5.トゥルーエンドの行方は




 煉獄寺が一度は叫びたい必殺技を拡声器で放つと、二人の眼前まで迫っていたデーモンが「グギャァアアア!」と悲鳴を上げて消滅した。

 それどころか、少し離れたところにいたモンスターも数匹、声の余波を受けたのか消えてゆき……


 俺とチェルシーが口をあんぐり開けていると、煉獄寺は拡声器を肩に担ぎ、



「……めっちゃ気持ちいい……一度でいいから、言ってみたかった。ひっく」

「四次元ポーチで取り出したんだ。雑魚キャラなら、薄華ちんのデスボイス(物理)で倒せるかなーって思って☆」



 と、芽縷がウィンクしながら付け加える。

 続けて煉獄寺が、



「……チェルシー、耳に魔法かけといたほうがいい。私、ここぞとばかりに、"声に出したい必殺技"をどんどん叫んでいくから……ひっく」

「雑魚の処理はこっちに任せて、二人は早く魔王を倒しに行っちゃって!」

「薄華さん、芽縷さん……」



 チェルシーが呟く。二人はニッと笑い、



「護られるだけの女なんて前時代的だもん。ね?」

「……むしろ護れる強さが必要。チェルシー、そのヘタレボーイのこと、よろしく」

「誰がヘタレボーイだ!!」



 俺の抗議の声を最後まで聞かずに、二人はモンスターの群れの中に突っ込んで行ってしまう。

 芽縷の操縦で攻撃をひらりひらりと躱し、その合間に煉獄寺が聞き覚えのあるアニメの必殺技を次々に叫び、モンスターを片っ端から消し炭にしていった。


 まったく……なんて頼もしいやつらなんだ。

 ほんと、女ってのは恐ろしい生き物である。

 男なんかよりずっと肝が座っていやがる。


 だが……

 俺も、いつまでもヘタレじゃいられない。



「行こう、チェルシー。魔王の額に向かって、同時に魔法を放てばいいんだよな?」



 尋ねながら、飛行装置を傾け魔王へと飛んでゆく。

 チェルシーは頷き、



「はい。咲真さんとわたくしの魔法が同時に命中すれば、最大限のダメージを与えられるはずです。王家の血を引くお母さまと、最強の魔導師だったお父さまも、互いの力を一つにしてヴィルルガルムを打ち滅ぼしたと聞いています」

「なるほど。前例があるわけだな」



 俺は飛行装置の高度を上げ、魔王の正面……額の位置よりもやや高いところで停止する。

 魔王がこちらに気づき、威嚇するように咆哮を上げた。

 そして、距離を取るように後退し始めるので、



「きっとまたブレスを吐くつもりだ。チェルシー!」



 俺の呼びかけに、彼女が「はいっ!」と答える。

 そして、二人同時に手を前方に掲げ……



「──ヴィオ:ヴァルヴザーヴ!!」

「──ルチェ:ラ:サリュール!!」



 叫ぶ!

 手のひらから放たれたそれぞれの魔法は、混ざり合いながら魔王へと伸びて行き……額にクリティカルヒットした!


