第15節 -その御心は誰が為に-

 機構との会合を終えて教会の宿舎へと戻ったロザリアとアシスタシアは午後のティータイムを楽しんでいた。

 二人好みのロイヤルミルクティーとお茶請けに色鮮やかなしっとりとしたフルーツパウンドケーキがテーブルに並べられている。

「皆様との協力関係の構築は無事終わりましたわね。」明るい笑顔でロザリアが言う。

「あれを指して無事…というのでしょうか。隣で破談するのではないかと心配でなりませんでしたが。火種を作ることはお止め下さいとあれほど…」疲れ切った表情を浮かべたアシスタシアは返事をしながらも途中で言葉を紡ぐことを諦めた様子で溜め息をつく。

「心にゆとりを持つものですわよ?アシスタシア。話の内容がどうあれ、最終的には協力関係を結ぶという流れになることは自明の理でしたもの。ただ、少しわたくしも戯れが過ぎたかもしれませんわね。久方ぶりにお会いしたイベリスの姿に昂ってしまって。うふふ…」

「うまく機構の一員として振舞っているようでしたね。」

「えぇ。あの様子であれば調査活動と称して彼らと行動を共にしていても目立ちすぎるということもないでしょう。ただ、元々の容姿の美しさで見惚れられる殿方は大勢いらっしゃるかもしれませんが。レナトも大変ですわね?」


 どこまでが本気でどこまでが冗談なのか判断に困る。アシスタシアは再び小さな溜め息をついた。

 常に隣に控える自分ですらこの有様なのだから、先の会合において機構の面々が会話の進め方に困っていたのは至極当然だと感じていた。

 目の前では機構を困惑させた張本人である総大司教が美味しそうにパウンドケーキを口に運んでいた。

 こうして目の前で眺めていると本当にただの年頃の美しい少女にしか見えない。

 その双肩でヴァチカン教皇庁のパトリアルクスという大任を担っているとは思えないほどに。


「ロザリア様、機構の方々との協力関係を取り付けるという目標までは確かに達せられました。以後はどのようになさるおつもりですか?」

「約束通り、アヤメさんに関する情報や対応策をお話する必要があるでしょうね。11日後に控える次の事象が実行される前に、何らかの対応策を見出す必要があるのでしょうから。」ロザリアはどことなく他人事のように言った。

 パウンドケーキを食べ終えたロザリアはナフキンで口元を丁寧に押さえて拭う。その仕草に妙な色香が漂っているようでアシスタシアは少しばかり目のやり場に困ってしまった。

「あら、どうしましたの?」

「いえ、何でもありません。」

「そう。」

 いつもと変わらない穏やかな微笑みを湛えながら彼女は言う。

 万物の過去を視通す目を持つ彼女からすれば、今自分が考えていたことなど簡単に見抜いているはずなのに、それを口に出そうとはしない。


 レイエンド・ラ・メモリア《記憶読取》。

 いわゆるサイコメトリーと呼ばれる力で人物、物体問わず万物の過去の記憶や記録を視通す能力を指す。それが彼女の持つ力のひとつだ。

 本来、サイコメトリーとは対象となるものに直接手を触れることで過去の記憶を読み解く能力を指す。しかし、彼女の場合はそれとは事情が異なる。

 ロザリアは対象に触れるだけではなく人物に対しては “一瞬でも視線を合わせるだけで” 対象の過去の記憶を読み取る力の行使が可能であり、物体に対しても手を一切触れることなく見つめるだけでそのものがもつ〈記録〉を読み解くことができる。

 先の機構との会合においてこの力を使ったと思われるやりとりが把握できるだけで三回ほど見受けられた。


 アメルハウザーという隊員に人間の感情論の話をした時。

 ブライアンとウェイクフィールドという指揮官に “灰色の枢機卿” という単語を使用した時。

 そしてイベリス以外に拘りを見せていた姫埜玲那斗に自分のことは名前で呼んでもらって構わないと言った時。


 おそらくモーガンと言う隊員には必要が無かった為に能力の行使はしなかったのだろう。加えて、理由は不明だがヘンネフェルトという隊員にも同様にその力を使用した形跡はない。

 いずれにせよ、会合の場においてもそれぞれの人物の深層心理や過去の記憶に基づいて、この話をすれば刺激するという内容をわざと言葉に散りばめた上で話をしていたように感じられた。

