光の中へ集う

「……はっ……!!」


 意識が目覚めた時、アヴィス王妃の体は彼女が投獄された地下の牢屋の中にあった。彼女の体は、その身を案じた看守長の命令で持ち込まれた暖かな布団に包まれていた。全てが、あの不思議な出来事――眩い光に包まれる中で、彼女をはじめとするこの国のほとんどの人たちが敬愛する女神エクスティアが自分自身に面会し、この国に住む善良な人々を救うよう、彼女が抱える罪に対する『罰』と激励を与えられるという奇跡を経験する前と同じ光景であった。


 一瞬、王妃はあの光景は『夢』だったのではないか、と解釈しかけた。女神がわざわざ自分自身の目の前に現れるという時点でも信じられないのに、その女神が追放された聖女候補のセイラ・アウス・シュテルベン、純白のビキニアーマーを纏い日々女神や人々のために奔走していた真の聖女にふさわしかったはずの存在の姿を借りて現出するという事態を、素直に現実と捉えられないのも仕方ない事であった。いや、あれは本当に『女神エクスティア』だったのだろうか。彼女は自分自身以上に女神エクスティア様を尊敬し、彼女の加護を人々に授けるために粉骨砕身し続けたセイラ本人だったのではないか――そのような事を考え始め、ふと自分自身の横を見た直後、彼女の顔色は変わった。


「……え……!?!?」


 あの光景が決して『夢』ではないことを示す物体――煌びやかな光に包まれた空間へと続く巨大な『穴』が、彼女が閉じ込められていた牢屋の中に姿を現していたのだ。そして、同時に寝ぼけ眼だったアヴィスの目を覚まさせるかの如く、彼女の心の中へ大量の情報が雪崩れ込んできた。光の中で女神エクスティアから託された、腐りきったコンチネンタル聖王国から人々を救い、やがて訪れる『滅び』から逃れるための方法を、一気に思い出し始めたのである。この『穴』が、女神の言葉でいう『ポータル』、空間も時間も超越し特定の地点を結ぶという奇妙な抜け穴である事を。


「……よし……!」



 しばし目を閉じ、立ち上がった彼女の衣装は、既に閉じ込められていた時のみすぼらしい衣装ではなかった。セイラのビキニアーマーと同じ、寸分の穢れもない『純白』に包まれた、装飾こそ少ないが威厳と美しさを合わせたドレスになっていたのである。それは、『王妃』として迷える人々を導く覚悟を決めたアヴィスの心を示しているかのようだった。

 そして――。


「……さようなら、聖王国……」



 ――簡単に別れの挨拶を告げ、長らくお世話になった宮殿、王都、そしてこの国そのものへ一礼をした後、彼女は『ポータル』へと足を踏み入れた。その内部は煌びやかな光が四方八方から輝いていたが、彼女の目を晦ませるようなものではなく、その体を優しく抱くかのようなものであった。そして、ゆっくりとその光の向こうへ歩みを進めようとした時であった。アヴィスの耳に、自分の名を呼ぶ聞き覚えのある声が響いてきたのは。背後を見た彼女は、一瞬の驚きと女神への感謝の心に包まれた。あの時、『セイラ』の体を借りたという女神エクスティアが彼女に授けた幾多もの情報に記されていた通り――。


「王妃、王妃だ!!」

「エクスティア様がおっしゃられた通りよ!!」

「アヴィス王妃ー!」

「良かった、ちゃんと来れたんですね!!」


 ――女神によって選ばれた、腐りきった国の将来を憂いつつ、それでも家族や人々のために懸命に奮闘し続けた『善人』たちの姿があったからである。


「皆様……こちらこそ良かった……全員揃って!」


 この光の空間でアヴィス王妃の到着に歓喜の声を上げる者たちが誰なのか、彼女は全員ともしっかり把握していた。自身の役職と思いの板挟みに苦しみ続けていた看守長や彼の心に従い続けた看守たちは勿論、女神を敬愛し続けたあの領主もちゃんとその人々の中に加わり、王妃の到着に歓声を上げていた。勿論、彼ら自身ばかりではなく、その大事な家族もこの不思議な空間の中に到着していた。この綺麗な空間に興奮する子供たちの一方、領主の妻をはじめとした面々の中には既に涙ぐむ者もいた。


 ただ、彼ら以上に大粒の涙を流していたのは――。


「王妃……!!良かった……ご無事だったんですね……!」

「宰相!貴方もここに……!」


 ――薄い白髪と白い髭という男らしい顔つきと裏腹な感動屋という一面を存分に覗かせる、コンチネンタル聖王国のために粉骨砕身し続け、腐りに腐った王国の中でも懸命にもがき続けた宰相本人であった。彼の身にあった事は、既に女神から与えられた情報でアヴィス王妃も把握していた。あのワガママな国王の日々の横暴に異議を述べ、アヴィス王妃への処遇を始めとしたこれまでの行いを指摘した結果、彼もまた王妃と別の場所へ投獄され、自信を侮辱した罪で重い罪が科される事が国王から宣告されるという憂き目に遭わされていたのである。しかも、家族や従者たちまで連座で投獄されていたのだ。

