7.満たされた器
──結局、煉獄寺が作ったルシェルのグラスは、施設の人に没収されてしまった。
そこをなんとかと食い下がったが……聞き入れてはもらえず。
失意の中、俺と煉獄寺は再び、エントランスを出た外のベンチに戻って来ていた。
「悪い……俺がよく確認しないまま、絵柄を決めたせいで……」
「……ううん。私も説明をちゃんと聞いていなかった。自分のせい」
「……これ、いるか?」
と、俺は下手すぎてアニメのキャラだと認識されず、没収されなかった自分のグラスを差し出すが、
「………………いらない」
「だよね」
はっきりと断られ、静かに涙を流す。
煉獄寺に自信をつけてもらうつもりが、こんなことになるだなんて……謝っても謝りきれない。
申し訳なさに思わず「はぁ」とため息をつくと、
「……落留くんには、感謝している」
ぽつりと、煉獄寺が言う。
俺が顔を上げると……彼女は、言葉を選ぶように少し沈黙してから、
「……落留くんはいつも、私の『できる』を引き出してくれる。ゲーセンの時も、カラオケの時も、そして今日も……私の『できる』を信じて、見ていてくれる。そして、できたら褒めてくれる。私は、それが……すごくすごく、嬉しい」
そこまで言って、視線を落とす。
「……昨日も言った通り、うちは父が資産家で、お金には困らない生活をしてきた。だから、私がものを壊せば、父かすぐに新しいのを買ってきた。欲しいと思うもの、作りたいと思うものを先回りして、ぜんぶぜんぶ買ってきた。だからうちには、『マジキュア』のグッズも、フィギュアも、山のようにある。だけど……」
ぎゅっ、と。
彼女は制服のスカートの裾を握りしめ、
「……全然、満たされなかった。その内、何が本当に欲しいのか、わからなくなった。でも、落留くんといて……自分でフィギュアを獲ったり、グラスを作ったりして、気がついた。私が本当に欲しかったのは……"自分で手に入れた"っていう、実感なんだ、って」
そして彼女は、俺の目をじっと見つめると。
「……だから。ありがとう、落留くん。グラスは没収されてしまったけれど……私はそれよりも大切なものを、手に入れた」
そう、無表情ながらもどこか微笑んでいるような顔をして言ってきた。
そのセリフと表情に、俺は思わず口元が緩むのを感じ……
「……そうか。なら、よかった。次はちゃんと、手元に残るものを"創造"しような」
「……うん。少し、自信がついた。やっぱり落留くんと、友だちになれてよかった」
突然そんなことを言われ、思わず「えっ?」と聞き返す。
煉獄寺は、俺の目をじっと見つめて、
「……落留くんに近づいたのは、子どもを作り魔王を復活させたかったから。だけど、今は……それを抜きにしても、落留くんと友だちでいたいと思う。チェルシーと芽縷もそう。四人でいると、私は……ただの人間でいられるから」
眠そうな瞼で、ゆっくりとまばたきをし、
「……とても、満たされている。魔王を復活させたいという欲求が、薄れてきている。たぶん、みんなのおかげ」
なんてことを言うので、俺は目を見開く。
おぉっ。このまま俺との子どもを作りたいという衝動が消滅してくれれば、俺と煉獄寺、双方にとって万々歳じゃないか!
俺は、同意するように頷いて、
「煉獄寺が感じていた虚無感の原因は、"寂しさ"だったのかもしれないな。確かに魔王の生まれ変わりとして、"片割れ"である俺を求める衝動はあったかもしれないが……前にチェルシーも言ってたように、今の煉獄寺はただの人間だ。人間は、誰かと一緒にいたい生き物だろ」
わかるよ。いや、煉獄寺の方がよっぽど寂しかったんだろうけど……俺も去年、そこそこ孤独な思いしていたから。
一人でいる方が楽なこともある。
現に俺は、勉強がかなり捗った。
気を遣ったり、傷つけたり傷ついたりという煩わしさもなくなる。
けど、それでもやっぱり誰かと一緒にいたくて。
それで、『高校デビュー』をしようと決めた。
だから……
「……その寂しさが、いま満たされているのなら……きっかけはどうあれ、こうして出会えてよかったと思うよ」
と、自らにも言い聞かせるように発したその言葉に。
煉獄寺は、静かに頷く。
「……うん。たぶん寂しかった。そう思う資格すらないと思っていた。学校生活が、こんなに楽しいなんて……中学までは考えられなかった」
「って、前にもそんなこと言ってたな。まぁ、それは俺も思うことだけど」
「……可愛い女の子に囲まれて、日常系アニメの主人公になれた気分」
「はは。だいぶ非日常なメンバーだけどな。でも確かに、想像以上に仲良くなったよな、お前たち」
「……うん。私、チェルシーと芽縷が大好き。あの子たちがそうでなくても、私は……初めてできた親友だと思ってる」
「あいつらも思ってるよ、絶対。見ていればわかる」
俺の言葉に、煉獄寺が「……本当?」と聞き返した……その時。
「あーっ、いたいた! おーい!」
そんな声と共に、芽縷とチェルシーがこちらへ駆け寄って来た。
俺が「おう」と手を上げると、芽縷が近づきながらニヤニヤと笑って、
「もー。二人ともいないと思ったら、こんなところでイチャついてたの?」
「ちげーよ! 俺らもさっきまで製作やってたの!!」
