第一章 15話 中年は気づき、一方的に解らせられる

翌朝、シドーは近くの川で顔と頭を洗った。昨日までのことはもう過去の話としてのんびり街を目指してみようかと考えていた。


水面に移る自分の顔を見ながら、自分の顔が明らかに若くなっていることを再確認し、この身体で楽しく生きていきたいとぼんやりしていた。だがこの世界ではそんな事は許してくれないことが有るみたいだ。


気配を感じて振り返ると獣が威嚇しており見た目はイノシシそのものだが額に赤い宝石のようなものを付けている。そのイノシシは敵意むき出しで後ろ足を素振りして突進する準備をしている。


あの角に貫かれたら流石にやばいと思ったシドーは腰を沈め戦闘態勢に入ろうと刀を抜こうとした、がそれを辞め左手の人差し指を齧って傷を付けた。血が滲みでてきた。シドーは意識してその血を細く長く、ワイヤーの様な硬度をイメージする。血の糸の先端には錘をイメージして少し重量を乗せ操作しやすいようにした。


イノシシが突進してくる。衝突する瞬間、シドーは左ステップで突進を躱し首筋に糸を巻きつけ右手で先端を投げ近くの木にくくりつけた。イノシシが躱されたまま突進をすると、ボトリと首が切れ頭が落ちた。首から下のイノシシは突進を止め、2、3歩歩いて横に倒れた。


やはり出来た。シドーの感想である。刀だけに頼っていてはいざという時の選択肢が狭くなる。実験的に身体の力を試してみようと思った結果だった。血の力で糸を作って切断するという実験は成功した、と同時に当面の食料を手に入れた。


まずは腹を割いて内臓を出す。肝や心臓を取り出し水で良く洗い刀でスライスし、ジェフの家で拝借していた塩を振って口に入れる。新鮮で上手い。レイも検査したようだが問題となる最近や寄生虫の類はいなかったようだ。


心臓も同様にして口に入れる。コリコリした食感がたまらなく上手い。これがジビエか。あとの内臓は取りあえず穴を掘って埋め、胴体の皮を剥ぎ肉を丁寧に電磁ナイフで食べやすいサイズにカットした。その辺の枯れ木を集めて火を起こす。細い枝を何本か集めそれにカットした肉を串刺しにて炎の回りで炙るように焼き、肉だけの串焼きを作った。


同時に土を固め釜状にし、中段に枝を格子状に加工した木の網を作り、そこにスライスした生肉をおく。周辺の木から皮を拝借して、それを窯の下で燃やし煙を出させる。 天井に隙間を作れば、即席の燻製機の完成だ。


数時間燻した後、いい感じに燻製になったものを布で包んでリュックに入れる。これで2週間は大丈夫だろう。あとは塩以外の調味料が欲しいところだが、街で見つかるだろうか。無いなら作るしかないかなと考えた。


シドーは一人だと案外楽しげに生きていられるなと実感していた。イノシシの皮も何かに使えるかもと思い皮の内側の肉を丁寧にこそぎ落とし水洗いして乾燥させ、取りあえず内側を麻袋でヤスリがけをして整えた。イノシシの頭も中をくり抜いて皮だけを処理してリュックに入れた。


その後、川の水を浄化水筒に入れて蓋を閉め、北に向かってのんびりと歩き出す。といっても何度も超回復して強靱となった身体だと時速8km位で歩いていた。

普通の人がジョギングするペースで歩けているから、全くもって成長期の身体は効率が良い。


奈良の吉野から大阪城までは地形が変わっていなければ70km程度だったはず。このペースなら朝から歩けば夜には着くだろう。と言っても急いで街に行く予定でもなくぼんやり向かう。風景の移り変わりを眺めながら行くので途中で野宿を考えていた。

「さて、食料問題も一応解決したし。あ、そうだ!イノシシの頭!あの額の宝石はなんだったんだ?」


足を止めてイノシシの頭を持ち上げてで眺めてみる。もちろん死んでいるが、今にも食いついてきそうな迫力だ。取りあえず持ち上げた頭を下ろし頭の宝石をツメでつつくとコンコンと硬質な音がした。


