4.声を大にして言いたい




 チェルシーを背中から抱くような姿勢で持ち手を掴み、俺はメー●ェ……否、そのカモメのような形状の『飛行装置』の上に、立つようにして乗り込んだ。


 二人で乗るとなると、こうして密着していなければバランスが取れないらしい。

 チェルシーの風呂上がりの金髪がなんともいい匂いでくすぐったいが、背に腹はかえられない。


 芽縷が再びカプセルを放り投げ、飛行装置をもう一台出現させる。芽縷と煉獄寺でそちらに乗り込むのだ。


 芽縷の指示で足元にあるペダルを踏むと、静かにエンジンが回り始めた。

 同時に、翼の下にぶわっと風が吹き出し、機体をゆっくりと持ち上げる。

 そのまま前傾姿勢を取ると、宙に浮きながら前に進んだ。

 そうして俺たちは、あっという間に城から上空へと飛び立った。



「ほんとだ。体重移動だけで結構思い通りに動かせるな、コレ」

「でしょ? あたしの時代では自転車代わりに老若男女みんな乗り回してるよ」

「……そ、それよりも、ひっく。これに乗ったとして、どう戦うの?」



 芽縷の身体にしがみつきながら、煉獄寺が問う。

 それに、俺の前に立つチェルシーが、



「薄華さん。このようなことを伺うのは、大変心苦しいのですが……魔王に、弱点はあるのでしょうか? そこを、咲真さんとわたくしの魔法で攻撃できればと思うのですが……」



 煉獄寺は、少し考え込むように俯いてから、



「……実は、その辺りの記憶は曖昧。前世の自分がどんな姿だったのか、ひっく、客観的に認識できていたわけではないし、倒された瞬間のことも、あまり覚えていない。ただ……ひっく。"光の勇者"という人間に、魔力と魂を引き裂かれたことだけは認識している」



 そうか……たしかに、ヴィルルガルムは生まれ変わる度に姿かたちを変えるのだ。そうなると、毎回弱点も変わるかもしれない。

 これは……がむしゃらに攻撃するしかないのか?


 しかし、そこで煉獄寺が再び、「……でも」と口を開く。



「……現状の"私"は、この胸の紋様のあたりが極端に敏感。軽く触れただけで、むずむずビリビリする。だから、もしかするとこの紋様が、弱点なのかもしれない……ひっく」



 ……と、自身の胸に手を当てながら言う。

 それを聞いた途端、何故か芽縷が俺の方を向き、



「だってさ、咲真クン。薄華ちんは胸が弱いんだって」

「なんで俺に言うんだよ?! 変な意味に聞こえんだろーが!!」



 相変わらず緊張感のない芽縷だが、とりあえずあの紋様が弱点かもしれないということはわかった。

 俺が「チェルシー」と呼びかけると、彼女も頷き、



「額の紋様を狙いましょう。咲真さん、以前お教えした攻撃魔法、覚えていますか?」

「ああ。あの『ヴ』がやたら多い名前のヤツな。覚えているぞ」

「お話しした通り、あれは最強クラスの攻撃魔法です。わたくしの放つ対魔王用の特別魔法と合わせて当てることで、大きなダメージを与えることができるはず……」

「その、対魔王用の魔法ってのは、どんなものなんだ?」

「"魔"を祓う、白魔術の究極形態……魔王の力を浄化し、無効化する魔法です」



 なるほど。ゲームで言うところの神官とか僧侶が使いそうなヤツか。



「なーんて言ってる内に、近づいてきたよ!」



 芽縷が前方を指さす。その先に見えるのは……低い唸り声を上げながら、悠然と歩む黒い巨体。もう二百メートルも進めば接触する距離にまで、魔王に迫っていた。

 近くで見るとますますデカい。頭上を飛ぶ俺たちが、小鳥サイズに見えるほどだ。



「これ以上、居住区域に近づかせるわけにはいきません。一度魔法を放ってみます!」



 魔王に向かって飛行を続けながら、チェルシーが両手を掲げる。

 手遊びの蝶々の形を作るように、左右の親指を重ね、手の平を魔王に向けると……



「──ルチェ:ラ:サリュール!!」



 叫ぶ。

 瞬間、キィィイン! という高い音と共に、彼女の手から白い光が放たれる!


