第17話「君側の奸」
「貴様、自分が何を言ったのか分かっているのか?」
剣の柄に手をかけるヤコブら側近たちだが、シルヴィアをこのままにしておくことに比べたら露ほどの恐怖も感じない。
「はい。殿下の信頼を悪用して、祖国に仇なす裏切り者を告発したのです」
「まだ言うか!」
剣を抜こうとする3人を、マリウスは「待て!」と制した。
「まずは、話を聞こう」
かかった!
ハルはごくりと生唾を飲みこむ。
確かに王太子マリウスは公正な人物。だが、その公正さがシルヴィアを泣かせたのだ。
だから、彼の公正さを逆に使って、大切なものを見失っておられる殿下を殴って差し上げるのだ。
「では申し上げます。先ほど殿下はヤコブの発言を『僭越』と窘められました。公爵令嬢たるシルヴィア様も同じようになさいました。ヤコブら3人は、それでも主君の言葉を遮り、勝手な主張を続けた。これを越権行為と言わずして何と言うのです?」
痛いところを突かれて、ヤコブがぐっと押し黙る。
どうやら、どう切り返すか必死で自分が呼び捨てにされている事も気づかないようだ。
側近のひとりが、「それは……」と反論を始めようとしたが、相手のペースに乗ってやる義理はない。
「更に、不当に王太子の生活に干渉し、シルヴィア様との予定に優先度の低い仕事を入れておふたりの仲を引き裂こうとなさいましたね?」
「でたらめだ!」
「記録なら取ってあります。これを元に調べれば、わざわざシルヴィア様との予定を潰しにかかった事がすぐにわかりますよ」
この一言で、空気が変わった。
ひそひそとささやき合いながらシルヴィアを見守っていた学生たちが、ざわざわと戸惑いの声を上げ始めた。
誰かが「それ、酷くない?」と呟いた。
リーチが「騙されるな! こいつは・‥‥」とわめきたてるが、もう誰も聞いていない。
「シルヴィア様、かわいそう」
「あいつら、調子に乗りすぎじゃないか?」
学生たちの声は次第に多くなる。
舌戦は相手を論破するより、聴衆を味方につけた方が有利なのだ。
これで、王子が自らの間違いを悟ってシルヴィアにしかるべき対応をしてくれれば茶番劇はこれでお仕舞。
そうでなければ……。
「……君は、ハル・クオン君だったね。シルヴィアのクリエンテスの」
「はい殿下」
「君が彼女のことを大切に思ってくれるのは嬉しく思う。だが、だからと言って私の側近を君側の奸呼ばわりは言い過ぎだろう? 確かに彼らは……」
王子の言葉に、ハルは強い失望を感じる。
命をかけた諫言が流されたことも腹立たしいが、この期に及んで状況が見えていないマリウスの鈍さはありえない。
(ここまで来て、あなたはシルヴィアさまのことを見ないのですね。それがあなたの答えなのですね)
やむを得ないと小さく息を吸い。決意と共に決定的な言葉を吐いた。
「ですが、私も王家に忠誠を誓う者として、悪臣を放っておくわけにはいきません」
「まだ言うか!」
ヤコブの抗議をさらりと無視して、ハルは宣言した。
「畏れながら、当校の伝統にしたがい、殿下に決闘を申し込みます。もし私が勝ったら、彼らを遠ざけ、シルヴィア様の話を聞いて下さい」
「貴様が負けたら、どうすると言うのだ!?」
関係ないリーチががなり立てるように聞いてくるが、ハルは表情を変えないように努めながら、手刀で自分の首を叩いて見せた。
その場にいた全員が息を飲む。
耳鳴りのように鳴り響く心臓の音が煩わしい。
「駄目だ! お前にそんなことをさせるわけには……!」
我に返ったシルヴィアが身を起こすが、こればかりは譲るわけにはいかない。
「これは私が一命をかけて決めたことです。たとえパトローネスのご命令でも、曲げるわけにはいきません!」
マリウスがおろおろと自分とヤコブを交代で見つめている。
マニーは震えながら両手で自分の肩を抱いている。
だが、余裕を見せたのはヤコブだった。
「殿下が勝てば、その首をもらう。その約束、忘れるなよ!」
またもや越権行為だが、抗議しようとしたマリウスに何事かささやく。
今日のやりとりで、彼らのやり方には大体察しがついた。おおかた「打ち負かした上で罪を許し、徳を示せばよい」とでも吹き込んでいるのだろう。
仕方なくと言った体で、マリウスが「応じよう」とだけ答えた。
どうせ後で話を大きくして、処刑を避けられない状況にしようとするのが丸分かりだが、そこにつけ入る隙がある。
こちらはもう覚悟を決めたのだ。首くらい持っていけ。
後で考えれば、この時の思考は正常では無かった。
軽挙と言って良い。
何故なら、シルヴィア・バスカヴィルがこの状況を座視するような女性ではないことが、彼女に懸想しながらすっぱりと抜け落ちていたからだ。
「お待ちください殿下! その決闘、私が代理人を務めます!」
「シルヴィア様! それはまずいで……」
「ハル! お前は黙っていろ!」
剣を持った側近たちに脅されても一歩も引かなかったハルの弁舌が、シルヴィアの一喝で「はいっ!」と降伏宣言をする。
惚れた弱みもあるだろうが、純粋にシルヴィアに喝を入れられて勝てる気がしないのだ。
「シルヴィア、気持ちは分かるが……」
「いいえ殿下! クリエンテスの失態はパトローネスの失態です! それに、彼の望みは私も同じ! ならば私が戦いましょう!」
跪いて高らかに宣言するシルヴィアに、皆頭を抱えた。
この決闘はハルと言う馬の骨が相手だからまだ彼の首ひとつで穏便にすませることも出来るのだ。彼女が出てくれば公爵家を巻き込むことになる。内紛一直線だ。
ああ、もう滅茶苦茶だよ!
「分かっているのですか!? それでは公爵家が……」
ヤコブからも余裕が消えて、何とかこの場を収めようと言う態度が見え見えである。
「殿下のためだ! 父には手紙を送って勘当して頂く!」
「ほっ、本気ですか!?」
「私が勘当されて殿下をお諫めできるなら安い物だろう!」
気性の激しい女性だとは思っていた。
そう言う部分にも憧れていたのだが、まさかこれほどとは……。
結局、この場は仕切り直して、改めて話し合いの場を設ける事になった。
ハルが頭を抱えたの言うまでもない。
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