第12話 女の子の家に土日に行くのは勇気がいる

 幼馴染の凛の家は近い。二村家(健太郎の家)から二〇〇mも離れていないような場所にある。

 建築家の凛のお父さんが建てたらしい青と白を基調とした家は近所でも評判のお洒落な家だ。

 確か、テレビでもお洒落な家として紹介されたことがあるはずだ。


 土曜日の朝午前十時という時間。俺はその家の門の前に一人立っていた。

 理由は単純。凛に勉強を教えるためだ。

 決して凛と話せなくて寂しいから来たわけではない。…ないったらない。


 まあ確かに、ここ2,3日は、避けられていた気がするけど。

 顔を合わせると、顔を赤くしてぴょんぴょん飛び跳ねるように、どっかに走って行ってしまうのでまともに話していない。


『鬼ごっこでもしてたっけ?うんうん。きっと鬼ごっこの延長だよね。わーい。鬼ごっこ楽しいなぁ。まさか、凛に嫌われたわけじゃないよなぁ…』

とか言って自分を慰めるのもそろそろ限界になってきている。


 今日、凛の家に行くこともラインで連絡したのだが返事は返ってこなかった。それどころか既読すらされていなかった。


・・・


 滅茶苦茶、緊張している。美少女の幼馴染の家に休みの日に行くのは緊張する。

 誰か学校の奴らに見られたらとかも考えてしまう。それに休日なので(顔見知りだけど)親御さんもいる。しかも、肝心の幼馴染は俺からのラインを未読スルーしている。


・・・


まさかライン、ブロックされていないよね?

親同士も親しくて小さい頃から一緒の美少女幼馴染(性格も良い)にブロックされていたら泣いちゃう。

行くのやめて帰ろうかなぁ。


…そう思いつつも結局は凛に大学受からせてやるって言った約束を思い出して目の前にあったインターホンを押した。


ピーンポーン。


“はいは~い。あ、けんたろー君じゃん。入って入って~。”


 茶髪の可愛らしい女性が出てきた。凛のお母さん紗栄子さんだ。

 凛と同じで背は小さい。そして、妙齢の女性とは思えないほどの元気がある可愛らしい女性だ。


 そのまま、紗栄子さんに案内されて玄関に入るとピカソのような所謂、キュビスムの絵が飾られているのが目に入る。

 この絵画は俺が中学生の時からずっとかけられているもので、題名は“女神の裸体”というものだ。


 裸体と言われてもそもそも性別すら分からないような小学生の落書きのような絵だからいくらエロガキの俺でも、特に興奮とかはしない。


中学の時に題名を聞いて名前だけで興奮したとかいうことは決してない。


・・・


ち、ちゅ、中学生の時、保健体育の授業でペ〇スって言葉で盛り上がったりしたろ?俺は健全な男子だ!


 そして、リビングに案内される。凛の家のリビングは、白色を基調とした部屋。茶色のフローリングの床。深いワインレッドの色のソファーに、黒色の大型テレビ。食卓用の茶色の机。それに付随する四つの大きいベージュの椅子がある。


 俺はそのベージュの椅子に座らされる。

「コーヒーにする?ジュースにする?紅茶にする?」


 紗栄子さんが高いテンションでそんなことを聞いてくる。


「じゃあ、ジュースでお願いします。」


 この人には本当に可愛がってもらっていて遠慮をするとむしろ残念がられる。

 前に遠慮した時があったのだが、その時、紗栄子さんが凛とは違う、たれ眼の目を悲しそうに歪ませてきた。年上に悲しそうな仕草で見つめられるのは、罪悪感が半端ない。


「とにかく、凛を呼んでくるわね~。」

 ジュースだけ置いていって紗栄子さんは二階の凛の部屋に行ってしまった。


 しばらくすると、凛の叫び声が聞こえたり、バタバタ動く音が聞こえてくる。

 そのまま待っていると紗栄子さんを伴って凛が降りてきた。


「来るなら言ってよ。」

 頬を赤らめながら短パンにTシャツという家着の格好で凛がしゃべりかけてくる。

 Tシャツを引っ張て足を隠そうとしている。それがたまらなく可愛い。

 でも、俺だって怒っているんだ。


「ラインに出なかったのはそっちだろ?」


 怒鳴ってしまう。


「こっちにだって予定があんの!」


 だが、俺以上のもの凄い剣幕で叫ばれてしまえば黙るしかなかった。


「じゃあ、一五分後、私の部屋にきて。」

 それでも凛は俺を部屋に入れてくれるらしい。

「別に凛のがさつさは、今に始まったことじゃないし汚くても気にしないぞ。」

 