 それは真っ直ぐに魔王の額へと伸びてゆき……

 見事、紋様のド真ん中に命中した!

「ギャァオォゥンン!」と、けたたましい鳴き声をあげ、後退する魔王。



「効いた……?!」



 ズシン、ズシンとよろめく巨体を、一同固唾を飲んで見守ると……



「……グォオオオォォオオオオ!!」



 突然、ビリビリと空気が震える程の咆哮が上がる!

 耳をつんざくような衝撃波に、飛行装置にしがみついて耐える。

 そして……反射的に瞑った目を、再び開けると、



「……なっ、なんだアレ?!」



 思わず声を上げる。そこには……

 おびただしい数の"異形の者たち"が、突如として出現していた。


 単眼のミノタウロス。

 剣を携えたスケルトン。

 硬い岩で出来たゴーレム。

 角と翼の生えたデーモン。


 ゲームの世界で見るようなモンスターたちが、魔王の咆哮に応えるようにわらわらと集まってきたのだ。

 チェルシーも顔を上げ、目を見開く。



「魔王が魔物たちを呼んだのです。文献にはありましたが、本当にこんな力があるとは……」

「そうか……"魔"を統べる"王"だから、魔王なんだもんな」



 なんて感心している場合ではない。ざっと百体はいるであろう有象無象は、魔王を護るように立ちはだかると……

 一斉に、こちらへ向かって飛んできた!



「うぉわっ?! ど、どうする?! 魔法使ってもいいのか?!」

「はい! 咲真さんは正面を! わたくしは芽縷さんたちを護ります!」



 情けない声を出す俺にビシッと指示を下すチェルシー。

 たしかに、芽縷と煉獄寺は魔法が使えない。丸腰の二人を護りながら、こっちに向かってくるヤツも対処しなければならない。


 そうと決まれば、俺も魔法で攻撃だ!

 えぇと、以前使ったあの厨二くさい呪文は……


 俺は左右の手で三角形を作りながら、あの時のように"念"を込め思いっきり叫んだ!



「──ヴァイオ:ヴァルタザール!!」



 …………………シーーン。



「…………あり?」

「咲真さん! 呪文が違います!!」

「えっ?! あれっ?! あ、もっと『ヴ』多かったっけ?! ヴァイオ:ヴヴヴザーヴ?!」

「ヴィオ:ヴァルヴザーヴです!!」



 あああしまった! こんなことならさっきちゃんと確認しておくんだった!


 俺は慌てて手を構え直し、あらためて呪文を唱えようとするが……

 迫り来る有象無象の内、羽を生やしたデーモンみたいなやつがものすごいスピードで距離を詰めてきた!

 一瞬怯み、唱えるのが遅れると……それに気づいたチェルシーが正面を向いて手を掲げる。



「──ルチェ:リドゥーラ!」



 キィインッ! という音と共に、光で出来た壁のようなものが放たれる!

 それが当たった瞬間……じゅわっ! と蒸発し、デーモンが消え去った。



「す、すげぇ……」



 チェルシーの力に思わず驚くが……ハッ、と気がつく。

 チェルシーがこっちに構っているということは……

 芽縷と煉獄寺の方がガラ空きじゃねぇか!


 慌ててそちらを見ると、別のデーモンが二人目がけて一直線に飛んで来ていた。

 まずい、やはりあいつスピードタイプなのか!


 俺とチェルシーが、そちらに向けて魔法を放とうと手を掲げる……

 が。それよりも早く、事は起こった。


 煉獄時が……どこから取り出したのかわからない拡声器をぎゅっと握り、口に当てて、



「……かぁ、めぇ……はぁ、めぇ……」



 ……なにやら、聞き覚えのありまくるフレーズを呟き始める。

 そして。



「………●ぁぁあああああああっ!!!」



 音割れする程の大音量で、渾身のかめはめ●を叫んだ。



 

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