「まぁ。何をお作りになったのですか?」
ニヤつく芽縷の横で、チェルシーがにこやかに尋ねる。
俺は一度、煉獄寺の方を見てから、あらためて二人に目を向け、
「実は、ガラス彫刻を作りに行ったんだが……俺のせいでうっかりアニメのキャラクターを描いちまって。煉獄寺の作った分は没収された」
「えっ……」
「そんな……」
俺の説明に、声を上げるチェルシーと芽縷。
心配そうに見つめる二人の視線を、しかし煉獄寺は真っ直ぐに受け止めて、
「……大丈夫。また、いくらでも創ればいいから」
そう言って、少し笑った。
その横顔を、俺も微笑みながら見つめて。
「……で。そう言う二人は、結局何を作ってきたんだ?」
と、チェルシーと芽縷に尋ねる。
二人は一度顔を見合わせ、意味ありげに笑うと、
『じゃじゃーん!!』
後ろ手に隠していたものを、俺と煉獄寺に差し出してきた。
それは……
「おぉ、スノードームか」
「そー! デザインをいくつか選べたんだけど、あたしたちはこの富士山のにしたんだ♪ 可愛いでしょー?」
自慢げに語る芽縷の手のひらで、ドームの中の小さな富士山に雪が降り積もる。芽縷のは台座がブルー、チェルシーのはピンクだ。
「ほー、こんなん作れるんだな。よく出来てるじゃないか」
「でしょでしょー? そんでねー」
と、芽縷とチェルシーが再び目を合わせ、ふふっ、と笑い合ってから、
「──こちらは、薄華さんに」
チェルシーがもう一つ……黄色い台座のスノードームを、煉獄寺の前に差し出した。
二人のと同じ、富士山が中に入ったデザインだ。
「すみません。勝手に作ってしまいました。黄色はルシェルさんの担当カラー、でしたよね?」
「三人お揃いだよ♪ どう? 気に入った?」
煉獄寺はぽかんと口を開けて、二人の顔を交互に見る。
それから、差し出されたそれをそっと手に取り……
水中を漂う無数の雪を、静かに見つめて、
「………ありがとう。とっても、嬉しい」
今までで一番の笑顔で、チェルシーと芽縷に笑いかけた。
ほらな。やっぱりこいつらも、親友だと思っているんだ。
何も作れないと思っていた煉獄寺だったが……
いつの間にか、彼女のために何かを作ってくれる友だちを作ることができていたんだな。
笑い合う三人を眺めていると、芽縷が嬉しそうに言う。
「これでみんな一個ずつ思い出を持ち帰れるね♪」
「そういえば、咲真さんのは没収されずに済んだのですね。そのお手元の……なんの絵を描かれたのですか?」
チェルシーに聞かれ、俺は「いや、これは……」と下手くそな絵を隠そうとする。
が、俺の動揺を目敏く察知した芽縷に素早く奪われてしまう。あぁっ、煉獄寺にボロクソに言われたから見せたくなかったのに!!
案の定、芽縷は眉を顰めて、
「……んん〜? これなんの絵? 抽象画??」
って、ヒトの顔にすら見えないのか?!
重ね重ねショックを受けていると、芽縷の横でグラスを覗き込むチェルシーが、
「女の子のお顔、ですよね。可愛いです!」
……なんて。
キラキラした笑顔で、耳を疑うようなことを言い放つ。
「チェルシー……これを、可愛いと思うのか?」
「はい♪ とってもお上手ですよ」
ま……まじか……
チェルシー……お前だけだよ、俺の絵を理解してくれるのは……
感動に打ち震える俺を他所に、芽縷はなおもグラスをまじまじと眺める。
「あぁ、言われてみれば人の顔に見えてきた。……ん? なんかこれ、ちょっとチェルちゃんに似てる?」
「へっ?!」
「だって、この垂れ眉具合とか、耳尖ってるところとか、髪の長さとか、っぽくない? もしかしてチェルちゃんの似顔絵描いたの?」
いや……
いやいやいや、それはルシェルだから! 決してチェルシーを描いたわけでは……!!
と、弁明する前に、煉獄寺がぼそっと一言。
「……私も、そう思ってた」
うぉい! お前はこれがルシェルだってこと知っているだろうが!!
「……落留くんは、ルシェルだって言いながら描いてたけど……完全にチェルシーに寄せてた」
だから!! ルシェルであることを述べつつ余計ややこしくなるようなこと言うな!!!
もう黙っていられない。俺はベンチから立ち上がり、
「ちが……そんなつもりじゃ……!!」
全力で否定しようとする、が……その言葉を詰まらせる。
何故なら。
……目の前で、チェルシーが、
「……そうですよね。やっぱり、違いますよね」
……なんて。
例の垂れ眉をいっそう垂らしながら、残念そうに言ったから。
その、えらくしょんぼりした表情に……
俺は強く否定することができなくなってしまい。
「……いや、その………………こんなんで良ければ、今度ちゃんとチェルシーのこと描くよ。うん」
などという、わけのわからないフォローをしてしまう。
チェルシーは一瞬、驚いたように目を見開くと……
ぱぁあっ、と顔を輝かせ、
「……ありがとうございます。楽しみにしています」
思わず照れてしまうくらいに嬉しそうな笑顔で、そう言った。
……そんなやり取りをする俺たちの横で。
「…………にゃはーん」
芽縷の目が、キラリと光った気がした。
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