第一章 第三話~三兄妹~

 ニードリッヒちゃんの目隠しを外さないまま裏路地を通り抜け、大通りを出て彼女の指示通り道を歩いていくと大きな店に出た。だが看板はなく、店としての機能はしていないようだった。微かに見える店内を察するに酒場だったと思うけど、中はうっそうとして空き瓶や蜘蛛の巣、倒れた椅子に壊れたテーブルなど荒れ放題だった。

 裏戸に回り戸を叩くと美しい女性が僕らを出迎えてくれた。どうやらニードリッヒちゃんのお母さんらしく、ニードリッヒちゃんも将来こうなるのかなぁ……と妄想したのはここだけの秘密だ。それに続いて現れた大柄で口ひげを生やしたお父さんが僕らを警戒した様子で観察していたが、ニードリッヒちゃんの口から事の顛末が語られると涙を流しながらお礼を言ってきてくれた。

 そして花束が渡され、今日が誕生日だというお母さんの為にトランペットを取り出して誕生日の曲でも吹こうとしたけど、何故かラージオさんに止められてしまった。そのしかめ面のような笑顔と悲壮感が溢れる目をした彼を見た僕は特に反発もせずに黙って従った。

 その後、僕らはその場を去った。去り際には両親が何度も何度も頭を下げて礼をし、ニードリッヒちゃんは何度も飛び跳ねながら僕の名前を呼び、手を振ってくれていた。僕も精一杯の笑顔を向けてそれに応えた。


「さてと……君は行く当てがあるのかい?」

「いいえ……」


 手を振り終え、姿が見えなくなるまで歩いた頃、ラージオさんとの会話が始まった。


「君はどこから来たんだい?」

「言っても信じて貰えるかどうか……」

「ふむ……まぁなんだ。とりあえず俺の家に来い。そこで落ち着きながら話すといい」


 僕はラージオさんについていき、彼の自宅へと向かった。




「まぁくつろいでくれや」

「は、はぁ……」


 あるくこと数十分。僕らはラージオさんの自宅に到着した。大通りから外れて裏道に入り、迷路のような道を進み、着いたのは何ともボロい家だった。壁はひび割れ、剥がれた塗装が地面に散乱し、入り口にはドアというものはなく、上から布がかかっているだけだった。暖簾のように布をくぐり、中に入ってみると、隙間風が入り込み、電気というものは通ってはおらず……というか発明されていないのかな? とにかく部屋のあちらこちらに蝋燭が置いてあるだけだった。

 一歩ごとに軋む階段を上り、部屋に招かれた僕はラージオさんにくつろいでくれと言われたが、目の前にあったのは虫に食われ穴だらけのソファーのようなものだった。

 けどここで厚意を無下にすると光線を見舞われかねないと思った僕は素直に座った。


「さてと。お~い! 帰ったぞ!」


 家全体に響き渡る声で誰かを呼ぶラージオさん。本当によく響く声だなぁ……家がボロいっていうのもあるけど天井の埃がパラパラ落ちてきてる。そして待つこと一分。入り口から一人の男性が入ってきた。細身だけど長身で二m近くあるかな? ラージオさんと違ってかなり優しく穏やかな顔をしている。


「おかえり兄さん。って誰だいその子?」

「おお。裏路地で活動してたら出くわしたんだ」

「大丈夫かい? スパイかなんかじゃ……」

「大丈夫だろ。憲兵共に追われていたし、少女を助けようと必死だったから助けたんだ」

「そうか……大変だったね」

「い、いえ……」


 重厚で相手を威圧するような声質のラージオさんとは逆に、この男性の声は透き通り包み込む空気のようなクリアな声質をしている。


「ああ。自己紹介が遅れたね。僕の名前はオンダソノラ。ここにいるラージオの弟だ」

「兄弟……ですか?」

「ああ。意外かな?」

「い、いえ! そんな事は……」


 似ても似つかないなぁ……雰囲気も違うし顔つきも違う。似てるところと言えば二人ともいい声をしているってところくらいだ。


「ん? グアリーレはどうした?」

「今お茶の用意をしてるよ」


 キョロキョロと誰かを探すようなそぶりを見せるラージオさん。 


「グアリーレ?」

「俺達の妹さ」


 この人達の妹か……長身は間違いないだろう。問題はどっち似かってことだ。ラージオさんのような厳つい感じかな? そんな事を考えていると部屋の入り口から女性が入ってきた。


「おかえりなさ……あ……ええっとどなたですか?」

「…………」


 その女性は小柄で茶色がかった黒髪で髪の長さは鎖骨くらい。通った鼻筋に青い瞳、きめ細かい肌に整った顔立ちで、突然変異と言っても差し支えない程どちらにも似ていない美女がそこにいた。


