第6話 色が咲いたなら

『イェリンの双子になりなさい』

 そう言ったのは、ショーグレン先生だった。

『春を望むその心があるなら、あなたにはそれが出来るはずよ』

 わたしの片割れはアーヴィ。でも、いま、この瞬間だけは。

 わたしは、イェリンの片割れだ。


 選ばれた重圧も、選ばれなかった悔しさも。

 色抜けの苦しさも、春を乞う切望も。

 わたしたちは、知っている。だからきっと、誰よりも、春を望んでいるから。


 しなやかにやわらかく。あざやかにゆるやかに。まぶしくおだやかに。イェリンを紡ぐたくさんの『色』。イェリンを象るたくさんの『匂い』。その全てを、なぞるんだ。

 跳ねる。モニカはいつもここで天を乞うように手を指先までぴんと伸ばす。でもイェリンは違う。指先までやわらかく、すべてを受け入れるように跳ねる。力を抜いて。でも、おざなりにはしない。

 回って。真っ白な衣装のスカートが、綺麗な円を描くように。最後に左足を少しだけうちに寄せて。

 踊って。

 イェリンの歌にのせて。イェリンの声にのって。

 世界中に、色を、届けるために。


 湖が揺れるのが分かった。カーネリアの花が踊る。そして、湖が色を取り戻す。真っ白な湖が中心から、濃く深い碧へと変わっていく。

 歓声が上がる。

 一瞬、イェリンとアーヴィと目が合った。ふしぎなきもち。わたしいま、なんでも見える気がする。

 イェリンの歌声とともに、誰かの投げた白い粉が風に舞う。その粉の中で踊る。指先に白い粉。触れた瞬間、それは黄色い粉へと変わった。

 青い粉が、桃色の粉が、緑の粉が、空を舞う。踊れ。踊れ。踊れ。


 色が、春が、――やってきた!


 世界中が色を取り戻す。白から橙へ。白から赤茶へ。白から紫へ。白から。白から――花が、色とりどりの花が舞う。村中に飾られていた花は色鮮やかに様々な色を身にまとい、人々が投げていた白い粉はひとつ残らず青空に映え、飾りリボンも、刺繍も、煉瓦も、人々の髪や服も、何もかもが、目に痛いほどに鮮やかに輝いていく。


 シャンッ!


 最後の一節をイェリンが歌い終え、わたしが舞台の上で膝を折った時、大きな鈴の音が鳴り響いた。

 わたし、知ってる。こんなに大きな音を立てることが出来るのは、あの子だけ。

 顔を上げる。ハァハァと、息が上がる中で見えたのは、夕焼けより真っ赤な、髪の毛だった。

「……おつかれさま」

 真っ赤な髪のニナが、ちいさく笑った。


「モニカ!」

 アーヴィが声とともに抱き着いてきた。

「モニカ!」

 イェリンも。四つん這いで、ここまで寄ってきたらしい。

 二人に苦しいくらい抱きしめられて、ようやく役目が終わったのだ、と、分かった。

 体中から力が抜けていく。そのわたしの肩口に、黒い光が見えた。

「……あ」

「うん」

 そっと、アーヴィがわたしの髪を撫でてくれた。アーヴィと同じ、艶やかな夜の色。真っ黒な、本当の、わたしの髪。

 イェリンが泣いていた。ああ、本当に。大好きな、大好きな親友。

「モニカ、春が来たね」

「うん。ありがとう。イェリン」

「ううん。ううん。モニカのおかげだよ」

 イェリンは涙をぬぐう。

「泣かないのー、もう。ほら、セムラ食べに行こう?」

「たべる」

 こくんと頷くイェリンにわたしは笑って。それから、ふたりの目をまっすぐ見つめた。

 だってね。これを言わなきゃ、色流しの祝祭じゃないもん。

「――色流し、おめでとう!」


 こうしてわたしたちは、また色を取り戻す。次の冬までにはまた色抜けして、白化した世界がやってくるのだろうけれど、でも。これから何度も冬を迎えて、色抜けしたってきっと大丈夫。この、春の日を覚えていれば。

 この色にあふれた日を、覚えていれば。


 さあ。春を祝おう。色を祝おう。すべての色に、祝福を。

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彩りの春が咲いたなら なつの真波 @manami_n

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