 それが総大司教であるロザリアと言う少女の話し方なのだ。相手の弱みを確実に突いて対話を行い、いつの間にか自身のペースへと巻き込み、最終的には取り込んでしまう。

 イベリスが会合で話した似た人物というのは紛うことなく彼女本人のことであるが、その話で言われた “類まれなる才能” というものは彼女がもつ人間を惹きつける力と言っても良い。

 恵まれた容姿、声質、一挙手一投足における仕草。これら全てを合わせることで、感情を持つ人間であればどんな人物であっても自らの従順な僕へと変貌させることすら出来得る。

 無邪気な少女の振りをしているがその実、神に仕え人の心を惑わす怪異…又は “聡明な肉食獣” の類ではないかというのが自身の見解だ。


「アシスタシア?考え事かしら?」

 ロザリアの声でアシスタシアは思考から我に返る。

「根を詰め過ぎるのは良くありませんわ。先程も言った通り、心にゆとりや潤いといったものは必要ですもの。ケーキ、美味しいですわよ?」

 彼女はそう言いながら空になっていた自分のティーカップに紅茶を注いでくれた。

「ありがとうございます。」

 礼の言葉に彼女はただ微笑みを返す。

「ロザリア様、お伺いしてもよろしいでしょうか。」

「何なりと。」ロザリアは自身のカップにも紅茶を注ぎながら返事をした。

「会合の終わりに彼女から言葉をかけられた時、なぜあのようなご返答を?」

 紅茶を口に運び一口ほど飲んだロザリアはカップを置いて答える。

「言葉のままですわ。 “全ては神の御心のままに”。」

「あの時のロザリア様がお考えになっていたことが私にはどうしても分からないのです。」

「それを知る必要がありまして?」さらりと受け流すようにロザリアは言う。

「…いえ、申し訳ありません。出過ぎた質問でした。」ばつの悪い表情をしてアシスタシアは彼女から目を逸らした。

「構いませんよ。知りたいのであれば知りたいと言えば良いのです。貴女の心が必要だと感じたからこそ、その質問をしたのでしょう?素直な子は愛おしいものですから。」

 我が子を優しく諭すように言うと、アシスタシアの質問に答えた。

「わたくし自身、千年前に彼女と互いに深く話しておくべきだったのかどうかは分かりません。それこそ、真意を知るのは我らが主のみ。神の御心によってのみ裁定が下されることでありましょう。互いに言の葉を重ね合うことが無かったというのは、それが主が下した裁定であり元より定められた宿命であったというだけのこと。ただ…」

 その言葉にアシスタシアはロザリアに再び視線を向ける。

「もっと話しておくべきだったかもしれないと、 “わたくしの心は” 思ったのです。」


 ロザリアの発言にアシスタシアは驚愕の表情を浮かべた。

 有り得ない。千年前から今に至るまでその身の全てを神に捧げ続けて来た彼女の口から、自らの心の在り方が神の真意を越えたと言ったのだ。定められた結末に異を唱えたと言ってもいい。


 アシスタシアの様子を見てロザリアはこともなく言う。

「満足したかしら?」

「え、あ…はい。ありがとうございます。」

 口ごもる自分に対してロザリアは再び微笑みだけを返した。

 思いもよらない答えに呆然としていると、いつまでもケーキを食べない自分に業を煮やしたのか、ロザリアが身を乗り出して自分の手元にあったパウンドケーキを自らの手元へと移動しようとする光景が目に入った。

 慌てて制止する。

「ロザリア様、なりません。お行儀の悪い。自分の子がケーキを求めるのに、石を与える者がありますか。」

「違反を許す者は愛を示し、くどくど言う人は友を引き離しますわ。」しょんぼりした表情でロザリアが言う。

「誰がくどくどですか!先程、食べられた後に満足そうな笑顔をしておられたではありませんか。このケーキは私のものです。」

「いつも与えなさい。さすれば、人々が与えてくれましょう。」不服そうな表情の中に『ちょっとくらい良いのでは?』という笑みを湛えたロザリアは尚も皿を離そうとしない。

「都合良く福音書を持ち出してもだーめーでーす!職権乱用です!総大司教ともあろうお方が我欲を剥き出しにして何という…!嘆かわしい!」しつこく食い下がるロザリアに対してアシスタシアは抵抗する。

