健康診断と体力測定

 四月、入学してから一週間。


「ふぅ、広い部屋にようやく馴れてきたよ」


「ふふふ、それは何より、健康が一番だからね?」


「健康と言えば、今日診断だよね?」


「そうだよ、今日は健康診断の日だよ」


「でも、一日丸々健康診断だよね?」


 普通は半日も掛からないんじゃないだろうか?


「うちの学園は規模が違うからねぇ、移動にも時間が掛かるし」


「移動?学校でやるんじゃないの?」


「違うよ、国立の大学病院まで行って検査を受けるんだよ」


 また、スケールのでかい話が。


「そ、そうなんだ、それは時間掛かるね」


「まぁね、因みに明日は国立の体育大学の体育館を借りて体力測定だからね?」


「……もう驚かないよ」


 徐々に慣れ始めた自分が怖い。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

朝食を終え外に出ると。


「翼くんひょっとして移動ってこれ?」


「うん、そうだよ」


 寮を出ると待って居たのはリムジンバス。


「観光じゃないよね?」


「そうだよー、検査だよー」


 笑いながらバスに乗る翼くんに続く。


「え!?個室!?」


 バスの中には仕切りで仕切られた座席が有った。


「そうだよ、一定ランク以上の男子は個室を割り当てられてるよ、一人用だけどね」


「あ、だから朝からサキちゃん達は居ないのか」


「………優くん、さすがに高校生の男女が一緒に、健康診断は受けないよ」


 た、確かにそうだ、中学でも別だった。ここら辺は一般と同じなんだ。


「そ、そうだね、うん」


 翼くんに苦笑いを返しながらバスの個室に入る。


「シートも豪華だね」


「うん、個室バスの一番グレードが高い物だからね」


 座席はふかふか、リクライニングで、テレビを見るための小さなモニターもある。


「じゃあ優くん、ごゆっくり」


「う、うん……」


 落ち着かないからゆっくりは出来そうにないけど。


 しばらくするとバスは走り出した。


「失礼します」


「は、はい!?」


 添乗員さん?に声を掛けられ、閉めてあった個室の扉を開ける。


「こちらウェルカムドリンクとおしぼりです」


「あ、ありがとうございます………」


 ドリンクとおしぼりを受け取りゆっくり扉を閉める。


 ………ウェルカムドリンク!?おしぼりはぎりぎり分かるけど、ドリンクってある物なの?昔おばあちゃん家に行った高速バスでは無かったよ!叫ぶのを必死に堪えながら心の中でつっこんだ。


 バスの中でなんだかんだ寛ぐこと二十分ほど、大学病院に着いた。


「………翼くん、僕今健康じゃ無いかもしれないよ」


「ん?どうしたんだい?悩みごとなら問診の時に言うといいよ」


「ソウダネ」


 身体的な事ではなく精神的な事なのだが、それとその一端を担って居るのは他でもない翼くんなのだが……。


「さぁ優くん、僕達は身長からだよ」


「はい……」


 翼くんと一緒に診断を回る。


「身長、体重、腹囲、良かった普通の内容だ」


「当然だよただの健康診断だからね」


「そ、そうだよね、ははは……」


「あ、ここからは優くんはあっちね」


 安心したのもつかの間、僕だけ別ルートを指定された。


「………何で?」


「優くんはこの後、尿検査と血液検査と唾液採取と細胞採取があるから」


 先の二つは検査だけど後ろ二つは検査ですらない!


