第45話 パンづくり

 ベーカリー香崎の厨房でパンづくりすることになった。


「さーつくるぞー。ってなるか! ボケ!」

「うっさいっスね! 自分で言ったんじゃないっスか。道具や材料があれば、余裕だ。って!」


  香崎が先ほどの僕の言葉を真似るように言った。全然似てないけど……。そもそも余裕とまでは言っていない。


 それに対して僕は文句垂れる。


「決め顔で言うな! それは僕のキャラじゃない!」

「そうっスね! 立石先輩は――僕……もうお婿むこにいけない――って言ってる方がお似合いっス!」

「それはそれで僕じゃないし。それにいったい僕になにがあったのさ」

「それはもちろん。童貞を奪われたに決まってるっス」

「奪われてたまるか!」

「それ。いいわね」


 僕は時が止まるのを感じた。


 僕と香崎で言い合いをしていると、蒼華ちゃんが『僕が童貞を奪われる』に肯定してきたのだ。


 僕があわあわとしていると、香崎はふっと笑みを浮かべつつ提案してきた。


「ヤるんだったら、駅の近くにあるホテルへどうぞ」

「しないから! 蒼華ちゃんもなんで香崎の言うことを肯定しちゃうの」

「え? ソウカがいいと言ったのはパンづくりのことだけど?」

「そっち⁉」

「……へ? そっちってなに?」

「そーちゃん、話聞いてなかったじゃん」

「……へ? パン作るんだよね」


 蒼華ちゃんは本当に僕と香崎の言い合いを聞いていなかったようで、首を傾げて不思議そうにしている。


「よし! 作るか!」


 蒼華ちゃんがやる気だと知って、なんか吹っ切れた。


 そうだよ。手作りパンいいじゃないか。


 スーパーやコンビニのチョコを越えられるのはもはや、手作りだけだ。


 そう考えると俄然がぜんやる気がでてきた。


「それで、なにから始めたらいいんだ?」

「そうっスね。まずは……」


 香崎の助言の元、パン作りをする。


 材料を混ぜ合わせねる。ミキサーというねるための機械があるが、それは使わない。自らの手でねると同時に愛情を込める。


「おいしくな~れ。おいしくな~れ」

「立石先輩。唾が飛ぶので無駄口たたかないでください」

「え? あ? ごめん」


 花に話しかけて育てるがごとく、パンに語り掛けて思いを込めていると、香崎に注意されてしまった。……職人、怖い。


 香崎の顔をよくよく見てみると真剣そのもので、本当に僕の知ってる香崎なのか疑うまである。


 僕の知らない香崎を知ることができ、新鮮な気持ちになった。


「立石先輩。もっと腰を入れて! そんなじゃ女の子を気持ちよくすることはできないっスよ」


 あ……いつもの香崎だ。女子の口から下品な発言を聞いて安心してはいけないのに安心してしまう。


「えっと……もっと腰を……」

「蒼華ちゃん。真に受けなくていいよ」

「……へ?」


 僕だけがパンを作るのでは、蒼華ちゃんや飯塚さんが暇になってしまう。そのため、みんなでそれぞれ作ることにした。


 香崎の指導を元にパンづくりを進めるも、香崎は先ほどのようにふざけた発言を混ぜてくる。


 それを鵜吞うのみにして蒼華ちゃんが実践しようとするもんだから、僕がそれを制止する。


 蒼華ちゃん、純粋すぎる……そんなんだといつか悪いだれかに騙されてひどい目に合いそうだ。でもそんな彼女だからこそ守ってくれる人が現れ、騙されずに済む。


 僕はそう信じてる。そんなことを考えつつ、僕は蒼華ちゃんに優しい瞳を向ける。


「立石先輩。中学生を視姦しかんするのはさすがにひくっス」

「してないよ! そんなこと!」

「でも見てたのは事実っスよね」

「そりゃ……まぁ……蒼華ちゃん、かわいいから……」

「ふぇ? ダメです。ソウカには心に決めた人がいるんであんたの気持ちには答えられません。ごめんなさい」


 蒼華ちゃんは数歩後ろに下がり、僕との距離をとる。


 顔を真っ赤にさせてなにやら勘違いしているようだ。


「いや、告白とかそういうんじゃないからね。っていうか蒼華ちゃんはそういうキャラじゃなかったよね。もっと強気じゃなかった?」

「そうかちゃんは攻められると弱いんっスね」


 香崎はいやらしい手つきで蒼華ちゃんに迫ろうとしている。それを見た蒼華ちゃんは胸を揉まれないように腕でガード。赤面した状態で香崎との距離を取る。


 数秒してから、なにを思ったのか、蒼華ちゃんは腰に手を当て胸を張り、堂々とした態度で言った。


「来るなら来なさいよ」

「おっと、自らあおってくるとはそんなにまれたいんっスか?」

「ひっ!」

「待つっスよ」

「イヤー」

「静かにしなさい!」


 香崎が蒼華ちゃんを追い回し始めたところで、若奥さんこと香崎の母親が登場。香崎は叱責しっせきを受けることになった。


 ただ香崎はどこまでもわんぱくで……。


「お母さん。お客さん待ってるよ? 待たせていいの?」


 そんなことを嬉々として言うもんだから、まったく反省の色が見えない。


 まぁ実際、会計待ちのお客さんがいるのは事実であり、お昼の時間が近づいているため、混んできている。


 それをわかっているため、香崎母は店頭へと戻っていった。


 お店が混んでいる中、香崎は僕たちにパンづくりを教えていていいものだろうか。ふと暖簾のれん越しの若奥さんを見ると……正確かつ迅速にレジ打ち品出しを行なっている。


 商品はいったいどこから溢れ出ているのかと出所を目で追ってみると、香崎の父親らしき人がいた。オーブンでパンを焼き陳列する。


 僕が香崎の父親を見ていると、彼と目が合った。


 そして親指を立てたグットポーズ、かつ決め顔で話しかけてくる。


「娘は任した!」

「任せないでください! そこは娘は渡さない。ぐらい言ってくださいよ」

「それはキミの行い次第だ」

「お父さんに嫌われるよう頑張ります」


 香崎父の決め顔に釣られて僕も決め顔で返してしまった。


 それを見ていた香崎が不満を垂れてくる。


「あの……私の父に妙な宣言するのやめて欲しいっス。……あと、父さんもどうしてこんなやつに私を任せようとするの?」


 両親に話すときと、それ以外に話すときで語尾を変わっている。「っス」が付くか、付かないかだ。意識してるのかな?


「来るもの拒まずだ」

「拒んでよ! 娘に悪い虫が付いたらどうするの?」

「そのときは立石くん。よろしく頼むよ」

「悪い虫に直接頼むな!」


 どうやら僕は、香崎にとって悪い虫らしい。直球に言われるとさすがに傷つく。ぴえん。


「あんたが悪い虫かどうかはどうでもいいからパンづくりの続きをしましょう」

「いや、立石っちが悪い虫かどうかは考えなくてもわかるじゃん」

「僕の扱いひどくない⁉」


 まぁ僕がしたことを思えば悪く思われても仕方ない。


 告白の返事を間違え、好きだと嘘を吐き続け、女子を傷つけてしまったという事実がある。


 だからこそ僕は愛澄華あすかの妹や友達に悪く言われても仕方ないと納得してしまう。


 パンづくりは無駄話を挟みつつ進行していき、完成することができた。

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