「どうした? ぼーっとして?」

「あ、いえ! なんでもありません!」

「? そうか……」


 僕らはグアリーレさんの持ってきてくれた飲み物を飲み、一か所に集まるのではなくソファーや壁、丸いすなど各自が散り散りとなって、各自が効く姿勢になったところで話が始まった。


「まずは俺達から質問させてほしい」

「は、はい」


 まるで面接のように三人が僕の方を一斉に見てきた。とはいえそれも当然のこと。赤の他人で顔つきも違う……こうしてみると三人はイタリア人っぽい顔をしているな。とにかく、顔も違うし互いの素性も知らないんだから警戒は当たり前だ。メタスターシさんが言っていた人物だから良い人達だとは思うけど、ここは信用を得るためにも素直に答えよう。


「君はTREか?」

「TRE……すみません。よくわかりません」


 その言葉に一同は目を見開き、驚きと困惑の表情を浮かべながら互いに顔を見合わせる。ニードリッヒちゃんにも言われたけどTREって一体何のことなんだろうか?


「……それは悪い冗談か?」

「いや、表情と声にブレがない。本心で言ってるね」

「記憶喪失なのかしら?」


 僕の事を色々考察しているけど記憶喪失以外は正解だ。ここは……


「すみません。質問の答えになっていませんが僕から皆さんに言っておきたいことがあるんです」

「? なんだ?」

「僕は……この世界の住人じゃありません」

「「「!!」」」


 その言葉にいち早く反応したのはラージオさんだった。座っていた椅子を後方にすっ飛ばしながら立ち上がり、体全体を使って僕の事も見てきた。彼の……いやこの場にいる全員の目には殺気にも似た光が宿っている。


「お前……まさか宇宙人か?」

「い、いえ。僕は地球人です。信じて貰えないかもしれませんけど……僕はこの世界に転移させられたんです」

「「「転移?」」」

「はい。元の世界では僕の両親が行方不明になっていて、途方に暮れていた時、どこからか声がしたんです。両親に会いたくないか……って」

「それで?」

「僕はその言葉を信じて『はい』と答えました。そしたら……」

「この世界に来ていた……と」

「はい」


 張り詰めた空気が解けて三人は大きなため息をつきながら椅子に座り込んだ。頭を搔いたり額に手を当てたりとリアクションはそれぞれだが、とりあえず殺気は収まった……のかな?


「いやすまない。ちょいと訳ありで宇宙人には恨みがあってな」

「訳ですか?」

「それは後で話そう。今は君の話だ。ええっと……つまり君は異世界から転移してきたって事?」

「よくそんな胡散臭い言葉を信じようと思いましたね……」

「う……ま、まぁ確かに胡散臭かったですけど、僕の名前を言い当てたり、両親の事を知っているみたいでしたし」

「こっちの世界で君は死んでいたかもしれないんだぞ?」

「両親のいない世界に居続けるなんて死んだも同然です」

「「「…………」」」


 その言葉と僕の目を見て三人は沈黙する。


「両親は君にとって宝なんだな」

「ええ」


 言葉の真意はわからないが、眉間に寄っていたシワが無くなり、慈愛に満ちた優しい顔で語るラージオさん。宝か――確かに両親は僕にとって宝物みたいな存在だ。それとこのトランペットもね。僕は傍らに置いてあるトランペットケースをしっと撫でた。


「まぁなんにしてもそれで全て謎が解けた。君がTREを知らないという事……というよりこの世界で何が起きているのかよくわかっていないみたいだね」

「はい……」

「わかった。全部話すぜ。俺達の事、TREとは何か、この世界で何が起きているのかをな」


 ラージオさんは椅子に深く座り直すと静かに語り始めた。


「始まりは十年前だ」


 十年……両親が行方不明になったのと同じ年数だ。海外演奏会に出演するために飛行機に乗って……そのまま行方不明になってしまった。


「この地球に宇宙人が来たんだ。大騒ぎになった地球の王……真王って言うんだがな? 真王は各国の王達を集めてその宇宙人と話し合いをした」

「話し合い? どういった内容ですか?」

「それはわからない。王様達以外は出席できなかったからね」

「まぁ内容はわからんが、ほどなくして世界に色んな異変が起きたんだ」

「異変? それって……?」


 ラージオさん達は一瞬口を紡いでその時の様子を思い出すかのようにそっと目を閉じた。しばしの間、部屋に立てつけてあった振り子時計の音のみが部屋の中に流れ、分針のコチッと音がするとラージオさんは目を静かに開いた。


「まずは天変地異だ」

「天変地異? 地震とかってことですか?」

「地震なんて生易しいものじゃないんです。地殻変動と言った方が正しいですね」

「地殻変動? どれくらいの規模ですか?」

「全世界宇宙規模だ。それも一日で大陸の形が変わっちまう程のね」


 い、一日で地形が変わる!? 本来地殻変動って長期間で数ミリって単位でしか動かないんじゃないの!?


