空は地球に住む者達全員の宝だからな。手始めにそれを奪ったんだろう」

「そ、空を奪うって……一体どんな手で……」

「わからん。が、大方TREの仕業だろうな」


 TRE……度々耳にするけど、イマイチよく理解していない言葉だ。


「すみません。そのTREというのは何のことなんですか?」

「TREはTreasure・Robbed・Extra Sensoryの頭文字を取った略称だ」

 Treasure・Robbed・Extra Sensory……宝物を奪われた能力者、か。

「要するにTREとは宝を奪われて超能力を得た者の事を差すんだ」

「なるほど……」


 先程ニードリッヒちゃんは僕に『お兄ちゃんTRE?』と質問してきたのは、音楽家だと答え、何かを奪われたのかと思ったからか……

 一旦ラージオさん達はテーブルに置かれた飲み物を飲み、喉を潤してから再び話し始めた。


「さっき話題に出したが、俺達は元音楽の国出身のオペラ歌手でな」

「音楽の国?」

「ああ。この世界には普通の街とは別に一つの分野に精通した者達が集まり、四六時中熱中・没頭・精進している国があるんだ」

「例えば今言った音楽の国。他には笑いの国、遊びの国。武術の国や食の国なんかもあるよ」

「そんな夢のような国が……」

「ああ。本当に毎日が楽しく充実したものだった。だが、だからこそ狙われちまったんだ」

「宝物狩り……ですか」

「そうだ」

「その道を極めた者が多く集う街だ。宝物は言うまでもなくその職業だ」


 宝物を奪うのが目的なんだから、音楽家の宝は言うまでもなく音楽。うってつけの国という訳だ。


「俺達はいち早くそのことを察知し、国を出て近くの森へ逃げ込んだ。だがあっという間に奴らに掴まり宝を奪われた」

「さっきも言った通り僕は喉、兄貴は肺を奪われた。そして、俺の体は緑色の光を放ち始めた」

「緑の光? 黒じゃなくてですか?」


 確かラージオさんが光線を出していた時は、体が黒色に光っていたと思うんだけど……


「ああ。さっき言いかけたが、TREは『宝を奪われて能力が発現する』のではなく、『宝を奪われた時に抱いた想い』によって能力が発現する」

「想い……ですか?」

「恨み、悲壮感、怒り、虚無……中にはもう嫌々やらなくていいんだと感謝の念を想う者もいるらしいです」


 宝を奪われた時の感情か。恨みや怒りは当然だろうけど、感謝って……。宝を奪われて感謝だなんて普通は思わないだろう。いや、あり得る話か。嫌々ピアノレッスンを始めさせられた子供や、ケガやプレッシャー、悪評を言われてもなお我慢して続けているスポーツ選手なんかは、そんな感謝の念を抱くかもしれないなぁ……

なら僕はなんだろうか? トランペットを奪われた時に抱く感情……。そんな事を考えようとしていると、オンダソノラさんが話の続きを話し始めた。


「喉を切り裂かれ声が出なくなった僕が強く想った感情は『嫌だ。またあのホールに響き渡る声を出したい』だった。その結果……」

「結果?」


 オンダソノラさんは少し微笑み、息を少し吸い込むと体中が薄緑色に光り出した。色こそ違うが、これはラージオさんが光線を出す前と同じ現象だ。


「あ」

「!!」


 小声で発せられたそれは言葉というよりはただ声を出したというものに近いものだった。だがその音は部屋全体を揺らし、目の前にあったグラスは共鳴を始め、中に入っていた飲み物は大きな波紋を浮かび上がらせる。い、今のは一体……? 驚きの表情を浮かべる僕にオンダソノラさんは答えを述べた。


「僕は『周囲に反響する声を出すTRE』になったのさ」

「は、反響する声?」

「ああ。今は危ないから手加減したが、本気だったら鼓膜は破れてこの古家も倒壊していただろう」


 す、凄いパワーだ……!


「次に俺だ。俺は肺を引き抜かれた時、痛みで何も考えられなかった。地べたをのた打ち回り、ただ起こっている光景を見ているしかなかった。だが奴らTRE化しない俺を見て用無しと判断したのか、手当もせずに放置された」

「何て惨い……!」


 奴らの目的はTRE化だからTREにならない人間は用無しだというのか……!


