8.宿泊行事のシメといえば
体験センターでの製作を終え、俺たちはバスに揺られて宿泊施設へと戻ってきた。
食堂での夕飯、交代制の入浴を経て、さぁ消灯……
ではなく。
この二日目の夜は、まだイベントが残されているのだ。
それは……
きもだめし。
である。
──時刻は午後八時。
俺たち生徒は、宿泊施設にほど近い林の中に集められた。
民家もなければ街灯もない真っ暗闇。
集合地点であるこの場所にだけ、目印となる野外ライトが煌々と照らされている。
頭上を見上げると、東京では見られない数の星がチカチカと輝いていた。
そして、すぐ目の前にあるのが……周囲一キロほどの池である。
その周りをぐるっと一周して戻って来る、というのがきもだめしの内容。
しかも……
……男女ペアになって。
嗚呼、『そわそわ』という擬音が浮かんで見えるような空気感だ……
男子も女子も、あからさまに浮ついている。
というのも、このきもだめし、亜明矢学院・宿泊研修の名物イベントらしく……
ここでペアになった男女は毎年、カップルになりやすいと云われているのだ。
「はぁーい。1-A、男女に分かれてこのクジ引いてー」
浮ついた空気をまるで無視するかのように、今日も今日とて気怠げな声で呼びかける我がクラスの担任・
彼女の指示に従い、男子と女子がそれぞれの列を作り、穴の空いた箱から折りたたまれたクジの紙を引いていく。
紙に書かれているのは数字。つまりは、同じ数字が書かれたクジを持つ異性とペアになるのだ。
去年までの俺なら、この時点で三回は死んでいただろう。
こんな陰キャを殺すだけのイベントなんざやっていられるかと、適当な仮病でも使って宿泊部屋で休んでいたはずだ。
けど、今は……
「んじゃ、このめるちゃんとペアになれる幸せな男子を引き当てに行ってきますか♪」
と、芽縷がニヤリと笑い。
「……早く部屋に戻りたい。スマホでゲーム実況見てた方がずっと有意義」
と、煉獄寺がぶつぶつ呟き。
「お、おばけが出るのですか?! それって魔法効きますか?! ああっ、しまった! ポケットうぃーふぃーの霊波じゃ攻撃魔法撃てない! さ……咲真さん助けてくださいぃ!!」
と、チェルシーが涙目で狼狽える。
……いや、たしかに去年に比べりゃ有り難すぎる状況だよ?
けど……こいつらとペアになった男子に対する心配の方が優って、俺だけ違う「そわそわ」なんですけど。
芽縷は外ヅラがいいし、煉獄寺は俺ら以外とはほとんど喋らないから、この二人はまだいいとして……
問題はチェルシーだ。
芽縷に『きもだめし』の何たるかを聞いてから、あの有様である。
普通に『魔法』とか口走っちゃってるし、目を離せばどうなることやら……
しかし、ペア決めはあくまでクジ引き。男女それぞれ二十人近くいるのだ。
チェルシーとペアになる確率も、二十分の一……
無理だな。考えたって仕方がない。
と、列の順番が回ってきた俺は、箱の中に手を入れて……紙を一枚、引いた。
列から離れ、それを開くと……
書かれていた数字は、『13』。
……なんだか、不吉だな。
いや、今日は金曜日じゃないし、ここは日本だ。気にするな。
すると女子の列から、クジを引き終えたらしい芽縷と煉獄寺の声が聞こえてくる。
「あー。あたし『666』だったー」
「……私は、『37564』」
って、誰だよこのクジ作ったヤツ! 数字のチョイスに明らかに悪意あるよね?! マックスで二十人弱なんだから、そんな桁の数字いらねーだろ!!
……と、脳内で怒濤のツッコミを入れていると、
「わたくしは、『13』でした」
聞こえてきたその言葉に、俺はハッと息を飲む。
それは……間違いなく、チェルシーの声。
思わずそちらを振り返ると、ちょうどチェルシーと目が合う。
俺が持つ紙の数字を知らない彼女は、女子の列の向こうでにこっと笑い。
呑気にこちらに手を振ってきた……
* * * *
「……まさか、あの確率でチェルシーを引き当てるとは……」
俺は額に指を当てながら、懐中電灯を片手に夜の林を進む。
芽縷と煉獄寺に見送られ、今しがた出発したところである。
隣ではきもだめし初体験の姫君が、びくびくと辺りを窺い、警戒するように歩いていた。
「さ、咲真さんとペアになれて本当によかったです……おばけが出たとしても、咲真さんがいてくだされば百人力です!!」
と、自分自身が『魔法を使える異世界の姫君(エルフ)』という非現実的な存在のくせに、芽縷から聞かされたおばけの話を信じ込んでビビり倒すチェルシー。つーか、そっちの世界に出る魔王の方がよっぽど怖くないか?
池の周囲を時計回りにぐるっと一周するわけだが、一キロと言うと歩いて十五分ほどか。
こんな調子で、果たしてゴールまで持つのだろうか。チェルシーのメンタルが。
そういった意味では彼女とペアになれて本当によかった。
他の男子とだったら彼女はますますパニックを起こしていただろうし、そうなるとその男子も気の毒だ。
俺なら彼女の性格は熟知しているので、上手く宥めながらゴールへと導くことができる。
「なぁ、チェルシー。おばけってのは信じている人間の元に現れるらしいぞ? ちなみに俺は、その類いのものをまったく信じていない。だから、一度も見たことがないな」
「そ、それは本当ですか?! うぅ……こちらの心理状況につけこむとは、なんて厄介な魔物なのでしょう……! では、やってみます! おばけなんてないさ……おばけなんてウソさ……」
なんて、某童謡みたいな自己暗示を呟き始める彼女と共に、暗闇の中を進んで行く……
と、突然!
「ぶるぁあああああああっ!!」
奇声を上げながら、茂みの向こうから白装束の人影が飛び出してきた!!
「うわぁぁああああ!」
「きゃぁぁあああっ!」
俺とチェルシーの絶叫が響き渡る!
俺は咄嗟に持っていた懐中電灯で飛び出してきた人物を照らす!!
………と。
「……せ、先生……?」
それは、白い着物を身に纏い、天冠を付けた男性……隣のB組の、担任教師だった。
立ち尽くす俺たちに、先生はしたり顔で笑うと、
「……と、こんなカンジで脅かし役が出てくるから。男子はしっかり女子を守ってやるんだぞ」
そう言い残し、笑いながら去って行った。
「……………」
えぇー……『脅かし役』って、先生方めっちゃノリノリじゃん……
と、ユーレイのコスプレをした教師が再び茂みの向こうにウキウキでスタンバるのを見ながら、「入る高校間違えたかな」などと考えていると。
──くいっ。
後ろから、服の裾を引っ張られる。
振り返ると……
今ので完全に心を折られたらしいチェルシーが、はらはらと涙を流しながら、
「さ、咲真さん……てを……手を繋いで、いただけないでしょうか……?」
震える声音で、そう懇願してきた。
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