 2人による賑やかな茶会はこの後もしばらく続いた。


                 * * *


 ヴァチカンの使者との会合後、マークתのメンバーはここまでに得られた情報を全員で共有する為にミーティングを開いていた。

 話し合いの中で気になったことを互いに確認し合う為だ。

 場所は先程の会議室から移動して、小さめのミーティングルームを貸し切りにしている。

 それほど広くなく、5人で話し合いをするには丁度いい空間であり、飲み物も自由に用意できて幾分かリラックスしながら話し合いが出来る環境だ。

 全員がコーヒーやジュースなどを手元に用意して円形のテーブルの周囲に着席する。

 話し合いの用意が出来たのを確認すると、隊長であるジョシュアが最初に口を開く。

「何とも釈然としない会合だったな。とても疲れた。」率直な感想だ。

「はい。ひとつひとつの内容を遠回りで話されたと言いますか…言葉では表現しづらいやり辛さがありました。」ルーカスが答える。

「乗せられたな、ルーカス。彼女達の見た目に騙されるな。あれはかなり老獪な輩と見た。最初からどういう対応をしてくるか予想した上での会話に違いない。まるでこちらの心の内を読んで話しているような印象すら感じられる。」

「すみません。以後気を付けます。」

「だがルーカスの言葉については、その場の全員が思ったことでもあるだろう。玲那斗とフロリアンは先の会合をどう思った。」ジョシュアの言葉にまず玲那斗が返事をする。

「ルーカスに同じくです。終始あちらのペースに乗せられてしまいました。話しているようで話していない。そのもどかしさにこちらがしびれを切らせば向こうの思う壺。正直、会合の内容も頭の中でうまくまとめることも出来ていません。」

「僕は過去に僅かながら対面したことがあるので、その…何というか、想像通りでした。」フロリアンが言う。

「そういえば、総大司教様はフロリアンに開口一番で久しぶりだと話していたな。ハンガリーで彼女と会ったのか?」ルーカスが問う。

「はい。クリスマスの翌日に聖イシュトヴァーン大聖堂前の広場で初めて話をしました。対面して話していると全身の毛が逆立つような感覚がするんです。何か内に秘めた仄暗さがあるというのか、隊長のおっしゃる通り見た目に惑わされてはならないと言いますか。」

「事前通達が無ければヴァチカンの要職についている人物とはとても思えない容姿ではあるし、実際に話してみると身に纏った空気も含めて底の見えない不気味さがある。俺もそう感じたよ。」フロリアンの言葉にジョシュアが答える。

 皆が会合のロザリアとアシスタシアの印象について話をしている中、イベリスは手に持ったリンゴジュースの紙パックを置いて言った。

「そうね、皆の感覚は正しいわ。」

「会議の時から思っていたが…イベリス、何か知っているな?教えてくれないか。」ジョシュアが言う。

「お昼を食べるときに玲那斗には話したのだけれど、確証が持てなかったから皆には言えなかった。でも今ならはっきりと言い切ることが出来る。彼女は私と同じ、真っ当な人間ではないわ。」

「イベリスと同じだとは全く思わないが、真っ当で無いことだけは良く分かる。大事な会合であの物言い。少しずれてるとしか思えない。」ルーカスがしっかりと頷く。

「あの…」イベリスが言いかけるとジョシュアも意見を言う。

「大胆不敵と言うか何なのか。最初から結論が出ていた会合と言うこともあったが、万が一にでも協力の話が破談する可能性を考えたらあれはなかなか言えないよな…」

「あの…その…」イベリスが再度言葉を言いかけるとフロリアンが言う。

「彼女と目を合わせたら何かダメなような気がしてずっと警戒していたんですよね。おかげで何を話していたのかあまり頭に入りませんでした。」

 しびれを切らしたイベリスは膨れながら言った。

「ちょっと!みんな真面目に聞いて!」

「おう。彼女がリナリア公国七貴族の一家の出身で、神に仕える家系の令嬢だということだな。非凡な才能を持つ彼女は年端もいかない年齢で当時のローマ帝国へ渡り、ヴァチカンで過ごすことになった。以後、人としての寿命を全うして生涯を閉じたはずである彼女がなぜか現代にも存在していると。」ルーカスが言う。

