第5話 祝祭の日


 ◆


 色流しの祝祭の日。今日はとてもいいお天気になった。

 雲ひとつない透き通った青空が、どこまでも広がっている。村中には様々な飾りつけがされていた。村の入り口にある質素な柵も、誰かの手で白いレース布がかけられ、白い花が飾られている。地面も白く、広場の中心の湖も白い。広場に敷き詰められた幾何学煉瓦もうっすらと濃淡はあるけれど真っ白だ。――ここも二年位前までは、色があった気がするけれど。

 でも、いつもなら寒々しいだけのその景色も、今朝は違う。白いままのものがほとんどだけれど、それでもめいっぱいの飾りつけがされている。旗もあるし花もある。子どもが作ったわっかだってある。夜にはともされるランタンも、すでに飾られていた。

 そして、今日の広場には沢山の屋台が出ている。いい匂いをさせている食べ物の屋台もある。

「モニカ、セムラが売ってる」

 小さい声でそう言って、アーヴィの背中にいたイェリンがあそこ、と指をさす。

 セムラはちいさいお菓子だ。ふわふわの丸い生地を半分に割って、たっぷりのクリームが挟んである。お祭りにはいつもある食べ物。イェリンは甘いものが大好きだから、特にあれが好き。

「あとで食べよーね」

 イェリンに言うと、イェリンは嬉しそうに頷いた。

 屋台は食べ物よりは、色売りの店のほうが多い。いろんな植物を乾燥させて粉にして混ぜた染料粉、白い水、花。いまは真っ白なそれらを、みんなが買い求める。

 そして、湖の側には舞台が作られている。アーヴィはそこに、イェリンを下ろした。

「じゃあ、がんばろうね、イェリン」

「うん、アーヴィ」

 アーヴィは笑ってイェリンと手を打ち合わせた。それから、わたしも。アーヴィとイェリンと、ぱちんと音を立てて、手を叩き合う。

 さあ。祝祭の始まりだ。



 彩の候補生たちの鳴らす鈴の音が広場に響く。集まっていた人々が一瞬にして静まった。わたしの横はニナ。ちょっと気まずかったけれど、でも、ニナはちゃんと始まる前に謝ってくれた。わたしにも、イェリンにも。

「わたしだって、彩の候補生よ」

 泣きはらした目でそう言ったニナは、ちょっと、ほんのちょっとだけ、格好良かった。

 わたしたち候補生は男女混合で鈴と笛を鳴らしながら列をなして歩き出す。村中を周り、そして、アグーの森へ。真っ白だった村の中から、まだ色が残る森の奥へ。候補生たちの一番後ろには、アーヴィが続く。ゆっくりと、ゆっくりと。そして少し距離を置いて、村人たちも続いた。

 神樹カーネリア。瑞々しいその樹に、一輪の大きくて美しい花が咲いていた。真っ赤な花。

 神樹カーネリアをわたしたちは囲って、一層激しく鈴と笛を鳴らす。やがて村人たちからも掛け声が響き渡りだした時、アーヴィがすうっと両手を天に向けた。

 ――パンッ!

 大きく手を打ち鳴らす。瞬間、わたしたちも村人たちも、一切の音を止める。並んだわたしたちにアーヴィはゆっくりと視線を流してから、静かに前に出た。

 舞う。

 彩りの神子の踊りは、女の子である咲の巫女とは違う強い踊りだ。手足が力強く大地を打ち、天に伸びる。時折発するアーヴィの声も、いつもの静かでやさしい声とは比べ物にならないくらい低く、たくましい。そして。

「ハッ」

 短い掛け声とともに、アーヴィの手が一閃した。

 命のように赤い花がこぼれる。

 それを落とさず両手で受け止めると、アーヴィは恭しく神樹カーネリアに一礼した。

 ――よかった。まずは、ここまでは問題ない。

 カーネリアの赤い花を抱えたアーヴィが歩き出す。行きとは逆に、今度は彩りの神子が先頭に立ち村の中へ戻っていく。同じように村を周って、それから、イェリンが――咲の巫女が待つ、舞台へ。

 舞台の下へ来ると、アーヴィは飾り椅子に座ったイェリンに赤い花を掲げる。それから、すぐそばの湖へと赤い花を流した。

 ゆらゆらと、赤い花が水面を揺らす。その様子を見つめて、そっと、イェリンが口を開いた。


 リ アジェラ ムィ ラゼほら 春が呼ぶわ

 ノーフィ ラ シィア クィ ラゼほら 世界が光るの

 モーモリ アン デューノーシィ失ったものを もう一度得て

 クィ ラ ラゼ オ ラゼほら 彩って ほら


 遠い遠い昔の言葉だという、春を呼ぶための歌。

 イェリンの細く、でも芯のある透明な歌声が、どこまでも広がっていく。誰もが聞き惚れてしまうような歌声。

 そして。

 わたしはゆっくりと、舞台へと足を向けた。

 この瞬間から、わたしはモニカじゃない。

 咲の巫女、イェリン。――その代わりだ。


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