本当の宝石かもと思ってナイフで上手く宝石くり抜くことが出来た。直径3cmの球体のそれは、光に反射して赤い光を放っている。


『マスター、それって前に言ってた魔素の結晶と思われます。その石から多量のエネルギーを感じます。これって魔素を取り込みすぎて魔物になったからその結晶がついたとかではないでしょうか?』


「え?さっきのイノシシは魔物だったの?たべちゃったよ、、、」

『動物でも有毒な生き物がいるように魔物にも無毒なものもいるって事では?』

「確かにただのイノシシにしては動きが俊敏だったな。いや実物は見たことないけど動画とかで見たものより迫力があったわ。」

『取りあえずこの石だけ貰っておきませんか?何かに使えるかも知れません。』

「なるほど、そうしようか。」

シドーは石をポーチにいれ、イノシシの頭を土に埋め「ご馳走様でした。あなたの血肉は私の糧になりました。」と埋めたところに合掌した。


北上してから数時間が経ち、日が沈んできた。また魔物に襲われる可能性があったので眠るまではたき火をし、その後木の上で眠る事にした。


火に枯れ枝をくべながら、ふと思う。自分は一体何者なのだろうか?どうしてこんな時代に起こされたのか?


カプセルの近くにあった刀やマント、このポーチとその中身もブーツも不思議なことが多い。そして身体の変化。


集落で聞いたことが正しければ魔法のようなものを使えるかも人もいるって話だったが、血を操作したり身体の一部を変化させる事が出来るってどういうことだ?魔素とは関係が無いはずだ。だが答えは出ない。暫く考えて身体の変化は一つの仮説に行き着いた。再び枯れ枝を火にくべながら、自分はもしかして「生体兵器」にされたのでは?と。


まさかね、と自分の馬鹿な発想を否定しようと思った瞬間、シドーの中でドクンと身体が鼓動し時間が止まったような感覚に襲われた。突然脳裏にあの科学者が浮かび上がる。


「やぁ、石嶺さん。その答えにたどり着きましたね。お久しぶりです。と言ってもこれはあなたに仕込んだナノマシン、いやもう人造細胞って気づいてる頃合いですかね?その中にこの記録を埋め込んでおきました。なので会話とかは出来ないので一方的に私が話すだけですから話しかけても無駄ですよ-。」


止まった時の中でかつて見たあの科学者が飄々と話している。


「実は石嶺さんが自分のことを生体兵器と認識したらこの映像が流れるように細工しておきました。知らなければそのまま平和に過ごして貰えたらと思ったので。色々あるので順序立てて言いますと、私の研究はご存じの通り違法なものだったので見つかりそうになった時、あなたを地下深くの研究施設に隠したのですよ。そして研究はストップされそうだったのですが、その場所が某国のエージェントに見つかり、研究費用と設備などと引き換えに『生体兵器』まぁ戦争のための強化人間ですよね。それを開発してみないか、と。私としてもそれを受けるしか道がなかったし断れば殺されると思ったので、承諾して色々な戦況に応じて投入できる実験体を数多く作りました。勿論その中には軍人もいましたが多くは石嶺さんのように余命幾ばくも無い人とかでしたね。」


科学者は話を続ける。

「残念ながら多くは失敗してしまったのですがねぇ。で、成功したのはあなたを除いて12体。ただこの研究を進めながら思ったんです。万が一彼らが暴走したときストッパー機能はつけましたが、それが使えない状況になっていたらと。それで組織には内緒で存在を知られてなかったあなたの身体を色々といじらせて貰いました。その12体の生体兵器に対抗できる様に、全ての能力の上位互換となり得るものを細胞に組み込んでいます。他の12体はエージェントに連れて行かれて人格とか記憶がどうなったかは分かりませんが、石嶺さんの意識はそのままにしてありますよ。もしもの時のジョーカーとして勝手に任命しちゃいました。何せあなたへの研究を元に実験体達は作られその集大成をあなたにフィードバックしたのですなら。だからあなたは0番目の素体であり13番目の実験体、そしてその身体は最高の完成体です。」


