6.新たな物語を




 ──その後。

 チェルシーはそのまま、破壊された国の状況確認と、復興に向けての指揮を執るためにファミルキーゼへ残った。

 必ずまたこちらの世界に来ると、約束をして。


 だから、元いた宿泊施設には芽縷、煉獄寺、俺の三人だけで戻ってきた。

 もうすっかり夜明けだ。一晩中不在にしていたわけだが、チェルシーが教員たちを全員催眠魔法で眠らせていたため、俺たちが宿泊部屋にいなかったことはバレずに済んだらしい。


 夜間の見回りもせずに熟睡していた教員たちは、朝になって慌てて生徒の部屋を確認に駆けずり回った。

 その時、チェルシーがいないことを指摘されたが、



「昨夜、彼女の両親が訪れて、急遽フィンランドに帰国することになりましたよ。なんでも親族にご不幸があったとかで……先生方にお伝えしようと思ったのですが、いくら部屋をノックしてもだぁれも起きてくれなかったから、仕方なくそのまま帰りました」



 ……と、芽縷がつらつらと出まかせを述べたため、それ以上追求されることはなかったそうだ。

 ほんと、大した演技力だよ。


 で。

 一睡もせずに魔王と戦っていた俺たち三人は、帰りのバスで爆睡。

 無事に寮の部屋に帰った後も泥の様に眠り、残りの連休もほとんど部屋から出ずにダラダラ過ごした。



 その間、俺は考えていた。

 時間を置いたことで、ようやくあの日の出来事を冷静に振り返ることができるようになった。


 まず、いずれまた復活する魔王について。

 結論から言えば、小二の時に出会ったあの男は……何十年後かの俺自身なのではないかと思う。


 ずっと引っかかっていたのだ。

 たしかにチェルシーは、物理的な移動を可能にする転移魔法を使える。が、時間を行き来する魔法は存在しない。

 なら、誰がどうやってあの男を小二の俺に会いに行かせる"時間移動"を可能にしたのか?

 答えは明確。芽縷だ。

 あの男が俺に"魔力の飴玉"を授けるのに、芽縷も協力していたはずなのだ。


 つまり、俺自身が"光の勇者"にならなきゃいけないということ。

 魔王の魔力と魂の分離に成功するのは、今からそう遠くない未来……きっとチェルシーだけでなく、芽縷や煉獄寺と協力してそれを成し遂げるのだ。

 次に現れるであろう魔王こそ、煉獄寺の直接の前世……そうに違いない。


 それから、芽縷の出生に纏わる因果関係だが……

 あいつは自身を、『俺と煉獄寺の間に生まれた子どもの子孫』だと思い込んでいるが、必ずしもそうとは限らないのではなかろうか。

 以前、芽縷は言っていた。


「この年代から先に、何故かタイムリープできない」

「今、この時が、運命を決める分岐点なのかもしれない」


 と。

 しかしそれは、逆に言えばどんなルートを辿ろうが芽縷という人間が生まれる未来だけは変わらない、ということなのではないか?