 呆気にとられた表情でイベリスは無言になる。なかなか事情を言い出せずに顔を伏せるようにしていた玲那斗が隣で苦笑しながら小声で言う。

「ごめん…イベリス。実は会合が始まる前にヘルメスを通じてこの場にいる皆にだけは情報を事前共有したんだ。その方が後々の話に有利だと思ったから。君が机を指で二回叩いた時、隊長もルーカスもフロリアンもその合図があった時点で彼女が真っ当な存在では無いということを把握したんだよ。」

「大丈夫だ、もうどんな話を聞いても驚きはしない。」悟ったような表情をしたジョシュアが意見を添える。

「それなら、彼女の態度に対して語気を強めてロザリアに詰め寄ったのは?」イベリスがルーカスを見て言う。

「半分本気、半分演技ってところだ。」落ち着いてというジェスチャーを手でしながらルーカスは笑顔で答えた。

 イベリスは不満そうな表情を浮かべてぷいっと横を向く。

「玲那斗ったら、酷いわ。私にだけ教えてくれないだなんて。真剣に話そうとして損した気分よ。」

「彼女と君とは自然に話をしてほしいと思ったんだ。考えることを少なくした方が気を使わずに話せるんじゃないかって思ったし、彼女からも素直な答えを引き出せると思ったから。」

「もう。知っていたとしても普通に話したわ。もっと信用してくれても良いのに。」

「俺達にとってもイベリスが会合に出席して話をするのは初めてだからな。まだどこでどういう調整をしたら良いのか感覚として分からないんだ。それは信用していないんじゃなくて、気負わせないようにっていう玲那斗なりの優しさだよ。」ジョシュアが玲那斗をフォローする。

 その言葉を聞いたイベリスは悪い気がしなかったのかそれ以上不満を言うことは無かった。ただ、直後に全員が想定していなかった事実を明らかにする。

「そう、でも自然な会話を狙って…という魂胆は私には通じても彼女にはきっと通用しなかったわね。小細工的なことは間違いなく全てお見通しよ。」

「どうしてそう言い切れるんだ?」玲那斗が言う。

「心を読むの。」

 イベリスの回答に全員の表情がやや険しくなる。

「レイエンド・ラ・メモリア。記憶の読取、今風に言うとサイコメトリーというのかしら。ロザリアは他人や物質に秘められた過去の記憶、記録といった心の内を読むのよ。読み取ろうとする対象が得た体験、経験、記憶、感情。それらを読んだ上で人と接するから対応に誤りが無い。言われて嫌なこと、言われて嬉しいこと、その場で言うべきこと、その場では言わずにおくべきこと、それらが分かっている状態で他人と会話をするの。」

「イベリスが言っていた “人を惹きつける才能に溢れた” というのはそういう意味なのか。」玲那斗は会合の場でイベリスが話したことを思い出した。

「ルーカス。昔の仕事のことで言われたら嫌だと思うことを的確に言われたでしょう?」

「AI研究で嫌と言う程に人の感情論について研究をしたからな。初対面の相手から教えもしていない昔のことに触れられるなんて、まさしく痛いところをそのまま突かれた格好だな。仮に本気だったとして、あれでは言い返そうにも言葉が出て来ない。」ルーカスは苦い表情で返事をする。

「それがロザリアと言う人物よ。」

「なるほど、それが彼女が持つ特別な力という訳か。千年を超えてこの世に存在するサイコメトリーの能力を備えた人物。確かに教皇不可謬説を覆してあの地位に納まるには十分な素質と言えるかもしれない。しかし心を見透かされた上で話をされるというのは厄介だな。」話を聞いたジョシュアが感想を述べる。

「彼女が本当に優れているのは、人の心を読むことだけではない。その容姿や声、仕草などあらゆる要素が人々を惹き付けること。その気になれば人の心を掌握して洗脳するなんてことも簡単にしてしまうかもしれない。フロリアンの抱いた目を合わせたらダメだという直感は正しいわ。」

「協力関係にあるとはいっても非常にやりにくい相手になりますね。直接会って話せば隠し事は通用しないということですから。ストレートに一切隠し事をしないという手段をとれば良いのでしょうけど。」フロリアンが素直な思いを吐露した。

「イベリスがこちらにいることで、自分がどういった人物なのかを俺達が知ることになるのは想定の範囲内だろう。そう考えると、 “お前達に隠し事は出来ないぞ” とプレッシャーを掛けられている状況にもなる。それならフロリアンの言う通り、最初から隠し事はしないという手で行く方が何も気にせず調査が出来るかもしれない。問題なのは開示した情報を第三者に漏らされる可能性だが…」

