第一章 13話 中年は死病を治療し、甦って初の手料理を食べる

『マスター、静電気は判りますか?布がこすれてパチッと鳴るやつ』

「(冬場につらいあれな、ってそうか!それを使えば良いのか!振動自体は今回はこの刀に任せるとして、、)」


シドーは髪の毛を手櫛で髪をといて摩擦を起こし指を帯電させた。そのまま刀を抜きスタンモードで電気を刀の柄に放電し、この世界の物質に電気を保持するようにイメージする。そして振動モードにして部屋中の空気に伝える。バチっと音がして空気中のホコリは落下し、細菌などは死滅した。簡易的に無菌室を作り上げたのだ。

「(さてここから、注射器の成型だ。シリンジもどきを作らねば。)」


そう思いながら振動モードの刀で木製のコップに縦に幾つか切ってバラバラにしカーブがついた木片3つ作った。そしてその三つをガタガタの円というよりは三角形の形に組み、今度は指先を少し切って各々の切れ目に接着剤代わりに薄く塗布した。そして三つを丸めるように木片全部に熱を加える。手には薄い膜で覆われているように殆ど暑くない。木片には確実に熱を加えているのにだ。木片を凝縮して密度を高めるこれで熱膨張が高まるはずだ、後はこの世界の物質が起こす超常現象に賭けるしかない。


強く丸い筒をイメージして圧着させようとすると面白いように木片が曲がって手の中で細い筒が出来上がる。自分の血とこの世界の大気に驚きつつ今度は指先から水を出し、水分を片方の底面に含ませてから折り曲げてこれまた粘着して塞ぐ。木片が熱したプラスチックのようにぐにゃりと曲がる。振動で研磨し閉じた底面に小さな穴を付ける。髪の毛1本をストロー状の構造にしてから抜き、硬化させてさっきの穴に密着させる。針は強度があれば細くても大丈夫だ。後はシリンジ内の液体を押し出すピストンの問題だけだ。これは先ほどレイから聞いた肉体組成を変える方法でシリンジ内部に指を入れ密着することゴムのようなものに変化させ注射器と同じ機能が出来た。勿論変化させた指は清潔そのものである。完成だ。


試しに自分の右腕の静脈に刺し左手の親指で圧を調整して採血する。成功だ。採血した血は人造細胞だけにレイの指示一つで分離し透明な液体と元々の血液になった。

「(うわー実際見てみるとすごいもんだわ、これ。血液型とか大丈夫なんかな?)」


『細胞の方は全血液型に適合するように調整しました。赤血球ならO型血小板ならAB型みたいにと言えば判ります?』

「(確かに俺も移植した時に血液型まで変わったからそんな感じて輸血されてたよ。)」

『まぁイメージですから、私たちは藪にもなれないタケノコ医者ですからねー。』

「確かに。さて分離した細胞も培養で増えたみたいだし雑菌が入らないようにして持ち運ぶか。)」

『そうですね。まぁその細胞は雑菌程度食い潰しますけどね。』

「ますますキミの正体がわからないよ、、、行こか。。。」

『難しいことを考えても、どーせわからないので気にせず行きましょ♪』


それもそうだと思ってシドーは部屋を出てアンナに声をかけ、ニーナの部屋をノックして貰って中に入った。ベッド脇の小さな机にマントで覆った細胞入りの水筒の蓋をおいて、気づかれないようにさっきと同じ要領で部屋を浄化した。今度は音を出さずに成功した。扱いに慣れてきたようだ。


「さて、ニーナさん、薬と栄養剤の効果はどうですか?」

「はい!おかげさまでとても身体が楽で、あとさっきのスープ味のブロックもとってもおいしくて。とても少量なのに満腹感と身体が何だかぽかぽかしています。」

「それは久しぶりに正しい栄養バランスの食事だからですね。さっきも行った通り詳細は秘密ですけどあなたくらいの年齢の方が一日に必要な栄養を補給してるはずですから。恐らく食生活とかも本当は色々と聞いて、改善したいのですが、今はまず病気を確定させてからです。」


「そうですね私はどうしたら良いですか?」

「上半身裸になってうつぶせに寝てください。あとお尻が半分見えるくらいまでズボンを下ろしてください。腰の中心に針を刺して調べないといけません。」


ニーナは少し照れながらわかりましたと言ってシドーの目の前で上着を脱いで、横たわった。そしてズボンとパンツを半分下ろそうとしている。横たわるニーナの上半身はやつれて肋骨が浮かび上がっているが、それ以外は奇麗で打ち身の腫れ等は見つからなかった。あと驚くほど白い。そして豊かな双丘が呼吸と共にかすかに上下している。姉より一段階ほど発育が良かったようだ、、、


シドーは自分が本当に18歳の少年なら我慢できない誘惑だっただろう。しかし中身は分別もある40過ぎの男。その気になればただの肉の塊と思うことは出来た。下着を半分程下ろしてニーナはベッドの上でゴロリとうつぶせにになった。