こっちもラインで連絡したとはいえ、いきなり来た俺のために片付けてもらうのは申し訳ないと思って言ったつもりだった。

「うっさい!」


 しかし、凛はそう短く言って、足音を大きくしながら自分の部屋に舞い戻ってしまった。


「あらあら。困ったわね~。」


 頬に手を当てながらちっとも困っていなさそうな顔で紗栄子さんが笑っている。


「すみません、多分、俺が何か嫌われるようなことをしてしまって。」


 言葉に出すと不安が洪水のように増す。凛の言い方にもとげを感じた気がする。もしかして、そもそも、小三のときのあの水の事故で凛を助けようと思ってしたことが間違いだったんじゃないかと思えてくる。俺の医者になりたいと思った出来事だったはずなのに。


 小三の頃から心のうちでは嫌われていたけど、優しい凛は俺にそんな態度を見せていなかっただけではないか?そんな気もしてくる。


「大丈夫よ。心配しないで。そうだ。ネットで『女の子 避ける理由』とか調べてみればいいんじゃない?」


 そんな不安に駆られていると、凛のお母さんが肩を抱き寄せてくる。そう言ってくれる紗栄子さんの顔を見るといやらしくニヤニヤ笑みを浮かべていた。

からかうような笑みだった。


「そんなんじゃないですからね!」

「私は何も言っていないわよ~。」


 絶対俺の意図を気付いているのに揚げ足をとるようなことを言ってくる。

 ちなみに、ネットで既に今、紗栄子さんが言っていた単語は調べている。


 紗栄子さんがほのめかしたのは恐らく好きざけのことだろう。女の子は男の人を好きだと意識すると、恥ずかしくなってその人を避けてしまうらしい。


 でも、俺が出した結論は嫌いざけというものだ。だって、デリカシー皆無って言われたし、嫌いって言われたし、ラインは未読スルーだし。


 凛の嫌がることをして嫌いざけされているというのが残念ながら理にかなっていると思う。


「はぁ、仕方ないわね。」


 理屈にあった不安に駆られていると、何事か呟いて紗栄子さんも二階へと上がっていった。


「はー?意味わかんない!」

 凛の大きな叫び声が聞こえてきた。

 

 うわ~、凛さんきれてらっしゃる。


 凛は幼馴染で付き合いの長い俺から見ても、ちょっとだけ暴力的なところはあるけれど(最近は直ってきたけどよく人を叩く)、優しい女の子だ。それに大事な所では我慢強い女の子でもある。よくドラマで見るような男子の理想を体現しているような奴だ。心も容姿も綺麗な女の子だ。


 彼女のおかげで世の中には美人でも鼻にかけない良い人がいると信じられている。

 ひねくれもの俺にしては珍しいことだ。


 凛について印象深かったのは中学の最後のテニス部の大会。凛はその大会が終わった後、明るく冗談も交えながら部活の仲間と笑っていた。なのに、家の中で大号泣していたことを偶々知ってしまったことがある。


 その日は俺も大会を見に行っていた。けれど凛のチームは惜しくも準々決勝で敗退してしまった。そうして、凛たちも大会が終わった。凛は大会が終わった後も仲間たちと楽しそうに笑っていた。でも、遠目からみるその時の笑い方がほんの少しだけ歪だった気がした。だから、気のせいだと思いつつも、心配になって親からの使いという体で凛に会いに家に行った。


 その時。外からも聞こえるくらいの声で泣いていたのを聞いてしまった。

「ああ、この世にはこんなに綺麗な子がいるんだな。この子には迷惑を掛けたくない」

って強く思った。


 凛はそんな素敵な女の子なのだ。理不尽には基本的には怒らないし、怒った理由の心当たりもある。

 きっとあの夏の凛にとっては黒歴史の存在を言ってしまったから怒っているのだろう。


 だから、凛には謝らないといけない。いつものようにからかって誤魔化してはいけないのだ。


 考え事をしているとドタバタとした音と共に凛と紗栄子さんがやってきた。

 紗栄子さんは未だに笑った顔をしている。凛は怒ったように顔が真っ赤だ。

 その凛を見つめる。


 どちらが何を言うのか間合いを図るために暫く見つめあった。

 

 

「いつ言ったのよ。」


 ポツリと凛が呟いてくる。

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