第一章 14話 中年は家庭の味を求めた、その味は毒と欲で汚れていた

ジェフは帰って来るなり様子が変だった。元々彼のことを詳しく知っているシドーではないが感覚的に何が違和感を感じ取ったのだ。シドー彼について知っている事は行商の役目があり、集落の中では上位階層の住民としか。後はあの長と親しいという位だ。


ジェフは帰った来た時、シドーへの挨拶もそこそこに調理場の妻の所で何か話し込んでいた。声を潜めるように話しているが、何故か妻の声が悲痛な嘆きのトーンで聞こえる。だが聞き取れたことは「そんなこと、、、」位だった。何か集落に変事が起こったのだろうか?


しかしシドーはもう今夜書き置きをして去る予定だったので関わる必要はない。ただ料理の温かさを最後に受け取って気分良く去りたかった。


テーブルに料理が並べられる。シチューと美味しそうなパン、パンは集落の小麦で出来た特産品だそうだ。あとは酒や小鉢など。歓迎会の時とは豪勢さは落ちるが、こちらの方が家庭的なご馳走で久々に家庭の味を心許せる人間と過ごせる。それだけが幸せだった。


「す、済まないな、シドー。色々待たせてしまって。」

「いいよ。もともとこっちの方が転がり込んだようなものだし。一家団らんに加えてくれるのが本当に嬉しいんだ。こんな食事は本当に久しぶりな気がする。記憶にはこんな暖かさはなかったから。」


そういうシドーの笑みと対照的にジェフの表情にはためらいとか後悔とかそう言ったような表情を繕って笑っているような、そんな違和感があった。なにか大変なことが起こったのかも知れない。だが聞かない方が良いだろう。もう去るつもりなのだから。


「そっかそれなら良かったよ。遅れてしまったけど俺の命を救ってくれたことに感謝してる。妻も同じ気持ちだ。乾杯!」

「乾杯!」「乾杯!」

「かんぱーい!」


ジェフの音頭に合わせて妻とシドーが声を合わせる。真似をしてテリーも言っていた。


シドーが果実酒を口に含んだ瞬間、ジェフの表情の理由がわかった。ははは、とシドーは心の中で力なく笑った。そういうことかよ、と。感じた瞬間、脳内のレイから報告が入った。


『マスター、気づいていると思いますが、この飲み物は睡眠薬入りです。恐らく1時間もすれば立つことも出来なくなり強い酩酊状態に襲われるでしょう。もっとも即無害化して順次尿として排出していきますので、適当なところでトイレに行ってください。』


「(うん。俺も口に入れた瞬間違和感を感じた。それが睡眠薬かまでは解らなかったけど、薬独特の雑味があったから。恐らくこの時代では無味無臭なんだろうが、嫌というほど薬を飲んで生きてきた俺にはわかってしまったよ。あの嫌な気分になるやつだ。しかし何故だ、長に脅されたのか、元々グルなのか。どっちにしても一時間後に酔ったふりしてベッドに行き、そのまま窓から脱出しよう。)」


ジェフはたくさん食えとばかりに酒や食べ物を勧めてくる。せめて食べ物には薬を混ぜていないことを祈って口に含んだが、それは彼にとって絶望の上積みだった。美味しい。味は美味しい、家庭的な、求めていた優しい味だ。だがそれを睡眠薬で優しい味が絶望の味に変わる。


どうやら徹底的に眠らせるつもりだ。シドーの表情は笑顔のままで、家庭料理は美味しいなぁと言いながら食事を続けた。夫婦の表情は冴えなかった。


「あれー?シドー兄ちゃんもうおなか一杯?」

何も知らないテリーが聞いてくる。

「ああテリー、僕は一家団らんが嬉しくてそれだけでもお腹一杯になりそうだよ。と言っても相当食べたぞ!この調子だと明日のテリーの晩ご飯がなくなるくらいにねー」

「ははは、お兄ちゃん面白ーい。」

無邪気に笑っているのが只々辛い。


一時間位過ぎると目頭を押さえて「何だか眠くなってきたな」と言ってみた。ジェフは「疲れているんだろう、今日はもう休みな。」とベットに誘導しようとした。


だが無害化した毒を排出をする為にトイレへ行って全て出し切り、トイレから出た後は彼の誘導でベッドに向かった。

「ゴメンな、ジェフ。なんか無性に眠くて、こんなに酒は弱くなかったんだけどな。。。」

「まぁ、明日もまた飲めばいいし気にするな、しっかり休めよ。」とベッドの中まで運んでくれてからドアを閉めた。


バタンとドアが閉まった後、真っ暗な部屋で音を立てないように荷物をまとめる、事前にもらった麻袋と布切れ数枚は持っていく。麻袋は絞りがついていてボストンバッグのような肩から担ぐタイプのものだ。中身は空なのでそれ等を丸めてリュックに入れて、ポーチのベルトに刀を差した。


準備は整った。ここから何が起こるかわからない。そう思った彼は、栄養ブロックと錠剤を唾液で飲み込み静かになるのを待った。そしてこれからの為にテーブルに戻り塩の瓶を拝借した。一人旅だと調味料は貴重だからな。迷惑料としては安すぎるが貰っておいても罰は当たらないだろう。


書き置きを残そうと思ったが、どう書いていいのか解らなくなったので辞めた。

ここに来てからろくな事がなかった。善意は利用され刀を狙われる。助けた女は結局家族全員を助ける事になり、感謝されたが全く嬉しくなかった。義務感だけだったからだろう。


こんな生き方はこの集落においていこう。自分勝手に行きよう。人間は信用がならないのか、この集落が異常なのかはわからないが彼の心に深い傷を負わせたのは事実だった。


「(レイ。窓を出た瞬間からここは敵地と思ってくれ。必要なら身体のブーストはかけていく。なるべく早く、出来るだけ遠くへ。取りあえず北に向かおう。)」

『マスター。何がどうなってるかは解りませんが、こんなの酷すぎますよ!マスターが何をしたって言うんですか!』


「(目立ちすぎた、のかもな。メンツを台無しにしたり欲を煽る何かが俺にあったんだろう。)」

シドーは自分を納得させると、そっと窓から外へ出てその跳躍力で屋根に飛び移った。屋根伝いに駆けていると下が騒がしい。もう見つかったのか。早く門まで行かなければ。


軽い足取りで屋根を飛び移っていると「いたぞ、あそこだ!」と聞こえた。どうやら見つかったようだ。門に近づくにつれ武装した人間が増えている。


たしかここは農業の才に恵まれた集落と言っていた。力はあるだろうが逃げ切るだけなら大丈夫だろうと思っていたらヒュッと矢が飛んできた。こいつらは本気だ。シドーを殺す事も想定に入れている。反撃すべきか、自分のここでのやったことの仕打ちがこれと考えたら無性に腹が立ってくるが必死で堪えた。


そうだ、今はここから安全に逃げるだけでいい。矢尻を見ると毒が塗られている。指先で触れるとレイから『即効性のしびれ薬です。場合によっては死亡することある強い薬です。』と返答が来た。我慢の限界に近いが堪えた。強化された感覚ではこんな矢にはよっぽどのことがなければかすりもしない。手で掴める位だ。


もうどうでもいい、早く早く消えたい。そう思うとあっという間に門の塀を飛び越え集落を脱出し気を飛び移って、まるで忍者のように身体能力を活かして逃げた。


気がつけばあの集落から5kmほど離れた場所の木の上にいた。夜はまだ深く月が真上にある。魔物もいるだろう。今日はこの木の上ですべてを忘れるかのように眠る事にした。

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