 しかし、女神エクスティアの加護を受けた彼らは、ずっとあの薄暗く居心地の悪い場所に閉じ込められていたとは思えないほどの健康的な肉体や人々を纏める立場にぴったりの衣装を取り戻していた。彼らもまた、アヴィス王妃と同様に夢のような奇妙な空間で女神から全ての情報を託され、王妃に先立ちこの場所を訪れたという。


「王妃もご無事で……わたくし、嬉しくてうれしくて……!」

「もう、あなたったら……」

「旦那様、泣き過ぎですよ……」

「ふふ……」


 嬉し泣きする宰相をしばし皆でにこやかに眺めた後、目から流れる水滴を拭いた彼と共に、この場にいる全員の表情が真剣なものへと変わった。子供たちもきょとんとした表情でその群衆へと加わった。何故自分たちがこの場所にいるのか、これからどうするべきか等の情報は既に彼らの心の中に女神エクスティアによって刻まれていたのだが、各自で解釈が違っている可能性もあるため、全員の意見を一致させるべく、王妃を中心に皆で言葉を交わすことにしたのだ。


「……恐らくこれから私たちが何をすべきかは、ここにいる皆も既に把握済みだと思われます」

「ええ、コンチネンタル聖王国からの『脱出』でございますね」


「各地の領を収める皆にも、女神の御意思は伝わっていますね?」

「ええ、女神エクスティア様は私たちの領の民たちも守ると伝えてくださいました」

「私たちは女神の御言葉を信じますぞ」


 女神エクスティアから一部の国民たちに伝えられた言葉はその立場に応じて若干異なるところはあったものの、概ね全員とも共通していた事が認識できた。この腐りきった国はもうじき女神によって完全に滅ぼされる、それに先駆けてこの国を『脱出』し、新天地を目指せ――女神は彼らにコンチネンタル聖王国に代わる新たな国の未来を託したのだ。そして、そのリーダーとして王妃を選ぶよう女神から推薦された事も同じであった。ただ、これについては女神から推薦されなくとも全員揃って王妃がふさわしいと告げるつもりであった。最後までこの国の未来を憂い、例え地味な仕事でも懸命に奮闘して続けていた事を皆知っていたからである。


「勿論、私たちも出来る事は手伝います!」

「困ったことがあるのでしたらなんなりと!」


 今まで助ける事ができず本当に申し訳ない、これからは彼女のために力を貸したい――宰相や看守長、領主たちを始め、皆は口々に自分たちの想いを告げた。国王や大神官の横暴のせいで動けなかった、という事実とは言え他人に責任転嫁をするような言葉は誰も口に出さなかった。人々を纏める立場に立つ者として、アヴィスは皆の真摯な思いに感謝を伝えつつ、改めて自分自身の意思で『王妃』――いや、新たなリーダーとなる決意を新たにした。


「……では皆様、行きましょう!」


 そう彼女が告げた瞬間、この光の空間の中に新たな『ポータル』が姿を現した。そこには、女神から示された集合場所に集まった国民たちが既に大勢集まっているのが見えた。彼らもまた、女神エクスティアからの啓示の元、聖王国から脱出し新天地へ向かう決意を固めた者たちである。『ポータル』から見える人々の中には、女神から言葉を受けたとはいえ困惑の色を隠せない者たちもいる。エクス教の衣装を纏う人々――台神官を始めとする多くの幹部とは異なり、エクスティアから啓示を受けるという貴重な機会を得た、日々女神や人々を敬う気持ちを忘れない善良な神官や宗教関係者たちが彼らを宥め、女神の意思を改めて伝えてはいるものの、リーダーである自分たちがそろそろ向かわないと人々の心配や不安はますます大きくなってしまう。

 先に失礼します、という言葉をかけたのち、人々を纏める立場である領主などの貴族たちが先に『ポータル』の中へと足を踏み入れた。それを見届け、家族を先に向かわせた後、宰相や看守長、そしてアヴィスも彼らのもとへ向かうことにした。


「王妃……いえ、アヴィス様、こちらを是非……」

「これは……」


 その直前、宰相はアヴィスへある不思議な形をした物体を授けた。女神エクスティアから、アヴィスにこれを託すように啓示を受けたという。それを手に持った瞬間、彼女はその使い方を女神から与えられた情報を基にすぐに理解した。これが自身の声を多数の国民全体へ伝える事ができる道具――女神の言葉でいう『拡声器』である事を。


 そして、国を脱出する決意を固めた者たちが集う集合場所――海沿いの広大な場所へ足を踏み入れたアヴィスたちは、早速この道具の効果を体験することとなった。


「皆の者、鎮まれ!!コンチネンタル聖王国王妃、アヴィス・コンチネンタルがご到着なされたぞ!!!」


 自身の『拡声器』を使った宰相の声は、耳を抑えたくなるほどに拡大され、大勢の人々全員へ行き届くほどになっていた……。

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