「それは無いでしょうね。ロザリアのことだから、そこまで強く押してくるのは別に何か意図があるとは思うのだけれど、私達に不利な状況が訪れるように動くとは思えない。むしろ、最終的には有利に立ち回れるようにするから隠し事をしないでという風な意思表示だと私は受け取りたいのだけれど。」ジョシュアの考えにイベリスは否定的な意見を述べた。

 挑発的な物言いといい、あまりこちらに協力的な姿勢を示すとは思えない彼女を見た上でイベリスが反対意見を述べるということはそれなりに理由があるのだろう。

 そう思った玲那斗は、会合の最後で気になったことを今尋ねてみることにした。

「イベリス、彼女が退出するときにした質問にはどういう意味があったんだ?」


 ヴァチカンへ去ってしまった彼女と自分はもっと互いに話をするべきだったのか。


「ロザリア。可哀そうな子。人の心を読んでそれにふさわしい対応をするということは、自分が思う本音を明かさないということと同義。いつだって求められる答えを話し、自分の思う答えは胸の中に秘めたまま。私はそれを知っていながら彼女と本音で向き合うということを生前にしていなかった。だから言ったのよ。 “貴女と本音で話しをしてみたかった” という意味を込めて。」悲しそうな目をしながらイベリスは言った。


 あの時、イベリスの問い掛けにロザリアはこう返事をしていた。


『全ては神の御心のままに。』


「あの返事は彼女らしい答えではあるのだけれど、彼女らしくない答えだったと思うの。私の本音は分かっているのだから、普段の彼女であれば求められる言葉に応えようと違う回答をしたはずよ。でも少し考えてからわざとどうとでも取れる回答を口に出した。その御心とは誰の為のものなのかしらね。」

「神が決めたことならそれで構わないという意味か。確かに彼女の立場であれば自然な答えのように聞こえる。が、言われてみればどことなく “本心は違う” というニュアンスも汲み取ることが出来るな。」イベリスの感じたという内容にジョシュアは同意を示す。

「あの子がそんな風にものを言うなんて、私の記憶では一度たりとも無かったこと。だからあの言葉は、私の本音に対して彼女が自分の立場で言うことが出来る最大の譲歩をした本音を初めて聞かせてくれたものだと思いたい。」

「だから今回は信じるって?お人好しだねぇ。結局は想像の域を出ない考えでもある。…ただ、そういうのも悪くは無いけどさ。」すっきりと認めたくないという様子のルーカスが悪態をつく。横では玲那斗が先程ルーカスがイベリスにしていたのと同じように気を鎮めろというジェスチャーをしている。

「それで結構よ。可能性を信じずに見捨てるより、信じた結果として裏切られる方が私にとってはマシだもの。」初対面で傷を抉られ苦々しい表情をするルーカスの心情も汲み取りつつ、イベリスは自分の気持ちを素直に伝えた。

「よく分かった。しかし、個人の意思の在り方をそのまま調査方針として採用するかどうかは議論の余地がある。我々は組織だからな。結局どうするかについては機構が行う調査においてより良いと判断できる意見を採用するわけだが…まぁ、なんだ。今回はイベリスの意見を取り入れよう。隠し事をすることも事実上不可能なわけだしな。」

「ありがとう、隊長。」意見を聞き届けてくれたジョシュアにイベリスは礼を言う。

「ただし、彼女達が第三者へ情報を漏らすようなそぶりを僅かにでも見せれば考えは改めなくてはならない。良いな?」

「分かっているわ。私個人の意思より大切な目的があることを忘れてはいないから。」

「良いだろう。このことは後で少佐とモーガン中尉にも伝達しておこう。2人とも、今さらどんな突拍子もない話を聞いても驚きはしないだろうさ。では、次にそれも踏まえた上で後にテンドウ夫妻と話す内容の確認をしていこう。事によればヴァチカンの2人に意見を伺わなければならない事柄があるかもしれない。そうした場合の対応の仕方も含めて質問事項を整理するぞ。」

 ジョシュアの号令で議題が移り変わる。夕方の会合までは時間にまだ余裕がある。

 大統領やヴァチカンといった自分達と最初から協力関係を結ぶことを前提とした機関以外とのこの地における初めての話し合いが近付く。

 より真剣に、確実に必要なことを聞くことが出来るように一同は準備を進めた。


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