第44話 再びベーカリー香崎へ

 ――土曜日。


 別に僕だけで買いに行ってもいいのだが、飯塚いいづかさんと蒼華そうかちゃんがそれを許してくれなかった。


 ふたりにアドバイスを貰った手前、断りきることができず、3人で向かう。


 駅前で待ち合わせをして、そこからベーカリー香崎へと向かう。移動時間を考慮して、到着するころにはお店の開店である9時に着くようにしていた。


 僕ひとりなら朝一でお店に直行するのだけれど、今回に限ってはそうもいかない。


 やむなくふたりの同行を認めたのだが、その判断は間違いだったかもしれない。


 なぜなら、待ち合わせ時間になってもふたりは駅前に来ていないからだ。


「遅い。遅すぎる」


 本来ならもう向かっていないと開店時間に間に合わない。だからといって、駅前から離れて先に行くこともできない。


 なぜならふたりとは連絡先を交換しておらず、連絡手段がないのだ。


 急く気持ちを抑え、ただ待つことしかできない。


 そうして待つこと1時間—―


「ごめん。待たせたし」

「別に先に行ってもよかったのに」


 飯塚さん。続いて蒼華ちゃんが到着する。


「ふたりとも遅いよ」

「ごめん。ごめん。迷子のおばあちゃんの道案内してたら、遅くなっちゃった」

「ソウカも」


 飯塚さんが両の掌を合わせて謝罪してくる。


 蒼華ちゃんはツンとそっぽを向いて、片手を腰にあてて、偉そうに謝罪してくる。


「ならしょうがないね」


 ふたりの言い分を聞いて納得するも、聞きたくはなかった余計な一言で納得できないものになる。


「まぁ、夢での話だけどね」

「ソウカも」

「僕の納得を返して!」

「そんなことより、行くわよ」

「おー!」


 人を待たせておいてこの扱い。


 別にいいんだけど……元はといえば僕がふたりを巻き込んでいるわけだし。


 結局ふたりは今日という日を意識しすぎたために寝坊してしまったわけで……要はそれは、愛澄華のことを思ってくれているという表れなのだ。


 かくいう僕も予定していた時刻よりも起床したのは30分程おそかった。


 だからというわけではないが、僕は彼女たちを責めることができない。


 待ち時間だって読書してればいいわけだし。そんな苦にならない。


 それに申し訳ないと思っているのかベーカリー香崎へと向かう途中、彼女たちは申し訳なさそうに僕の顔をちらちらと窺っている。


 彼女たちが僕にかけた言葉こそあれだが、そんな顔をされたら怒るに怒れないじゃないか。


 しばらく歩いて、目的地であるベーカリー香崎に到着した。


 店内に入ろうと出入口の前に立ったところで、中から店員らしき人が出てきた。その人はこの前の若奥さんとは違い、小柄で元気に走り回る。そうわんぱくって言葉がぴったりな――


「—―って香崎じゃないか!」

立石たていし先輩⁉ どうしてここに?」


 わんぱく娘こと香崎こうさき夏波かなは肩をビクンとさせて驚きを顕わにする。


 香崎は僕の後ろにいる飯塚さんと蒼華ちゃんを見て、なにか得心したという風に「ははーん」と言ったあと、とんでもない発言する。


「童貞卒業したことをわざわざ報告しにきたんスか?」

「は?」

「隠さなくてもいいんスよ。後ろのふたりが童貞卒業の手助けをしてくれたんスよね」

「バカ! ちがう!」

「恥ずかしがっちゃって、もっと素直になったらどうっスか?」

「なに言って……」

「よっ! モテ男! いったい何人とヤったんだい?」

「だから違うって! 暴走止まれ!」

「あた」


 暴走を止めるべく僕は香崎の頭に軽いげんこつをくらわす。


 そんなに強くはしていないはずなのに大げさに頭を抑えて痛がっている。


「これで立石先輩はまたひとり幼気いたいけな少女を汚したことになるっスね」

「変な言い方しないでよ」

「あの~」


 僕と香崎がふざけあっていると、蒼華ちゃんがゆっくりと手を上げて発言してきた。


「チョコリングありますか?」


 そこでようやく香崎の暴走を止めることができ、本題に入れた。


「立石先輩。もしかしてパン買いに来ただけっスか?」

「いや、逆にどんな用事で来るのさ」

「そうっスか。まぁいいっスけど……チョコリングならないっスよ」

「え? でも土日ならあるって……」

「確かに土日ならあるんスけど……もう売り切れたっスよ」

「え……そんな……」

「そんなに数を作らないっスからね。というわけでまた今度」

「待って!」


 僕は店内へと戻ろうとする香崎の肩を掴んだ。


 まるでクレーマーのように突っかかる。


「ならなんか似たのでいいからないかな?」

「ないっス」

「店内に材料があるんなら作れるんじゃない?」

「無理っス。父さんは決まった数しか作らないっス」

「その言い方だと材料はあるんだよね。なら、レシピさえあれば香崎でも作れるんじゃ……」

「しつこいっスね。そんなに言うなら自分で作ればいいじゃないっスか」

「自分で作るにしても、道具も材料もないんだよ」


 ガシッ!


 香崎は僕の手を取り、店の奥へと引っ張っていく。


 一瞬、女子の手を握れてラッキーなんて考えたけど、相手が香崎であることを考えるとそうでもなかった。


「どこに行くの?」

「厨房っスよ」

「は⁉」


 売り場を通り越して店の厨房にやってきた。香崎は指差しで、レシピと材料と道具の場所を教えてくれた。


「そんなに言うなら自分で作ればいいっス」

「んな⁉」

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