 だから恐らく、将来的に俺が誰と子どもをもうけようが、孫の孫の孫は、きっと芽縷なのだ。

 ま、そもそも俺の子孫だって話すら、本当かどうかわかったものではないが……


 兎にも角にも、俺はあの三人全員と子どもをもうけるつもりはさらさらない。

 だから、子どもが生まれなかったとしても辻褄の合う未来を無理矢理にでも考えたいだけなのかもしれないが……


 それでも、どう考えたって三人全員と関係を持つだなんて、そんな未来を俺が選択するはずがないと自信を持って言える。

 何故かって? そりゃあ、決まってる。


 女は、綺麗な顔して笑うクセに、腹の中では何を抱えているのかわからない生き物。

 この三人がまさにそうだろう? こんな恐ろしい生き物をいっぺんに三人も相手するなんて……無理無理。できるわけがない。


 そう、女は怖い。ずるくて、したたかで……

 弱い部分を隠せてしまうほどに、笑顔を繕うのが上手い。


 そんな健気な存在に、無責任なことをするような真似……できるはずがないのだ。



 だから、そういうのは……

 ちゃんと、"恋"をした相手と…………



「………………」



 俺は、魔王との決戦の最中、チェルシーに言われた言葉を思い出す。

 重ねた唇の感触を、思い出す。


 思い出す度に……頭をブンブン振って、額を枕に何度も打ち付ける。



『……もし、魔王を倒したら──』



 ……倒しちゃったんだよなぁ、これが。

 つまり……つまり、あの約束を……


 と、そこから先を考えるだけで、頭から白い煙がぷすぷすと出てくるようで、俺はなるべく考えないようにした。


 たぶんチェルシーは、当分の間こちらに来られない。

 先のことは、彼女が戻ってきてから考えよう。うん、そうしよう。



 そう心に決め、連休明けの通常授業を淡々とこなし、芽縷や煉獄寺とこれまで通りの放課後を過ごしていたが……






「………遅い」



 チェルシーが国に帰ってから二週間以上が経過した、ある日の登校前。

 俺のメンタルが、遂に限界を迎えようとしていた。



 つーか……戻って来るなら早くしろよ!!

 毎日毎日、今日か? 今日来るのか? ってそわそわさせやがって!! だんだん腹立ってきたわ!!



 腹が立った俺は……

 勢いに任せて、チェルシーのアパートの前まで来てしまっていた。



「……………」



 来て、どうするかまでは、考えていなかった。

 いるはずがない。

 仮にいたとして、どうするかも決まっていない。



 ただ、なんとなく……無性に、会いたくなったのだ。

 あの、無邪気な笑顔に。



 俺は、意味がないとわかっていながら、部屋の呼び鈴を鳴らした。

 当然、返事はない。


 ……はぁ。何をやっているんだ、俺は。


 ドアに背を向け、学校に向かおうとした…その時、




「………咲真、さん……?」




 俺の背中を呼び止める声。

 はっとなって振り向くと、そこには……


 ドアの隙間から、遠慮がちにこちらを覗く……制服姿のチェルシーがいた。



「チェルシー……戻っていたのか?」

「今しがた、ちょうど戻ったところです。今日から登校を再開しようと思いまして。もうすぐ準備できますので、どうぞ中でお待ちください」



 思いがけず会えてしまったことに心の準備が追いつかず、頭の中が真っ白になる。

 彼女に促されるまま、俺はカクカクとした動きで部屋の中へと入った。


 ガチャ、とドアの内鍵を閉め、チェルシーが俺に向き直る。

 そして、少し照れたように笑いながら、



「ただいま、です」



 と言った。

 その表情が彼女らしくて、一気に安心感が押し寄せてくる。



「……おかえり。大変だったな、いろいろと」

「いえ。国の皆さんの協力もあって、思ったよりも早く復興の目処が立ちました。それに……早くこちらに戻れるようにと、その気持ちだけで、ずいぶん頑張ることができました」



 そして彼女は、俺のワイシャツの裾をそっと摘むと、



「……約束。覚えていますか? それを励みに頑張って戻ってきたのですから……忘れたなんて意地悪は、言いっこなしですよ……?」



 と、いきなり本題に踏み込んでくる。


 ……久しぶりに見るからかな。

 その潤んだ上目遣いが、やけに可愛く感じられて……



「………覚えているよ」



 俺はじっと、彼女の瞳を見つめる。

 そして、馬鹿みたいに煩く暴れる心臓の音を感じながら………



 俺は、そっと。

 口付けをした。




 彼女の…………ひたいに。





「…………え゛」




 チェルシーの口から、あからさまにがっかりした声が漏れる。

 俺は、自分でもわかるくらいに目を泳がせながら、



「……あの…………今、口内炎患ってるから。こないだみたいなのは、ちょっと……延期でオネガイシマス」

「えぇぇええぇえっ?!」

「仕方ないだろ! 口内炎は移るんだぞ?! しかも移された側の方が症状が重くなって、口の中がぜんぶ爛れるんだぞ?! 激痛のあまり何も食べられなくなって、そのまま……死ぬ」

