第一章8話 中年は魔物を倒し、集落で目をつけられる

塀の上に移動した門番と数人の住民が見ているようだ。誰かの家族なのだろうか。と巡る思考を遮り、今は考えるのはこのゴブリンを仕留めるか、注意を引きつけながら逃げる事だ。


鯉口を切る心地よい音と共に赤い刃が現れる。シドーは左構えで抜き身の刃を持つ。同時に最も効果的と判断した高周波モードのボタンを押す。超速で振動する赤い刃から小さくキィーンと音が鳴る。一体どれだけの速度で振動しているのか?シドーの知識では居合いの達人の方が一般的な振動する道具より速度で勝る。


素人の斬擊では到底及ばなくとも、今は刀の振動と剣速の相乗効果に賭けるしかない。物体が切断される為に必要なものは力と速度だ。速ければそれだけ少ない力で物体は切断される。


得物はこちらの方が長い、有利か?じりじりよっていくと間合いの外からゴブリンはシドーに向かって飛びかかりながら右手に持った棍棒で頭を狙う。読み勝った、恐らく敵の知能は低く、シドーは一撃目から頭を狙って大ぶりしてくるはずと予測していた。こちらも棍棒の一撃に合わせる様に一歩右に移り刀を頭部の少し上で左斜めから棍棒に当て、腹を蹴り飛ばす算段だった。


しかし棍棒が刀と交差するやいなやスルスルと刃が入り棍棒を切り落とし、ゴブリンの右肩から左腰部まであっさり切断した。斬れる時に咄嗟に右半身を引いて斬れた上半身を激突を避け、ゴブリンの下半身は左前蹴りの様な形で腹部を蹴りこちらもぶつからずに済んだ。何ともアクロバティックな一瞬だった。


終わってみればあっけないもので、シドーの斜め後ろには逆袈裟の形で斬られた上半身と腹を蹴られ後ろに飛ばされた二つに分離。シドーにはゴブリンの血と体液がマントにかかっただけだった。まるで荒くれ者の傭兵剣術だ。


シドーはそのまま振り返り転がっていたゴブリンの上半身に歩み寄り、すぐさま首をはねた。意識を直ぐに刈り取ってやれば、痛む時間も少ないだろうと思って。


すべてがスムーズに、身体が動かし方を知っていたかのように動いた。シドーは全てが終わってしばし放心した。


思い出したかのように、「えっ」と呟いたが、赤い刃は何事もなかったように振動音を立てていた。振動を止め刃を汚れたマントで拭う。刃はもっと血が欲しいとでも言うように不気味に赤く輝く。シドーはそれを美しいさえと思った。斬り落とされたゴブリンの上半身の内部に何かキラリと光るものがあったが今は気にせず、女性の方にいくべきだ。


刀身を鞘に収め、少女に歩み寄る。ガタガタ震えている。シドーはどうしたものかと思って頭を掻きながら、「あのー、怪我とか大丈夫?」と聞いてみた。


少女は無言で首を何度も縦に振った。

「怖かったね。もう大丈夫だから。大丈夫。」


シドーは安心させる為に、ゆっくり話し聞かせた。すると、少女は我に返ったか様に真顔になったかと思えばいきなり大声で泣き出した。無理もない、見た目は高校生くらいか?奇麗な藍色の髪の毛が目立つ可愛らしい子だった。


かつて自分の子供にしていたように優しく頭を撫でる。「だいじょうぶ、だいじょうぶ。」心に伝えるようにシドーは語りかける。

落ち着いた頃に、後ろから門が開き一人の妙齢の女性が飛び出してきた。


「アンナ!バカ!なんで外に出たのよ、勝手に!」アンナと呼ばれた少女をゆする。

シドーは女性のゆする腕を掴み「あんた、母親か?だったらかける言葉が違うだろう。助けもせずに安全になったら出て来て、いきなり子供を責めるとはどういう精神してんだ。まずやることはあれだけ怖い目にあった娘を労る事じゃないのか?」


シドーの怒気を含んだ声で言った。女性はハッとして「あぁ、あぁ、アンナ、ごめんよ、ごめんね。怖かったね。」と抱き寄せた。


よかった、動揺していたもののこの親はマトモな様だ。

シドーは親からは愛されなかった。もしかしたら愛されていたのかも知れないが、結果として受けた仕打ちは思い出すのも反吐が出る程滅茶苦茶な人達だった。だから親というものに厳しくなってしまった。



ジェフと門番も続いて出てきて、

「シドー、あんた凄いな!勇敢だよ。俺たちは戦うための異能はないから凄い格好良かった!後、さっきの言葉は痺れたな。まるで父親みたいだった。」

「いや、必死だったよ。初めてあんなの見たし。無我夢中って言えば良いのかな?父親、父親みたい、か。ははは。」


シドーは『異能』という言葉に引っかかったが父親みたいと言われたことの方が心を掻き乱した。そうだよ。父親だったんだよ、俺は。シドーは心で呟き、今はいない娘の笑顔を空に浮かべた。

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