「性能を色々と語りたかったのですがどうやら私は用済みと言うことで始末されそうで語る時間がありません。あなたの存在を隠しておくのが精一杯です。もしもあなたが起きたとき、実験体が存在していて人類に害をなす存在ならそれを止めて貰えませんかね?私のワガママを押しつける形になりましたが、その気が無ければやらなくても結構です。どうするかはお任せしますよ。」


「他の実験体は最初からある程度性能を発揮しますが、あなたの細胞は最初はほぼまっさらです。使い込むことでどの実験体よりも成長します。私が自信を持って作った完成体です。あ、もう時間がありません。取りあえずわたしが作った刀とマント、後それなりものを近くに置いておくのでまだ持ってなければちゃんと見つけてくださいねー。きっとあなたの旅に必要となる筈ですから。最後に、私は罪深いことをしてしまいました。決して許されることではありません。ただその結果で石嶺さんを治療出来たことは本当です。それでは新しい人生を楽しんで下さい。では、さようなら。」



脳内の映像が止まって、目の前にはたき火の火が相変わらず揺れていた。どれ位時間が経った?いや、そもそもあの映像は何だったんだ?シドーは次から次に頭に疑問が湧いて出た。そうだレイだ、レイなら何か知っているはずだと。脳内のレイに話しかける。


『マスター、遂に辿り着いてしまいましたね。私はマスターが気付くまでこの事は話せないように作られていました。身体の一部を変化させることは何とか出来たのですが、生体兵器の事は話せないようになっていました。最悪知らなくても楽しく生きていければ無くてもいい能力だと思ってましたし。』


「そっか、レイはもどかしい思いをさせたのかも知れないな。ただもう知ってしまった。暴発させないようにも正しくこれを理解する必要がある。教えてくれるか?」


『そう、ですよね。。。前にも少し話しましたが、要はあらゆる環境で任務を遂行できるように肉体改造を私が行ってました。さっき実験体の話もありましたが、細胞に自我があるのはわたしだけです。他の実験体には私に似た細胞が使われてますが性能は劣ります。他の実験体は何かに特化するように作られたので、組織が連れ去った後、どこまで強化できたのかまでは解りませんが局地的に活躍する生体兵器のはずです。』


『けどマスターの場合は全部が未知数です。他の実験体での成功例や、いざという時の希望を組織に見つからないように移行してました。訓練することで全ての実験体を凌駕した能力を得られますが、今の時点では他の実験体の誰にも勝てないです。闘う前提ですけど。闘わないにしてもある程度は訓練をして使いこなした方がこの世界では有用だとは思います。あらゆる毒物を無害化し、普通の人間ではあり得ない身体能力、更にイメージすることで超常現象を起こすことが可能です。魔素とこの世界で呼ばれている物質が散布されているのも当時、人類が新しい時代に進化するために能力の媒介として散布されたものです。常に一定数まで分裂し、一定の濃度でそれを保持しようとするよう設計されてます。結局、核戦争で破綻しましたが。』


「実験体とやらはどうなった?核で一緒に消えたのか?」

『わかりません。ただ、マスターと同じく何処かの施設で眠っていたとしたら核の被害を免れて何かの拍子に起動しているかも知れません。』


「そうだな、俺達は他とは切り離されて進められたんだもんな。取りあえずそいつらを見つけたところで俺に害をなすつもりがないなら俺は何もしない。正直あの科学者の後始末とか正義のヒーローとかには向いてないからな。襲ってくる場合は別だけど。取りあえず逃げ足だけでも鍛えておくかな、ははは。」


『ですね。マスターが無理に闘う必要は無いと思います。世界がその中の誰かに支配されてても別に関係ないですしね。』

「そうだな。支配と言っても正しく世の中を作ってるならそれでいいと思うし。おれはダラダラ生きて楽しみたいんだから。自分と自分の大切な人だけを守る力があればいいよ。」

『はい!その中には私も入れておいてくださいね!』

「大事も何も一心同体だろう?」

『いや、一応肉体を持って外に出ることは出来ますよ。』

「まじで???」

『はい♪まじです!』

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