「そんな中、奴らは次にグアリーレに標的を向けた。人魚の歌声の異名を持つ妹の喉を潰そうとしたんだ。その時、俺の体が黒い光で包まれ……」

「……TRE化したんですね」

「ああ。そうだ。弟の喉を潰し、俺の肺を抜き取り、更には妹にまで手を出そうとした連中に対して『弟と妹に手を出すやつは許せん。殺してやる』と強く想った。そこから俺は『大声を光線に変えるTRE』になったんだ」


 あの攻撃は恐ろしく強力だった。僕のいた世界ですら光線銃はSFの世界だけのものだったのに、それを口から……しかも口と同じサイズの太さを誇る光線を出すなんて驚きだった。僕がこの世界に来て初めて見たTREの力だったから印象に残っているし、一生忘れることないだろう。と、ここで先程の疑問が再び僕の頭をよぎった。


「先程聞きましたけど、ラージオさんの傷が癒えているのは何でですか?」

「俺達は運がよかったんだ」

「そう。ここにいるグアリーレに助けられたんだ」

「グアリーレさんに……助けられた?」

「ああ。俺は肺を取られて手当もされずにいたから失血死寸前。オンダソノラは能力は得たが声が出せないから自害しようとしていた」

「そんな二人を見て私は強く想ったんです。『兄さん達を失いたくない! この二人の傷を癒してあげたい!』と。すると私の体が白い光を放ち始めたんです」

「白? 黒や緑ではなくてですか?」

「はい。TREが力を使う前に出る光は色々な種類があるんです。まぁその話は今は関係ないのでまたの機会にしましょう。話を戻します。私はその時『歌声で傷を癒すTRE』になったんです」

「歌声で傷を?」

「事実グアリーレの歌声を聴いて俺らの傷は癒えた。オンダソノラは声を取り戻し、俺は新たな肺が生成され傷も塞がった」

「素晴らしい能力ですねグアリーレさん。優しそうなあなたにピッタリの能力じゃないですか」


 その言葉にグアリーレさんは顔を少し赤らめ、膝元で両手の指をいじりながらモジモジと俯く。


「TREになった俺達は宝狩りをやめさせようと音楽の国へ戻ったが、時すでに遅く、国は壊滅。負傷者や死者も多くお手上げだった」

「え? お二人のようにグアリーレさんの能力で……」

「言っただろ? 俺達は運がよかったってな」

「私の能力は出来て間もない傷しか癒せないんです。私達が戻った頃には既に手遅れでした」

「成程……そんな条件があるんですね」


 きっとすぐさま二人を助けたいと思ったからこそ出来て間もない傷しか治せないのかな? どっちにしても凄くて素晴らしい能力なのは変わらないけどね。


「治せない以上どうしようもない。復讐の矛先を向ける相手もいない場所に居続けても辛いだけだし、悶々とする毎日しか送れないと思った俺達は国を飛び出した」

「飛び出した……それはもしかして」

「ああ。宝狩りを阻止するためにな」


 やっぱり……でもこの三人なら適任かもしれない。宝を奪われる辛さを知り、傷を癒し、復讐を成し遂げられる可能性を持っているからね。


「そして奴らを追っているうちにこの街に着いた……という訳さ」

「この街がある意味で一番ひどい有様だった」

「というと?」

「この街は昔っから特産も無ければ秀でたものもない。言っちまえば何にもない街だ」

「だから宝と言えるものが何もないこの街の者達は無差別で職や体の一部を奪われていったのです」

「酷い……でもその分TREが」

「いや、明確に自身の本当の宝を奪われていないから殆どの者がTRE化しなかった」


 つまりは奪われるだけ奪われて何も起きずにそのまま放置か……通りで僕が街を歩いていた時に見かけた人達は生気のない顔をしていた。それに死体も多かった気がする。


「俺達の目的は大きく二つ。一つ目は宝狩り部隊の壊滅。二つ目はこの街に来ている真王の殺害。それが済んだらこの星に来た宇宙人をぶち殺す」

「え? 真王って人この街に来ているんですか?」

「ああ。なんでも探し人がいるとかでな」


 世界の王が直々に? なんだか腑に落ちない。下手したら抵抗にあって殺されるかもしれないような危険な旅に、なぜ王自ら出かけるんだ?