「もう隠さないんだね」


「うん、今更だからね、それに優くんなら快く協力してくれるでしょ?」


「それは、まぁ………」


 減って困るような物でもないし。


「じゃあまた後でね優くん」


 翼くんと別れ、言われた方へ進むと。


「お待ちしておりました、小守様ですね?」


「あ、はい……」


 女性の看護師さんが待って居り診察室に案内される。


「まずは血液を取らせて頂きますね」


「うっ、は、はい……」


 正直に言うと注射は嫌いだ、いや、好きな人は居るのか疑問すらある。


「ふふふ、緊張してますか?」


「す、少しだけ……」


 本当はかなりだけど見栄をはる。


「大丈夫ですよ、すぐに終わりますからね」


 優しく語りかけてくれるのだが、やはり怖いものは怖い。


「うぅ……」


「はーい力抜いてくださいねぇ」


 なるべく見ないようにしながら針が刺さる感覚に怯えた。


「はい、終わりましたよ、頑張りましたね」


「い、いえ……」


 あやし方が小さな子供にするみたいで恥ずかしくなる。


「少し休んで血が止まりましたら、次は尿検査になります」


「はい」


 カップとスポイト?の様なものを渡され、しばらく後トイレに向かう。


「きゃ!」


「うわ!」


 トイレに向かう途中、誰かにぶつかった。


「ご、ごめんなさい!」


 慌てて謝ると。


「優くん、前にも言ったけど、前を見て歩きなさい」


 ぶつかったのはサキちゃんだった。


「あ、サキちゃん、ごめん拾うよ」


「あ、ちょっ」


 ぶつかった時に落としたサキちゃんの書類を拾おうとしたら、慌ててサキちゃんが先に拾った。


「………見た?」


「え?」


 あ、そうか、検査表だから。


「だ、大丈夫、体重とか見てないよ!」


「っっ!もう、優くんデリカシーがないんだから!」


 そのままサキちゃんは行ってしまった、対応間違ったかな。


 その後は尿検査と唾液採取を終えた。


「あの、細胞採取って?」


「はい、口内細胞と毛髪細胞、あと爪を少し切らせて貰いますね」


「い、いっぱい取るんですね」


 何に使われるのだろう?恐ろしくて聞けないが、別に害はないので大人しく取られた。


「ふぅ……」


 ようやく全ての検査と採取を終え、バスで帰路に着いた。



「お疲れ様優くん」


 バスを降りると翼くんが待っていた。


「うん、疲れたよ、色々取られたからね」


「ふふふ、それも世の役に立つんだよ」


「なら良いけど」


 まだ、今一実感がわかない。


「明日は体力測定だから、今日はゆっくり休むと良いよ」


「うぅ、そうだった、そっちも苦手なんだけどなぁ………」


 2日連続で苦手な事、ついてないなぁ。まぁ、得意な事なんて無いんだけどね。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 翌日、体力測定の日。


「今日はサキちゃん達も一緒なんだね」


「そうね、今日は体重を見られる心配ないしね」


 うっ、まだ、怒ってる、実は昨日の夜も怒っていたのだ、話してくれない訳じゃないがトゲがある感じだ。


「ご、ごめんってサキちゃん」


「体重?」


「あぁ、何でもないよ翼くん、ほら僕達も行こう」


 翼くんの背中を押して順番待ちに並ぶ。


「さすがに一学年全員だと時間掛かりそうだね」


「うん、すごい人だね、ほとんど女子だけど」


「まぁ男子は二十人しか居ないからね」


 そんな話を翼くんとしていると。


「お?星川じゃないか!」


「やぁ、国武くん」


 一人の男子生徒が声を掛けてきた。


「そっちは噂のSランクだな?」


「あ、は、始めまして小守 優です」


「おう、俺は国武くにたけ 隼人はやとよろしくな」


 短髪の色黒、如何にもスポーツマンぽい見た目の男子。


「国武くんは陸上部のインターハイ常連者だよ」


「ははは、まぁ、今年も出場予定だけどな」


「へぇ、部活やってるんだ」


「この学校じゃあ珍しいけどな」


「珍しいの?」


「ああ、この学校ほとんど女子だし、陸上だったら一人でも出来るしな、俺陸上しか取り柄ないし」


「す、すごいね……」


「まぁな、良かったら応援来てくれよ、女子は喜ぶだろうし」


「う、うん、機会が有ったら行くよ」


「おう、約束な!」


 話し込んでいると、一人の女子がやって来た。


「国武!そろそろ次行くよ!」


「あ、夏梅お前も挨拶しろよ!」


「うぇ!?わ、わたしはいいよ!」


 国武くんに手を引かれ女子生徒はしぶしぶ僕達の前に来た。


「こいつ俺の側近の平子ひらこ 夏梅なつめ


「ど、どうも……」


「あ、はい……」


 国武くんに紹介された平子さんは恥ずかしそうに会釈する、吊られて僕も会釈する。


 平子さんはショートカットの、国武くんと同じ色黒、いや、あれは日焼けなのかな?二人共同じ部活なのかな?


「おいどうしたよ、いつもみたいにでかい声で挨拶しろよ」


「ちょっと、辞めてよ恥ずかしいでしょ!」


 顔を赤くして国武くんに言う平子さん。


「いつもは名前通り平たい胸を張って話すだろ?」


 その時平子さんが持っていたバインダーが振り上げられた。


「平子は名字だ!」


 ガツン、という音と共に国武くんの頭にバインダーが直撃する。


「いって、おい夏梅、あ、悪い小守もう行くわ」


「う、うん、早く追いかけた方がいいよ」


「ああ、じゃあな、おい待てって夏梅!」


 慌てて平子さんを追いかける国武くん。


「だ、大丈夫かな?」


「ふふふ、何だかんだ言って仲良いから大丈夫だよ、二人は将来を近いあった仲だしね」


「え?そうなんだ……」


 つまりは恋人どうしか。


「うん、中学から上がって来た子達には多いよ」


「へぇ……」


 僕もいつかできるのかな……。


「優くんにはサキちゃんが居るじゃないか」


「へぇ!?声に出てた!?」


「ううん、何となく表情でね」


 翼くんは読心術か何か持っているのかな?


