第25話 ヤンデレvs天使の料理

 別荘に着いたのは一八時頃だった。夏至前の夏らしくお日様はまだ上っている。

 別荘は山の中にある二階建ての大きなものだった。学校の体育館くらいの大きさはある。木々に周りが囲まれていて、自然の匂いがして気持ちがいい。

 外の入口のあたり、向かって左側には、柱につけられたハンモックも飾ってあった。


「ようこそ、我が別荘へ。」

千鶴さんが先頭に立ち、別荘に向かって進んでいく。

「うわー。凄い。千鶴ちゃん。ホントにタダでいいの?」

千里さんが親友に続いていく。


「いいって、いいって。親友の千里の頼みだしね。」

「ありがとね。千鶴ちゃん。」


「俺らの勉強合宿のためにホントにありがとうございます。」

「千鶴さん、ありがとうございます。」


 千里さんがお礼を言ったタイミングで俺と凛もお礼を言う。


「はい、はい。もうそんなのいいから入るよ。」


 そう言って、そそくさと一人で、自分勝手に歩いていってしまう。


「千鶴、あれ多分照れているんだよ。恥ずかしがり屋さんなところもあるからね。」


 千里さんが愛おし気に親友の背中を見ていた。


「ホントですか?千鶴さんの適当な性格を表した物言いに見えましたよ。」


「ふふふ。でも、あれは照れているんだよ。間違いなく。」


 千里さんは妙に確信を持っているような言い方だった。コミュ障の俺にはわからないことが千里さんには分かっているのかもしれない。

 確かに、千鶴さんのことは変なブサイク女だと思っていたけれど、まだまだ知らないことが多い。千里さんの友達だし、一概に悪い人だとも思えない。

 ずっと一緒にいる幼馴染のことすら、コミュ障の俺は、未だに全てをわかっていないのだ。凛にラインの未読スルーされたことを思い出す。


 コミュ障で人の気持ちに疎い俺は特に慎重に千鶴さんがどんな人か判断しよう。

 ふとそんなことを考えた。


『まあ、ブサイク女なのは確定的に明らかだとは思うけどね。』

 誰も聞いていない言い訳を心の中で付け足して、皆と一緒に別荘に入った。


 *


 食事は千里さんと千鶴さんが作ってくれた。俺と凛も流石に運転といい別荘といい二人にお世話になりぱなしだったと思っていたので、手伝うと言ったのだが、


「私と千鶴ちゃんに任せて君たちは勉強しなさい。もしも、悪いと思ってくれるならこの勉強合宿で勉強して学んでいって欲しいな。」


 と言われた。


「そう、そう、私と千里は楽しく料理デートするから君たちも仲良く勉強デートでもしてなさい。」


 千鶴さんも珍しく柔和に語りかけてくれた。そこまで言われては勉強するのが恩に報いることだと思い、凛と二人、用意された場所で並んで勉強している。


「ボッチ君と凛ちゃん料理できたよー。」


 勉強を始めてから一時間ちょっとした時だろうか?

 舞台女優のような伸びやかな声で千鶴さんが声を掛けてくれる。流石に凛を恐れたのか、童貞君からボッチ君に格上げされた。

 …格上げ、なんだろうか?


「さあ、大学の友達にもめったにふるまわない、千里の本気料理をとくと味わうとよい。」


 千鶴さんは、大袈裟な言い方だった。が、それも頷ける素晴らしい料理の数々が大きなテーブルには並んでいた。生ハムのサラダ。三層の色鮮やかなテリーヌ。宝石のようにまばゆい光沢をもつ白身魚のホワイトソースがけ。どれも高級な料理店で出されていてもおかしくない程のものだった。気づかないうちに食欲をそそられ口の中に唾液が溢れていく。


「美味しそう。」


 凛も輝く瞳で色彩豊かな料理を見ていく。


「ありがと。でも、どれもそこまで難しい料理じゃないよ。少しだけ調理器具を揃えれば誰にでもできるものだよ。」

「もう、千里はそんなに謙遜して~。私なんてこれを食べるためにわざわざ、ここにいた料理人と執事を追い出したんだから。」

「え、料理人追い出したりそんなことしたんですか?」


 思わず突っ込んでしまう。美味しそうとは言ってもそこまでとは思わなかったのだ。


「君も食べれば分かるよ。」


 千鶴さんは楽しそうに笑う。


「では、いただきます。」


 そう言われたら気になってしまう。そう言って先ずは最初に気になった色鮮やかなテリーヌを口に入れる。


「千里さん。結婚してください。」


 思わず千里さんに結婚の申し出をしていた。

 凛に対して料理美味しいくらいで結婚する奴はろくな奴がいないぞ。と少し前に心の中で突っ込んだのも忘れて、気付けば隣の千里さんの手を握って結婚を申し出ていた。


 テリーヌは、チーズの爽やかな甘さ、野菜の濃厚な甘さ、トマトの酸味が絶妙なバランスでマッチしているもので、今まで食べたどんな料理よりも美味しかった。

 これは、千鶴さんが料理人を追い出したのも頷けるというものだ。


「もう、けんたろー君はそうやって私をまたからかうんだから。」

「これを食べたら結婚申し出ちゃいますって


ドンッ。


「冗談でも言っていいことと悪いことがあると思うんだけど。けんたろー。死ぬ前に反省の弁はある?」


 気付けば、フォークを持った凛が狂戦士バーサーカーになっていた。机をフォークでたたく音が一定間隔でする。

 女帝モードの後遺症かな?とにかく、●されてはたまらないので俺は、食べるのを促す。

 凛も俺の様子に渋々といったようすでテリーヌを食べてくれる。


 “ぱくぅ”


 凛は小さな口でテリーヌにかぶりつく。すると、目を見開くようにしてテリーヌを見つめ、パクパクと誰かにとられまいとするかのように一気に食べていく。

 食べ終わるとほっぺたに両手をあてて


「うぅ~ん。美味しい」


 とホントに美味しそうに言う。

 そして、わざわざ対面にいた凛は席をたって、千里さんの前に行く。


「けんたろーじゃなくて私のお嫁さんになって千里さん。」

 そう言っていた。手のひら返しがひどすぎた。


「凛ちゃんまでそんなこと言って。そういうことはホントに好きな人に言いなさい。」

「ち~さと。じゃあ、本気ならいいんだね。じゃあ、私と結婚しよう。幸せな家庭を作ろう。渋谷区なら同性愛も認められているはずだから一緒に引っ越して住もう。」


 やたら具体的なことを千鶴さんまでも言う。

 千里さんはハーレム状態だった。麻薬が入っていると言われれば納得してしまうくらいに気分が高揚している。


「もう、皆お行儀が悪い。ちゃんと座って食べなさい。」


 千里さんは頬を膨らませながら怒る。怒られている三人はボーっと千里さんを見ている。

 俺だけでなく同性の二人も熱い視線を送ってしまうくらいに千里さんは可愛かった。料理のおかげで千里さんの背中に純白の翼が見える気がする。ホントに麻薬だったのかもしれない。

 そして、俺ら三人、実はマゾなのかもしれない。三人とも千里さんからのお叱りの最中は千里さんが可愛くて終始ニヤニヤしてしまっていた。


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