「まずは病気そのものを確定させるために腰の骨の中にある液を少し抜きます。痛くないように周りの痛覚を麻痺させるので最初だけピリッとしますけど、それが済んだらさっきの鎮痛薬の効果も切れていないし痛みはないはずです。ただの感覚はあるので気持ちが悪いかも知れませんが我慢してください。お願いします。アンナさんは彼女の脚を固定、お母さんは手を握ってあげてください。それだけで僕も助かりますしニーナさんも心が落ち着きます。」


「わかりました。押さえれば良いんですね。」

「ニーナ、お母さんがいるから大丈夫だからね。」

「ありがとう、お母さん、お姉ちゃん。」


シドーは尾てい骨から上へと右手の人差し指を滑らし、腰骨の中心で指を止めその周辺を何点かなぞりトンを指で軽く押していった。レイの補助で痛覚を微弱な電気で麻痺させている。

複数箇所の麻酔処理が出来たところで軽くつねってみる。

「今触ってますけど、これは痛いですか?」

「いえ、触られてる感触が微かにわかる程度です。」


準備オッケーだ。先ほどの注射針を左手に持ち慎重に骨髄が採取できる箇所を狙う。レイのサポートは完璧だった。ここと言わんばかりにシドーにだけ見える小さな点を投影してくれた。後は正確な深さまで針を刺すことだ。骨を貫くのだから結構な力がいるが、筋力増強をしたシドーにはかえって力をセーブしながら行わないといけない刺しすぎたら神経か他の器官を傷つけて下手すれば下半身不随だ。意を決して差し込み、ここだ!と言うポイントで針を留める。注射器のシリンジ内を体液を抜き出すピストン状に変化させた小指を抜くようにして髄液を抜き出す。少量の髄液を採取し、注射器を右手で支えながら左手の小指をシリンジ内に入れ髄液に触れる。


『マスター。予想通りです。白血球が育ってません。未発達のまま肥大して増殖を続けています。』

「(やっぱりか、医学はあの時代に全然追いついてないが、症状は俺の時より遙かに軽いな。臓器まで駄目にはなっていない。レイ、俺の小指を操作してその髄液を完全に蒸発して消し去ってくれ。その後さっきの採取したレイの細胞液を中に入れる。)」

『了解ですマスター。』


ここが勝負所と気合いを入れ、レイが謎の現象で採取したシリンジ内の髄液を消滅させた。シリンジ内でピストン状に形を変えていた小指を元に戻し水筒の蓋に保管していた細胞液を左手で操作し、細胞液は蓋から浮かび上がり自分で動くかのようにシリンジ内に流し込んだ。カイヤもアンナも目を見開いて固まっている。


「(あー魔法みたいに見えただろうな、手が足りないから仕方がないけど。レイ、細胞液をさっきの骨髄液の所まで流すぞ、流れた細胞は造血幹細胞に融合して正常化、ダメになった白血球は排泄されるように無害化して腎臓に流れるように。あと、細胞は俺みたいな強化とかは必要ない。但し万が一の保険に命の危険がある場合と精神状態が悪化したらレイに居場所を信号を送れるように、できるか?)」


『もちろん!距離制限は流石にありますけど、余りな離れちゃうと感度が落ちるので。それは諦めてください。』

「(ホント頼りになりすぎる相棒だよ、レイは!ありがとな。よし、終わらせるぞ!)」


シドーは先ほどの位置で固定していた針穴から細胞液を押し出した。レイのサーチ機能のおかげで感覚で中に入った事がわかる。これで出来ることはやった。後は本人次第だ。上手くいってくれと念じながら針を抜く急いで清潔な布を針穴の後に当て布を重ねて3cmくらいの厚みにして紐で胴を一周させて固定した。


そしてカイヤとアンナにニーナの身体を仰向けにするように頼む。

「これで出来ることはやりました。今から1時間ほど枕なしで仰向けの姿勢で出来るだけ動かないで下さい。針穴の傷を圧迫するようにしてますので。あと、これからさっき飲んだ錠剤を3錠お渡しします。毎朝飲んでください。成功すれば三日もしたら辛さもなくなってくるはずです。あと、三ヶ月は出歩かないように、部屋をとにかく清潔にして、食事は野菜などのスープから始めて、胃が落ち着いたら少しずつ固形に。当分の間は絶対に生ものは食べない下さい。野菜であってもです。」


と、一息で言い切った後、シドーは机の椅子に崩れるように座った。無理もない。自分の体験したことを本や動画で齧った程度の知識で他人の身体に近いことをやったのだ。この世界が医師免許制なら確実に塀の向こうに行くことになる。治療内容にしても知らずにミスした部分があったはずだ。それはレイがしっかりフォローしてくれていた。それでも素人がぶっつけ本番でやることではない。終わった安堵感とやってしまった恐怖感で今にも吐きそうだった。勿論吐き気もしっかりレイがフォローして胃粘膜を調整したのだが。