「ひぃ……っ! なら今はやめておきましょう! 死ぬのはいやです!!」

「そうだろう、そうだろう。今はすべきじゃない。だから……できるようになるまで、側にいろよ」



 俺の言葉に、チェルシーが「え……?」と聞き返す。

 俺は、今度はきちんと彼女の目を見つめて、



「いつかちゃんと、約束を果たすから……それまで、こっちの世界にいろよ。俺の側に」

「咲真さん……」

「まぁ……俺、なかなか口内炎治らないタイプだから。どれくらい先になるかわかんないけど」

「咲真さん?!」



 それから彼女は、はぁぁ、とため息をついて、



「んもぅ……それじゃあ今日の放課後は、お口にしみないものを食べに行きましょう。もちろん、薄華さんと芽縷さんと一緒に」

「あぁ、そうだな。久しぶりにみんなで何か食おう」



 チェルシーはにこっ、と笑って、学校へ向かう準備を始めた。

 その背中を見つめながら、俺は言う。



「そうそう、言い忘れてたけど」

「なんでしょうか?」

「……俺も好きだよ」

「……………へ。咲真さん、今なんて……」

「ほら、早く支度しろ。学校遅れるぞ」

「ちょ、咲真さん! 今『』って……『』っておっしゃいました?!」

「あー、今日も『り』した良い天気だなぁ」

「誤魔化さないでください! 今、たしかに『すき』って……」



 ……というチェルシーの言葉を継ぐように。



「うん、言ったね☆」

「……言った言った」



 そんな声が背後から聞こえ……

 ぎょっとして振り返ると、鍵をかけたはずのドアがバキバキッと音を立てて開き、案の定な二人──芽縷と煉獄寺が顔を覗かせた。



「お、お前ら! なんでここに……!!」

「だって、チェルちゃんに会いたくて」

「……ダメ元で来てみたら、先にダメ男が来てた」

「誰がダメ男だ!!」

「ダメ男じゃん、もっとはっきりカッコよく言えないの?」

「……チェルシーが可愛そう」

「そう思って、ここのドアノブ破壊しといたから。薄華ちんが」

「……これは危ない。ドアが壊れていたら、不審者入って来るかもしれない」

「心配だねー。というわけだから咲真クン、今夜はチェルちゃんを部屋に泊めてあげな?」

「は?! 無理に決まってんだろ!!」

「イケるイケる。こないだみたいにいろいろ裏工作しといてあげるから。さっさとキメて、あたしらにちょこっと子種分けてよ♡」

「お前は朝っぱらから何の話をしてんだ!!」



 俺たちのやり取りに、チェルシーが楽しげに笑う。

 そして、



「じゃあ、お言葉に甘えて……咲真さん、今夜お邪魔してもよろしいですか?」




 なんて、冗談っぽく言ってくるので。

 俺は……俺は…………


 学校に向けて、全力で走り出した。



「咲真さん!」

「……あ、逃げた」

「待て! このヘタレーっ!!」



 後ろからバタバタと追いかけられるが、無視して走り続ける。

 まったく。なんて賑やかな登校なんだ。

 そう思いながら、俺は……初夏の青空を見上げる。




 入学当初の目標であった脱陰キャは、無事果たせた。


 それで万事解決だと、満足していたが……どうやらそれだけでは解決しない問題が、浮き彫りになってきたようだ。


 とりあえず、俺の脱陰キャストーリーはここまで。

 これから先は……




 脱ヘタレを目指す物語を、始めてみようと思う。




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