「ギャァアオオォゥンン!!」と、魔王が悲痛な呻き声を上げる。

 先ほどチェルシーの魔法だけを当てた時よりも反応がデカい。ダメージが大きいのだろうか。



「よし! この調子で何発も当てていくぞ!!」



 攻撃を受け、身体の向きを変えた魔王の正面に再び回り込むように飛行装置を操縦する。

 すると魔王は、俺たちを叩き落とそうと鋭い鉤爪の生えた手を振り回す。



「ちっ、そう簡単にはやらせてくれねーか」



 俺はペダルをグッと踏み込み、飛行装置を急旋回させてそれを躱す。

 身体が大きい分、一つ一つの動作も大きいので何とか反応出来ているが……一発でも喰らえば、終わりだ。


 そうして、魔王の抵抗を掻い潜りながらタイミングを見計らい、チェルシーと同時に魔法を放つということを繰り返した。

 何度か外したが、当てる度に魔王は確実に弱っていった。


 後方にいる煉獄寺と芽縷に目を向けると、相変わらず何かしらの叫び声でもって、少しずつモンスターの数を減らしているようだった。

 しかしそれでも、雑魚キャラはまだ大量にいる。

 煉獄寺の喉と体力にも限界があるだろうし、早くこちらの決着をつけなくては。



「チェルシー! また正面に回り込むから、隙を突いて当てるぞ!」



 飛行装置を上昇させながら、後ろからチェルシーに呼びかけるが、



「……はい……っ!」



 その返事は、少し間を置いて帰ってきた。

 背後に立っているので、その表情までは見て取れないが……息が上がっているようだ。チェルシーも疲労が溜まってきているのだろう。

 であればなおのこと、早急に魔王を倒さないと。


 俺は飛行装置を翻し、魔王の正面に回り込む。

 いつものように、振り払うような動作が来るかと思いきや……魔王の動きは、止まっていた。

 魔王は魔王で、ダメージの蓄積が効いているのか? 動きが鈍くなっているようだ。



「チェルシー、魔王が止まっている。今のうちに、もう一発……」



 と言いかけるが、そこでチェルシーが何かに気づいたように息を飲む。



「……違います、咲真さん! あれは……ブレスを吐く前の予備動作です!!」



 なっ?!

 慌てて正面を見ると……既に魔王の口の中で、エネルギーの塊がギュルギュルと渦を巻いていて……!!


 やばい! 避けなきゃ!!

 俺が飛行装置の持ち手を強く握ると同時に、唸るような轟音を立てながらドラゴンブレスが放たれた!


 避け切れるか…?!

 俺は限界まで身体を倒し、何とかそれを躱そうとするが……まずい、このままだと、僅かに捉えられる!!


 ブレスの光が迫り、猛烈な熱に目を瞑った……その時!



「──ルチェ:リドゥーラ!!」



 チェルシーの声!

 見れば、掲げたその手から"光の障壁"が生み出され……盾のようにブレスを弾き返した!!



「た、助かったぜチェルシー……悪い、焦りすぎた。最後まで油断すべきじゃ……」



 と、そこまで言ったところで……チェルシーの身体から、力が抜ける。

 かくんと膝から崩れ落ち、持ち手を掴む指も解け……

 飛行装置から、力なく落下した!



「チェルシーーーーッ!!」



 瞳を閉じたまま、みるみる地面に近づいていく彼女の身体……

 それを、飛行装置を極限まで傾け下降しながら追いかける!



「くっ……間に合え間に合え間に合えぇっ!!」



 猛烈なGを感じながら、俺はひたすらに加速する。




 ──正直、この国の人々を救ってやろうなんて、ご大層なことは考えちゃいない。

 だけど、この国はチェルシーの国だから……

 彼女が、自分を犠牲にしてでも護りたいと考えている場所だから。


 ここでヴィルルガルムを倒せば、またしばらくの間は……少なくとも十年くらいは、彼女を魔王討伐の重圧から解放してやることができる。

 そう思ったからこそ、戦っているのだ。


 だから、こんなところで彼女を死なせたら、俺は……俺は………っ!!




「…………ぅおおおおおああああっ!!!」



 地上から、僅か三メートル程の高さ。

 そこでようやく、彼女に追いつく。

 俺は飛行装置をぐんっと急停止させ……チェルシーを両手で抱き留めた。


 間に合った……間一髪だった。

 心臓が、今頃になってバクバク暴れ出す。



「おい、チェルシー! 大丈夫か?! しっかりしろ!」



 両肩を揺すり呼びかけると、彼女がうっすらと目を開けた。



「す、すみませ……一気に魔力を使いすぎて……やっぱり咲真さんは、すごいです……」

「無理させていたんだな……気づいてやれなくてごめん。あとはなんとかする、と言いたいところだが……俺の魔法だけで、ヤツは倒せるのか?」



 俺の問いかけに、彼女は首を横に振る。



「魔王は、尋常ならざる回復力を持っています……わたくしの持つ"魔王封じ"の力がなければ、すぐに再生し……完全に滅ぼすことは、叶いません」



 やはり、か……

 くそっ、俺が攻撃のペースを見誤ったばっかりに、こんな……


 ……と、自分の不甲斐なさに奥歯を軋ませていると、



「……方法は、まだあります」



 ぽつり、とチェルシーが呟く。

 俺が顔を上げると……彼女は、拳にきゅっと力を込めて。



「………咲真さん。わたくし…………………咲真さんのことが、好きです」



 思わず俺は、目を見開く。

 チェルシーは、にこっと微笑みながら、



「……たぶん、初めて会ったあの日から……わたくしのことを護ろうとしてくださった、優しい咲真さんに……恋を、していました。だから本当は、こんな形でしてしまうのは、少し寂しい気もするのですが………」