「い、いやぁ、えっと……」


「ほ、ほら優くん前に進も、もうすぐ順番だよ!」


「う、うん、そうだね!」


 慌ててサキちゃんと二人で話を反らす、後ろで翼くんと側近さん二人がニヤニヤしていたが、何とか話しは変えられた。


「そ、そう言えばここって何の順番?」


「あ、握力検査みたいだよ優くん」


「え、自信ない」


「あはは、優くん弱そうだよね」


「否定できない……」


 サキちゃんともちゃんと話せてるし結果的には良かったのかな?


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

体力測定が終わって放課後。


「やっぱりダメだった」


「うーん、優くん軒並み平均以下だったね」


「もう少し運動した方が良いんじゃない?」


 翼くんとサキちゃんの言う通り、僕の結果は散々な物だった。


「運動かぁ、何すれば良いんだろう?」


「ランニングとかかな?」


「優くん部活に入るのは?」


 部活かぁ、国武くんは楽しそうだったし、良いかも。


「小南さん、それは無理だよ」


「あ、そっかごめん」

 

 翼くんとサキちゃんは深刻そうに言う。


「え?僕の運動神経ってそんなにダメ?」


「ううん、そうじゃないよ、優くんが一つの部活に入ると、暴動が起きちゃうから」


「なんで!?」


「部活って割りと出会いの場になるからね、優くんが何かの部活に入ると、そこに入部希望者が殺到しちゃうから」


「な、なるほど……」


 それで僕は部活に入れないのか。


「やっぱりランニングかな、それなら私も付き合うよ」


「うーん、考えとく」


 思い出したら僕走るの好きじゃなかった。


「その答えはやらないね」


「うっ……」


 サキちゃんに言われて目を反らす。


「あはは、まぁ無理にとは言わないよ、優くんに何か有っても大変だしね」


「そ、そうだよね!」


 その後は翼くん達と寮に帰り夕食を食べ、お風呂に入り、ベッドに潜り一日を終える、何もない幸せな日常、でも、ふと思い出す。


「『何か有っても大変』そう言えば、昨日今日って荒谷を見てない、何処に居たんだろう?」


 何か悪いものと言うと、どうしても荒谷を思い出してしまう、この学園なら大丈夫、そう思っていても頭の片隅には中学の頃のいじめが有る。


「何事も無ければ良いけど……」


 どうしても夜に寝る時は不安になる今日が楽しいほど、明日はどうなるか。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

優達が健康診断を受けている頃、荒谷は。


「くそ、面白くねぇ……」


 一人ゲームセンターでぼやいていた。


「何が健康診断は実費で来いだよ!」


 優達と違い荒谷は、学園から大学病院に直接自力で来るように言われていた。


「どいつもこいつも小守、小守って……」


 優を羨望の眼差しで見る目と、自分を軽蔑する目とを比べ腹を立てる。


「おいおい、坊っちゃん学校の生徒がこんな所で何してんだよ」


 イライラするなか、絡んできた奴等が居た。


「あ?」


「ん?ぷはっ!よく見たら荒谷じゃないかよ、何してんだ」


 絡んできたのは同じ中学の仲間だった。


「ちっ、お前らかよ」


「なんだ?イラついてんな、学校でいじめられたか?」


 一緒に優をいじめていた彼らに会い、少し昔に戻った気になった。


「ああ、実はよぉ」


 だからか、口が軽くなった。


「……マジかよ、あの小守がねぇ」


「な?ムカつくだろ?」


「ああ、小守の癖になぁ、なんかねぇのかよ?」


「なんかっつってもなぁ」


 何気なく上着のポケットに手を入れると。


「お?なんだこれ?」


 それは学園の日程表、行事の日にちが書いてあった。


「面白そうな物もってんじゃん」


「……ああ、そうだ、良いこと思い付いたぜ」


「なんだよ、教えろよ」


「まぁ待てよ、暇な奴みんな集めて、久しぶりに遊ぼうぜ・・・・


 荒谷の不適な笑みと共に、歯車は軋み始めた。

 

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特別遺伝子で人生逆転。 カザミドリ @kazamidori48

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