37. 少女は派手に演出する


 時は数分前に遡る。


 ゴンドルが逃げた。

 多分、別荘に繋がる隠し通路へと向かっているのだろう。


 別に、あっちに逃げ込まれても、私は困らない。奴は別荘の罠を使って私を嵌めようとしているのだろうけど、前に侵入した時に罠は全て解除してある。でも、遠くまで追いかけるのは面倒だから、ここに閉じ込めてしまおう。



「もしもーし、プリシラ?」


 通信用の腕輪に魔力を流し、別行動をしているプリシラに連絡を取る。

 しばらく待っていると、遠くにある同機と回線が繋がった。


『も、もしもし、ご主人様……ですか?』


 腕輪が淡く光だして、緊張した声色が聞こえてきた。


『……本当に繋がるんですね』


「嘘はつかないってば……ところで、そっちはどう?」


『はい、問題なく、全て排除しました。周囲には人間の反応はありません』


 一応、聞いておいたけど、元々心配なんてしていなかった。でなければ、プリシラを一人で行かせる訳ないし、彼女でも厳しい相手がいるなら、私がすぐに気づく。


「そう……早いね」


『ご主人様を待たせる訳にはいきませんから。そちらも……大丈夫そうですね』


「うん、楽勝だったよ。これからメインディッシュを頂くところ。それで少し協力してもらいたいんだけど、今すぐゴンドルの屋敷周辺の空間を隔離してほしいんだ」


『ご主人様のためなら──湾曲』


 ブンッという鈍い音。

 若干、辺りを包む空気が変わった。常に周辺に気を配っていたら、なんとなくわかる微小の変化。まず、普通の人なら気付きもしない。


 ゴンドルは間違いなく気付いていないだろう。気配察知で反応を見るに、私から逃れるため、隠し通路まで一生懸命走っているところだ。


「ありがとうプリシラ」


 とにかく、これで奴を閉じ込めることができた。

 プリシラの魔法は擬似的な結界みたいなこともできるから、便利だと思う。いや、ただ防御するだけじゃなくて、空間そのものを捻じ曲げるから、結界よりも質が悪い。


『いえ、これで、ご主人様の悲願が達成できるのであれば、私は……』


「無理をしなくていいよ。息も絶え絶えじゃないか。余計に魔力を使わせて悪かったね……後はゆっくり休んでて」


『……は、ぃ……見届けられないのは残念ですが、休ませていただきます。では、ご主人様。行ってらっしゃいませ』


「うん、行ってくるよ。ありがとう」



 通信を切る。



「さて、と……」


 開放されている窓に近づき、手を伸ばすと、激しい衝撃で弾かれる。

 ちゃんと魔法は機能しているみたいだ。


「奴は……ちょうど着いたっぽいね」


 私もそちらに向かうため、部屋を出て廊下を駆ける。

 ──そうだ。どうせなら派手な登場でもしてあげよう。そっちの方が悪役って感じがして、面白い反応が見れそうだ。


 『リミットブレイク』を発動。


 床を斬り刻み、二階から一階へショートカットする。そのまま壁を斬り進み、ゴンドルがいる廊下のすぐ近くの部屋に到達した。最後は斬るのではなく、殴って破壊する。そっちの方が衝撃は大きくて、強者感が出そうだ。


 破壊と同時に『リミットブレイク』を解除。


 廊下に出ると、ゴンドルと目が合った。

 奴は諦めるのではなく、むしろ私を殺せる自信があって、強く睨み返してきた。


 そして、脳内お花畑の馬鹿は、宣言した。


「お前は馬鹿だ。もう泣き喚いても遅い。私に歯向かった罰を貴様の命で償え!」





 そして、今に至る。





 私は笑うのを必死に我慢していた。

 まさか、こいつがここまで馬鹿だったとは予想していなかった。よくもまぁ伯爵になれたな、と変に感心してしまうほどの清々しい──馬鹿だった。


 奴の考えは全て外れている。


 私にはもう何も力が残っていない。結界を使ったから、魔力が残っていない。

 それをイコールで考えて、私は限界なのだと勘違いしたのだろうけれど、そもそも私は結界を使っていないので、根本から間違っている。


「まぁ、いい……」


 勝手に勘違いしているなら、それを利用するだけだ。

 奴は『シャドウ』を呼び出した。今も複数の反応が、後ろや前、上、左右、ありとあらゆる方向から、高速で迫ってきている。


 見事に全員集合だ。その中でも後ろから迫って来ているのが、特出して強力な反応を示している。これがシャドウのリーダー、ガッシュさんで間違いない。


 最後まで接近に気付いてない風を装う。ギリギリになって、瞬時に後ろを振り向く。そこには案の定、己の得物を振り下ろすガッシュさんの姿があった。瞬時にナイフをクロスさせ、受け止める。


「くっ……」


 想像していたよりも重い衝撃を、体から地面に流す。私が立っていた場所は小さなクレータのようになり、その間に次の攻撃が上から降ってくる。バックステップをしたところに、また別の攻撃が。それを躱すと、また別の方向から。



「いい加減──ウザいっ!」



 これは合図だ。

 私達は無関係であるとゴンドルに思わせるため、本気で少しだけ戦った。流石に長時間相手にするのは無理があるので、キリの良いところで戦闘終了の言葉を叫んだ。


「──退避」


 ガッシュさんは小さく呟き、ゴンドルの背後に大きく後退した。


「お久しぶりです──ガッシュさん」


 私は親しみを込めた声でそう言い、微笑んだ。



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