「真王が宝狩りを辞めさせないところを見ると俺達の敵と認識して良いだろう」

「ああ。失った人達の仇を取るんだ」

「そう言うことです」


 と、ここで大きなため息が零れ、しばしの沈黙と静寂が部屋に訪れた。

 それと同時に僕はこの世界で起きている事の大きさに虚無感を覚え、両親の安否がますます不安になってきた。それにしても……


「真王の野郎め……王なら王らしく振舞えってんだ」

「まあ昔から何かと圧政的なところがあったからね」

「昔あの人の前で歌ったことあったけどノーリアクションで辛かったわ……」


 どこの誰かわからない僕に対して全てを話してくれたり、親切にしてくれたり、この人達の大きな人徳に僕は救われた。今思えばメタスターシさんがラージオさんに会えと言った理由が分かった気がする。


「つかぬ事をお聞きしますけど、皆さんの知り合いでメタスターシ・アルダポースという方はいらっしゃいますか?」

「アルダポース? いや知らんな。お前らは?」

「聞き覚えないね」

「私もありません」

「え?」


 おかしい。なぜ面識がないのにこの三人の事をメタスターシさんは知っているんだ? 音楽家として有名だったから? いや、ならなぜ三人の人柄を知っているんだ? 見た感じこの世界にはネットとかもなさそうだから知りえなさそうなのに……


「どうした?」

「……いえ。なんでもありません」


 考えても仕方ないか。僕にとって重要なのはメタスターシさんが何者なのかではなく、両親と会うこと。それにラージオさん達に会えたんだから、もう彼からの指示は達成したことになるし、それ以上の事も言ってなかったので用は無くなった。


「さてと……これからの話しをしようか」

「君の目的は両親に会うことだったね?」

「はい。それ以上は特に望むことはありませんが……」

「衣食住はどうする? 君は憲兵にちょっかいを出した。普通には暮らせんかもな」

「う……」


 言われてみればそうだ。両親の事で頭がいっぱいだったから、ここで生活していくことを何も考えていなかった。おまけにいま言った通り、僕は憲兵にちょっかいを出している上に、直接手を下してはいないけど、殺害の現場にいたし、目撃者もいるだろう。となると普通の暮らしは出来ない……

 そんな事を考えているとラージオさんが口角を少し上げ、不敵な笑みを零しながらこんなことを提案してきた。


「そこでだ。君と君の両親の面倒、それに探すのも手伝うということを条件に、君は俺達に協力してもらいたい」

「協力? と言いますと?」

「なぁに簡単なことだ。ちょっと人質になってもらいたい」

「ひ、人質!?」


 その言葉に僕は立ち上がって壁際まで後退する。い、一体何を言っているんだ?


「身構えることはないよ。人質と言っても形だけだし、王宮に入るまだの短期間だからさ」

「王宮?」

「はい。この街の中心には王の住む王宮があるのですが、真王がそこにいるんです」

「真王が……でも何で僕が?」

「宝狩り部隊に手を出し、まだ宝も奪われていない人間を捕まえた……そう言って行けばすんなり入れるだろう。丁度宝狩り部隊の装備も先程ぶっ殺して手に入れたしな」


 話が見えてきたぞ。つまり……


「人質になった僕を連れ、憲兵に成りすました皆さんに同行し真王を殺害する……ということですね?」

「理解が速くて助かるよ」

「……ここまで親切にされて失礼を承知で言いますけど、あなた方を信じていい証拠はありますか?」

「証拠か……そんなものはないが音楽家の名に懸けて誓おう」

「ぷっ……! あははは! 音楽にかけてですか。音楽家からそんな事を言われたら信じるしかないですね!」

「だろう? このご時世に宝にかけて誓うことは最上位の誓いだからな」

「成程……ならその提案飲みます。僕も音楽に……いや、両親とこのトランペットにかけて協力します」


 僕は壁際から離れ三人に近づき、右手を差し出して固い握手を交わした。

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