焼却

 翌日、俺はアリカ、メリア、セレンとともに例の洞窟に向かった。最初は警戒しあっていた女性陣だったが、昨晩のうちにすっかり打ち解けたらしく今は和やかにしゃべっている。元々アリカは陽気で誰とでも話しやすいタイプだからな。


「ふーん、ここが毒の洞窟ね。フライング・フレイム」


 洞窟の前まで来たアリカはそうつぶやくと呪文を唱える。すると彼女の周囲に空中に漂う五つの小さな炎が出現する。さすが本職の魔術師だ。

 俺たちはアリカの炎に照らされながら奥へ奥へと進んでいく。アリカの炎は魔法の炎であるせいか、毒に近づいても弱まることはなかった。


 ほどなくして例の紫色に染まった土が広がるところへたどり着いた。前に来たときは手前の地面しか分からなかったが、今回は灯りの炎が強いおかげで奥の方まで見える。

 手前の地面はところどころ土が変色しているだけだったが、奥の方は完全に紫色の地面が広がっている。いや、地面と言うよりはむしろ沼のようだ。


「これはすごい量だねー」


 その光景を見てさすがのアリカも驚いたようだった。


「よくここでまた鉱石の採掘をしようと思ったね?」

「だが、この洞窟で採掘が出来ないと恐らくこの村にギルドの支部が出来る話はなしになる。そうなると村人たちが可哀想だ」

「へー、自分がギルドマスターに出世するとかよりも村人の心配なんて、変わらないね」

「そういうアリカも、特に報酬が出る訳でもないのにこんな田舎まで来てくれるなんて変わってないだろ」


 性格はあまり似ていないが、こういうところを見てみると案外似た者同士だったのかもしれない。


「あはっ、それはそうかもね。でも別に金が欲しくて魔術師やってる訳じゃないし。多分一発じゃ片がつかないと思うし、本気出すから下がっていて」

「分かった」


 俺はメリアとセレンとともに素直に数メートル後ろに下がる。


「ヘル・ファイア!」


 アリカが呪文を唱えると同時に、紫色の毒沼の上で耳をつんざくような大爆発が起こり、思わず俺は耳を抑える。さらに爆風が危うく俺の身体を吹き飛ばすような勢いで吹いてくる。


「掴まれ!」


 思わず俺はメリアとセレンの手を掴む。二人の身体はどちらかというと華奢なこともあり、爆風で吹き飛ばされそうになる。

 が、爆風が収まっても毒沼は波が立っているだけだ。周辺に水蒸気のようなものが漂っているので多少は減っているのだろうが。


「ヘル・ファイア!」


 間髪入れずにアリカは魔法を連打する。再び大爆発が起こり、轟音と爆風、さらに閃光が俺たちを襲う。

 さらにあまりの威力に静かに洞窟の天井にひびが入るのが見える。ここまでの威力の魔法を使えばこれもある意味当然か。


「セレン、防御魔法を頼む」

「はい、セイクリッド・バリア」


 セレンの防御魔法が俺たちの上だけでなく、アリカの上にも出現する。いつの間にこんな芸当も出来るようになったらしい。相変わらず魔法の腕は伸びている。


「ヘル・ファイア!」


 俺たちがそうしている間にもアリカは魔法を使い続ける。度重なる高威力の魔法に毒沼の水面は波打ち、周囲には水蒸気が立ち込め、洞窟はぼろぼろと崩れていく。

 そして五度目のヘル・ファイアを撃ち終わった後のことである。ようやく毒沼は干上がり、その下にある炎で少し焦げた地面が見えてくる。また、毒で死んだと思われる動物の骨なども転がっている。


「ありがとう、アリカ」

「ふう、さすがに疲れたな。まさか魔法をこんなことに使うことになるとは思わなかったけど、なかなか楽しかった」


 アリカは満足げにつぶやく。相変わらず出鱈目な魔力の持ち主だ。大量の毒を高威力の炎魔法で焼却するという力業はひとえにアリカの出鱈目な魔力量によって成功したと言える。


「相変わらずすごいな」


 俺はただただ賛辞を送った。が、アリカの方はあっけらかんとしている。


「でもここも何もないところだし、もう帰るわ」

「早いな。昨日来たばっかじゃないか」


 あまりの早さに俺は驚いてしまう。


「だって長居してもねぇ? それより伯爵に今回の件がどうなっているのか確認したいし」

「それは助かるが……自分に害のない範囲でやってくれよ?」

「もちろん。でもグリンドが元気してるって分かって良かった。お二人とも仲良くしているようだし」


 アリカは俺たちを見て満足そうに微笑む。


「お前は俺の親か」

「え、ちょっと、さすがに親はやめて欲しいんだけど? じゃあまったねー」


 そう言って彼女は箒に跨ると、来た時と同じようなフットワークの軽さで帰っていく。

 それを見て俺たち、特にアリカと会ったばかりのメリアとセレンは呆れた目で見送るのだった。

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