アリカ・カーライト

「やっほー、相変わらず辛気臭い顔してるねー」

「誰だお前……ってアリカ!?」


 手紙を書いてから数日後、俺が村の周辺をうろうろしていると突然背後から田舎の寒村には不釣り合いな明るい声で話しかけられた。振り向くとそこに立っていたのは手紙を出したアリカ本人であった。

 彼女は楽しそうに笑いながらひらひらと手を振ってみせる。


 彼女は長い紅髪の上に黒いとんがり帽をかぶっており、右手にはたった今飛ぶのに使ったと思われるほうきを握りしめている。確か俺より二、三歳年上でしばらく見ないうちに顔立ちは大人びて胸も大きくなり、大人の色気を漂わせていた。


「何その顔―。数年ぶりに再会出来たんだからもっと嬉しそうにしてくれてもいいのに」

「喜んで欲しいなら驚かせるような登場の仕方はやめてくれ。大体、こんなところにいてもいいのか?」

「それがねー、伯爵が私に『しばらく休暇をやるから故郷にでも帰ってろ』って。何か気になったからこっちに来ちゃった」


 彼女はあっけらかんと言い放つが、その言葉は明らかにおかしい。


「ギルドの依頼をはぐらかして、このタイミングでアリカに休暇を与えるっていうのは明らかにおかしいよな。まるでどうしてもギルドの要請には答えたくないけど、アリカが暇そうにしていると嘘になるから辻褄合わせに休暇に派遣しているかのような……」

「普通に考えたらそう思うよねー。正直私も何かおかしいなと思ったけど、それを追及したら良くないことになりそうだから大人しく休暇をもらうことにしちゃった」


 確かに休暇をもらって俺のところに来るのは問題ないが、下手に追及すれば『この部屋から一歩も出るな』というような命令をされかねない。

 何も考えていないようでちゃっかりしたところのあるアリカは何となくその辺を察したのだろう。


「それでグリンドは冒険者やめちゃったって聞いて残念だと思ってたけど実際見てみると冒険者とやってること同じだねー」

「失礼な。これでも俺はこの村のギルドマスターなんだぞ」

「じゃあ今晩はギルドマスター様の御馳走になっちゃおうかな」

「お前なあ……」


 そうは言ったものの、彼女がわざわざ俺のところにまで来てくれたのは助かった。正直このまま進展がなければどうしようかと思っていた。大したものはないが、もてなすぐらいはやぶさかでない。

 俺はアリカとともに俺たちが滞在している仮のギルドの建物へ向かう。


「誰よその美人は」「いつの間にそんな方と知り合ったのですか!?」


 俺がアリカを連れて戻っていくと、メリアとセレンは揃ってアリカに対してきの声を上げる。それを見てアリカの方も驚きをみせる。


「いつの間にこんな可愛い娘たちを侍らせてたんだ」

「人聞きが悪い言い方をするな。この二人が手紙に書いた今の俺の仲間だ」

「そうよ。私が剣聖カルデントの娘、メリア」


 基本的に普段メリアは自分の生まれを誇示するようなことはしないのに、今はなぜかアリカに対しそうなのった。


「私はセレンです。巷では聖女と言われています」


 セレンの方もアリカに対する対抗心をむき出しにするように名乗る。


「私はアリカ・カーライト。よろしくね」




 一方のアリカはそんな二人の対抗心を歯牙にもかけていないようだった。そんなアリカの名乗りを聞いて二人も驚く。

 よく分からないが女同士で見えない戦いが始まっているようなので俺は早々に話題を変えることにする。


「こほん、それよりもちょうど夕飯時だし食事にしよう。大したものはないけどな。二人も手伝ってくれ」


 こうして俺たちは同じテーブルを囲んで夕食をとることにした。食事中、俺はアリカの紹介や何でここに来たのかを二人に話す。


「……と言う訳でどうもきな臭いことが起こっているようだ」

「まさかそんなことが」


 話を二人は先ほどまでのアリカへの対抗心も忘れて深刻な表情に変わる。


「どうしたものだろうか」


 が、そんな俺たちの苦心などないかのようにアリカはあっけらかんと言い放つ。


「とりあえず私が来た以上その洞窟の鉱毒は焼き尽くしてあげるよ。細かいことはその後で私が伯爵に訊けば分かるだろうし」

「なるほど? 確かにアリカがそれでいいのであれば」


 まさかアリカがそこまでしてくれるとは思っていなかったので少し戸惑うが、確かにそうしてくれるのであれば俺にとっては何も問題ない。


「でもいいのか? それで伯爵と気まずくなったりしたら困るだろ?」

「まあそれは終わってから考えればいいんじゃない? 慣れない宮仕えが長すぎて全然魔法をぶっ放してないから久しぶりに派手に行きたいなー」


 昔からアリカは頭悪そうな言動をしているが、本当に何も考えていないのかこれでしっかりした打算があるのかよく分からないところがある。


「分かった、それならありがたく頼ませてもらおう」

「じゃあ貸し一つね」

「いや、ギルドを通じてきちんと報酬は支払わせてもらう」

「……グリンドのそういうところは昔から変わらないなー」


 そう言ってアリカはけらけらと笑う。

 その後は真面目な話題は終わり、アリカと二人が最近の俺と昔の俺についてそれぞれ根ほり葉ほり尋ねるという雑談タイムに入っていったのだった。

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