「この世界は一つに統合され螺旋状の形になった。……こんな感じのね」


 オンダソノラさんは床に落ちていた紙と鉛筆を拾い上げて絵を描き始めた。う~んと? この絵によると、この世界は蚊取り線香のように中心から時計回りに広がるように螺旋状の形になっているようだ。螺旋状と言っても渦巻きは一周にも満たない四分の三程度で、丁度真ん中くらいで少し大陸間に隙間があるみたいだ。


「ちなみにこの街は一番端っこにあって、街の名前は『ノンビーヌラ』って言います」


 ノンビーヌラか……これはメタスターシさんから聞いていた通りだ。


「島以外の場所は海で、沖合には厚さ数百㎞っていう厚さの竜巻が常時吹き荒れている」

「つまり中心に行くには島を順番に歩いていくしかないってことだ」

「飛行機や車は無いんですか?」

「ヒコウキ? クルマ?」


 三人は首を傾げながら僕の言った単語を繰り返す。成程。この世界にはまだ車も飛行機も発明されていないのか。


「この中心には何があるんですか?」

「ここには中心宮があってな。真王が暮らしている王宮があるんだ」

「絵じゃ描き表せないけど、蝋燭のように上空に向かって伸びているんだよ」

「正確な標高は聞いたことありませんが、噂では一万mにも及ぶと言われています」

「い、一万……」


 エベレストですら九〇〇〇mに及ばないのにそれを超える標高とは……この世界は僕の想像の遥か上を行くなぁ……


「なんでそんな事になったんですか?」

「それはわからない。だが宇宙人の野郎が来てから間もなくのだから、そいつの仕業だろうな」


 ラージオさんは描いた紙をグシャっと握りしめゴミ箱に投げ込んだ。だが狙いが外れ、ゴミ箱に入らず床に落ちたが、そんな事お構いなしに話が続いた。


「それだけで終わればよかったんだがな……問題はこれからだ」

「問題? というと?」

「全世界で宝物狩りが始まったんだ」

「宝物狩り??」


 生まれて初めて聞いたその単語に僕は間抜けな声を返してしまう。


「あの宇宙人が来てから変わったのは地殻変動だけじゃない。超能力者が世界各地で生まれ始めたんだ」

「?? 宝物狩りと超能力……一体なんの関係が?」

「超能力は誰でもなれるもんじゃないんだ。それなりに条件がある」

「条件? それって?」


 答えを急く僕とは対照的に三人は口を紡ぐ。なんで教えてくれないんだ? 僕は早く答えを知りたいというのに……。若干前のめりになって煽る僕にグアリーレさんが重い口を開けて答えを告げる。


「宝物を奪われた時に抱く感情です」

「宝物を奪われた時に抱く感情?」

「奏虎さん。あなたの宝物は何ですか?」

「僕の宝物ですか? ええっと……このトランペットです」

「どのくらい大切なものですか?」

「どのくらい? そりゃ……命と同等ですかね。両親から貰った大切な宝物ですし……」

「それを奪われたらどんな感情があなたを駆け抜けますか?」

「それは……」


 う~ん……考えたこともなかった。このトランペットを奪われたらどんな感情が僕を包むって? 場合によるけど……紛失なんてしたら立ち直れないかも……

 とここで一つの考えが僕の頭をよぎる。宝物狩りという単語に超能力者になる条件。それにグアリーレさんが僕に質問してきた内容。


「もしかして……宝物狩りって……!」

「はい。お察しの通り、その人間の最も大切にしている宝物を奪って超能力者を生み出す事です」


 宝物狩りとは僕らの世界で言う刀狩りみたいなものだろう。武士の魂を奪われるに近いものを一般人で行っているのか。それも超能力者を作るために……


「聞きづらい事ですけど……良いですか?」

「うん? どうした?」

「先程ラージオさんは憲兵を殺す際に口から光線を出していましたよね?」

「ああ」

「ということは……ラージオさんは何か宝を奪われた……ってことですよね?」


 再び沈黙が訪れた。それも先程までの沈黙とは違い、明確に何かを思い出しているかのように、苦悶の表情を浮かべている。


「もしかして……聞かない方がよろしかったですか……?」

「そうだな……あんまり話したくない話だ」


 ラージオさんは天を仰いで天井の木目を真顔でジッと見始めた。だけど鼻から勢いよく息を吐き、口元を緩めると、再び僕の顔を見て口を開いた。


「……いいだろう話してやるよ」

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