 そう言って、彼女は俺の頬にそっと手を添えて。

 宝石のように綺麗な瞳を閉じ──



 ───静かに、口づけをしてきた。





 瞬間、全ての時間が止まった。


 唇の、柔らかな感触。

 甘い匂い。

 震えている、長い睫毛……


 触覚が、嗅覚が、視覚が、全て彼女に支配され……

 世界に、俺と彼女しかいないような、心地の良い錯覚に襲われる。





 ……それは、果たして長かったのか、それともほんの一瞬の出来事だったのかはわからない。

 チェルシーは、俺からゆっくりと離れると、少し照れ笑いして頬を染めた。



「わたくしの"魔王封じ"の力を、咲真さんに託しました。これで、咲真さんお一人でも魔王を滅ぼすことができるはずです。わたくしの両親も、こうして戦っていたそうなので」



 ……って、お前の父ちゃん母ちゃんキスしながら戦っていたの?! 魔王戦の最中にチュッチュしまくるとか、どんな光景だよ?!


 というツッコミと、『彼女とキスした』という事実に頭が混乱し、何も言えずにいると……

 チェルシーが、俺の手を握って、




「……もし、魔王を倒したら………もう一度、ちゃんとしたキスを、していただけませんか……?」




 なんて、泣き出しそうな笑みを浮かべて言うので。

 俺は……



「……………わかった」



 一つだけ頷いて、彼女を飛行装置から降ろした。

 ここからは、俺一人の戦いだ。


 地上にチェルシーを残し、俺は飛行装置を急上昇させる。

 突然眼前から消えた俺たちを探していたのか、魔王は俺を見るなり再び咆哮を上げた。


 そして、一歩二歩と後退……これは、先ほどと同じ。ドラゴンブレスを放つ前の、予備動作だ。


 しかし、俺は逃げない。

 真っ直ぐに、魔王を見据える。


 ブレスを喰らう前に殺れる。

 その確信が、今の俺にはあった。


 チェルシーから受け取った、"魔王封じ"の力……俺の中に、それをたしかに感じる。

 口を開け、波動を溜め始める魔王。

 俺は両手を掲げ、ありったけの念を込め……


 叫んだ。





「──ルチェ:ラ:ヴァルヴザーヴッッ!!!」





 刹那、俺の手のひらから、これまでとは比べものにならない威力の魔法が撃ち放たれる!


 それは、今まさにブレスを吐こうとしていた魔王の額を正面からぶち抜き……その動きを止めた。

 魔王の口から、放たれるはずだった波動が消え……代わりに、



「……グォォオオオォォオンンン……!!」



 天を震わすような、低い鳴き声が上がる。

 かと思うと、鋼のように堅強な黒い身体がキラキラと輝く光に変わり……足元から徐々に消えていった。

 どうやら……



「倒した、の……?」

「……ひっく」



 雑魚モンスターたちが一斉に逃げて行き、芽縷と煉獄寺も驚いたようにその様を見つめる。

 と、消えゆく魔王の身体から、黒と紫を混ぜ合わせたタイダイ模様の、ボウリングの球のような物体が現れた。

 あれは、一体……



「咲真さん! それは、魔王のコアです! それに何かしらを施せば、魔力と魂を分離させ、この世界での復活を永久に阻止することができます!!」



 と、地上から叫ぶチェルシー。

 なるほど! このコアをどうにかすれば、煉獄寺の出生に因果が繋がるわけだな!



「そうか! で、その『何かしら』って、具体的にはなんだ?!」

「わかりません!!」



 ズコーーッ!!


 潔すぎるチェルシーの返答に、俺は飛行装置から落ちかける。

 そうか……その方法がわからないからこそ、それを可能にするという俺との子どもを産もうとしていたんだもんな。



「えっ、ちょ、どうする?! とりあえず、あのコア捕まえるか……?!」



 慌てた俺が、飛行装置の上でわたわたしていると……直後!



 ぴゅーーん!!



 ……と、もの凄い勢いで、コアが地平線の彼方へと飛んで行ってしまった。


 ……永久追放、失敗。である。



 その事実を認識した、俺たち四人は、



『…………………………』



 ラスボスを倒したはずなのに、真のエンディングへのフラグが回収できなかったような……なんとも言えない感情を抱え、暫し立ち尽くした。


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