第43話 チョコをちょこっとと言いつつバク食いしてしまう

「……あか姉」


 飯塚いいづかさんを見た蒼華そうかちゃんが目を見開いて驚いた。


 それに対して飯塚さんは軽い感じに答える。


「そーちゃん。やっほー」

「え? 知り合いなの?」


 お互いにあだ名で呼び合い打ち解けている姿を見た僕は反射的にツッコんでしまった。


「ええ。よく家に遊びに来るの」

「へ~。っていうか、飯塚さんはどうしてここに? 部活はどうしたの?」

「どうしたの? じゃないっしょ。立石っち。突然、そーちゃんが教室に来たかと思えば、立石っちを連れて行くし……気になって部活どころじゃないっしょ。ついてくるしかないじゃん」


 立石っちって……いつの間に僕は飯塚さんにそう呼ばれるようになったんだ?


 そんな疑問はさておき、僕は本題に戻すことにした。


「ついてきてたってことは……僕たちの話を聞いてたの?」

「もちのろんだし。あーさんを元気づけようってのに、ウチ抜きじゃ始まんないじゃん」


 いや、始まんないじゃん。とか言われて知らんし……。


「あんたこそ、あか姉と知り合いだったんだ」

「おいおい。一応僕、年上なんだけど……名前すら呼んでくれないの?」

「あんたなんか名前を呼ぶ価値もない」

「……あ……そう……」


 僕は年上だからとしっかりしようとしてたのにこの扱い……お兄さん悲しい。


「それで? そーちゃんのさっきの口ぶりだとなにか考えがあるようだったけど、聞かせて欲しいじゃん?」

「いいでしょう。聞かせて進ぜよう」


 蒼華ちゃんがこの中で一番偉そうだ。


 まぁ実際、愛澄華の妹で付き合いは誰よりも長いわけで、詳しいのは必然だろう。


 だけど、ねぇ。


 本来なら、僕が先陣を切るはずなのに、これでは僕はただついていくだけという気がして、釈然しゃくぜんとしない。


 おそらく他人から見たら、そんなこだわりどうだっていいだろうと思われることを考えつつ、蒼華ちゃんの提案を待つ。


 そして告げられることは意外で、単純で、驚愕的だった。


「チョコあげれば機嫌治るでしょ」

「だね」

「……へ? それだけ? それじゃ早速、スーパーかコンビニで調達しに……」

「「待ちな!」」


 愛澄華と近しい間柄のふたりがチョコあげればいいと言った。


 その直後、早々に僕が行動に移そうとするも、ふたりに制止させられた。


「どうして? チョコあげればいいんでしょ。なら買った方が早くない?」

「ソウカが言ってるのはそんなちゃちなチョコじゃないよ」

「そーちゃん。言ったれ!」

「は? どういうこと?」


 ふたりが何を言いたいのか本気でわからない。


 スーパーやコンビニに売っているチョコをちゃちだなんて失礼だろ。と、言いたいところだが、そんなこと言える空気ではない。


「本当にわからないの?」

「本当にわからない。早く教えてくれ」


 蒼華ちゃんが無駄に焦らす。


「立石っちはすでに食べてるし。知ってるはずなんだけどね」

「そうそう」

「……? 僕が食べたことあるやつ?」


 僕がスーパーやコンビニに売っているチョコ以上においしいチョコを知っていると飯塚さんと蒼華ちゃんは言う。


 だが、皆目見当もつかない。


 僕は首をひねり、絞り出そうとする。


 食べたことあるのなら、思い出せるのでは……と思うも、思い出せなかった。


 痺れを切らしたふたりは声を揃えて言う。


「「ベーカリー香崎こうさきのチョコリング!」」

「食べたね。食べたけど……ふたりはどうして僕がそれを食べたことを知ってるの?」

「お姉ちゃんから聞いた」「あーさんから聞いたし」

「だよね~」


 僕はなんとなくわかっていた。だってそのことをふたりには話してないもん。


 だけど愛澄華には話したことがある。


 僕が家族と食べておいしかったから愛澄華に勧めたんだ。


 でも愛澄華は、僕の誘いを断った。


 だからこそ僕は疑問に思う。


「僕、一緒に食べないか誘ったら断られたんだけど……?」

「それはあーさん、チョコ好き過ぎるからだし」

「……ん? チョコ好きなら断らないと思うんだけど……?」

「好きな人にバクバクモリモリ食べているところを見られたくないじゃん」

「僕はそういうの別に気にしないけど……?」

「うっさいわね! グチグチ言わずに黙ってあんたは従っていればいいのよ!」

「……あ……はい……」


 僕は疑問が拭えず、なんでなんでしていると蒼華ちゃんに怒られてしまった。


「あんたに誘われたあと、食べようとしてたの」


 あ、説明してくれるんだ。


「だけど、テレビで紹介されたばかりで全然手に入らないって言ってたわ」

「そうなんだ」


 僕が誘ったとき、はっきり断って来たというのに意外だった。


 話がまとまったところで今度こそと僕は立ち上がり移動することにした。


「それじゃ行こうか」


 僕は飯塚さんと蒼華ちゃんを先導するように店を出る。


 そして当然のように、僕がドリンクバー代を奢る形となってしまった。




 ベーカリー香崎への道のりを僕は知らない。


 だが、飯塚さんと蒼華ちゃんは知っているようで道案内してくれた。駅を越えた先にある。そこそこ距離があるも、いい感じのバスがないため、歩いて向かった。


 向かう途中、飯塚さんと蒼華ちゃんは仲良くおしゃべりをしている。会話の内容は取るに足らない女子トーク。出先での思い出や他人の噂などの与太話だ。


 たまにちらちらと後ろを振り返り、僕の方を見るも、ちゃんと付いて来ているのか確認しているだけだろう。


 ふたりの会話に加わることなく、そのまま目的地に着いた。


 一見、普通のパン屋。だけど、ここで、僕があの日食べたチョコリングが作られているのか。


 そう考えると口内にチョコリングの味が広がっていく。


 一呼吸置いてから店内に入る。


 店内に入ると、レジに立つ若奥さんらしき人が「いらっしゃいませ」と声をかけてきた。


 店内の匂いは最近どこかで嗅いだことがあるような気がした。


 まぁ、パン屋の匂いなんてどこも変わらないだろうから、嗅いだ記憶があっても不思議ではない。このときは特に気にしなかった。


 テレビや雑誌に取り上げられているお店だというのに、店内に僕たち以外の客はいない。


 僕は店内を1周してチョコリングを探すも見当たらない。


 その間にふたりはレジにいる若奥さんの方へと向かっていた。飯塚さんが声を掛ける。


「あの、チョコリングありますか?」

「ごめんなさい。あれは土日限定なの」


 若奥さんは両掌を合わせて、本当に申し訳なさそうにしている。


「あれ? そうだったけ」

「ならしょうがないね」


 他のにすることも検討したが、ふたりがチョコリングじゃないとダメだと決して譲ることがなかった。そのため、僕たちは今度の土曜日にまた来ることにした。


 ちなみに土日限定にしている理由は土日なら娘さんが手伝ってくれるからだそうだ。


 あまりにもチョコリングが人気過ぎて夫婦ふたりではさばききれないのだとか。

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