「シドーさん!?大丈夫ですか?」

椅子にドサッと座ってしまったのでアンナがびっくりして尋ねてきた。

「いや、大丈夫ですよ。少しだけ疲れちゃったかな?」慌てて平静を装いながら取り繕う。


「とりあえず問題がないみたいだし僕はこれで失礼しますね。あと繰り返しますが絶対に今日僕がやったことは全部秘密にして下さい。たとえニーナさんが急に元気になったとしても周りから見つからないようにして下さい。三ヶ月後から自然に少しずつ元気になっていくようにして下さい。恐らくやってはいけないことに手を出したはずですから。」彼は力なく笑うと彼女らの家を立ち去ろうとした。立ち去る時彼の背中越しに「お礼を」と言ってきたがこれを無言で手をヒラヒラさせて「結構です」のジェスチャーを送りなんとか外へ出た。


流石に疲れたシドーは取りあえず休みたかった。無償の善意も良いが、危険な橋を渡るのはもうこれっきりにしようと思っていた。これじゃ依然と変わらないな、と。結局困っていたら仕方がないと思って助けてみるが、終わったら善行をした満足感はなく、いつも徒労だけが残るのだ。自分にはボランティア精神なんてものがないのだ。


結局その後に都合良く色々と利用されて動けなくなったらポイだ。だからこういうことには立ち入らないようにしようと決めていたのに流れでやってしまった。ただ「出来るから」と言う理由だけで。そこに困っている人をなんとかしたいと言う精神がなければ待っているのは、ただの疲労と自分の損害だけ。今回も彼は身体の秘密の一部を晒し、貴重な薬をいくらか失った。勿論それで救われた人はいるだろう。感謝もされるかも知れない。けど彼はその感謝をなぜか受け入れることが出来ないし、かと言って何かを要求するわけでもない。どこか「何者かにやらされてる」という気持ちが残る。義務みたいに。この心を縛る「義務」を断ち切りたい、それが彼の、シドーの本音だった。


「身支度をして早くここを出よう。」

今回は危険がある為元々出て行く予定だったが彼はこの「義務」が一定ポイントたまると全部を捨ててしまいたくなる癖がある。人間関係とか組織とか自分を取り巻く関係をリセットしてしまう癖と言えばいいか。憐れな生き方だ。救いが必要なのは本当は彼なのかも知れない。


虚ろげに歩いているといつの間にかジェフの家の前だった。シドーがドアをノックするとジェフの妻が出てきた。

「あらあらシドーさんお帰りなさい。どうしたんですか、すごくやつれた顔をして!取りあえず中で座って下さい。すぐに何か飲み物を用意しますから。」

「ははは、すみません。ちょっと疲れたみたいで。」


シドーは彼女の勧め通りにテーブルの椅子に座ってテーブルに身体を預けてうつ伏せになった。このままでは寝てしまうと思って何とか身体を起こしてみたら何故か窓から差し込む日差しは赤く夕暮れのようだった。


「もしかして寝てしまった?」

思わず口にするとジェフの妻が別の部屋から出てきて「シドーさんがいきなり眠ってしまったので起こすのも悪いと思ってそのままにしておきました。」と言われて彼は慌てて粗相を謝りテーブルに置かれていた水を飲みお礼を言って、借りた部屋に戻った。


「(しまった。いつの間に寝てしまったんだ。レイ、疲れを癒やすこととかできなかった?)」

『マスター、肉体的疲労は何とか出来ますけど、今マスターは今は精神的に参ってるんです。それを治す方法は安定剤とかですが脳内からそんな物質を出したところでこんなことでやっていたらすぐに依存しますよ?そう思って敢えて私は何もしなかったんです。』

「(そっか。そうだよな。ごめん、レイ。確かに精神疲労を癒すのはそういうことに安易に頼っちゃダメだ。どうしようもないときだけにしないと退廃的になる。)」


『マスターはもっと自由に、幸せになっていいんですよ?「俺がやらなきゃ」はもう辞めて、したい事をやって生きていきましょう?』


「(だよな。いつもそれを考えるんだけどいつの間にかこうなって、何か後悔みたいな気持ちになる。働いてないと落ち着かないとか。働きたいと思ってもいないのに。これじゃ洗脳された奴隷の思考だな。)」

『仕方ありませんよ。マスターは何だかんだで社畜だったんだし。そこから解放されるのは時間とか何か出来事でもないと。根っこの部分に染み込んでるみたいですし。』

「そうだな。折角貰った命だし、自由にしないとそれこそ勿体ないな。さて、直ぐに出るはずが、この時間。夕食を食べる約束もしてたしそれを食べていかないと流石に怪しいね。」


そして夕暮れが夜になり、ジェフが帰宅してジェフ自慢の妻の手料理を味わうこととなった。

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