第3話 ちくわの穴の向こうには何が見える?

「なあ、どうしてこうなった……」

「ははは…… どうしてこうなったんでしょうね」

「シャムよ…… コレは笑い事なのか?」

「とりあえず二人とも、そういうことは今は言いっこなしで…… とりあえずこの状況をなんとかしましょうよ」

「そう……だな」

「……うん、ペグの言うとおりだね」


 まだ納得がいかないテツさんの呆れ果てた声は、顔を見ずにも理解は出来たし、その声がこの状況がとてつもなく良くないものだと教えてくれた。ありがとう。って考えてる場合か? その隣で空を仰ぎシャムが怠そうに声を出した。


「それから、ペグ〜 今またどうでもいいこと考えてたでしょ?」

 あっという間にシャムの笑いをこらえた声に変わり、俺に向かって降りそそぐ。そんな声が聞こえて、俺は半笑いで頭を搔くと項垂れてしまった。


 上手くいかない時は、何をやっても正直ダメなのだ。


「ねえ、ペグ。なんで此処なのよ。よりにもよって……」

 俺たちは、水の張ったプールの真ん中でズブ濡れで立っていた。校庭では、野球部の若い声が聞こえた。どうやら俺たちはまた飛んだらしい。


 此処は俺とシャムが通っていた高校だ。

 プールサイドの壊れかけた金網は、俺とシャムが高三の夏に無理やりペンチで壊して入ろうとした跡だった。



 ******


「今日は、みんなでお祭り楽しんでいらっしゃいね」

 ばあちゃんは商店街の祭りには毎年参加しない。じいちゃんを思い出すからと眉根を下げて寂しそうに笑う。それにうちの店は祭りにはあまり意味の無い店だからと、ばあちゃんは笑って言った。だから俺は、毎年シャムの和菓子屋の手伝いをしている。今年は冷たい水饅頭と季節の練り切り、それから特製餡の氷あずきを出すらしい。もちろん小さなお客様のためにイチゴシロップとバニラアイスが上に盛られた氷いちごもある。

 俺は、その店の前で水風船をビニールプールに浮かべて客寄せをするのがお手伝いだ。ゲームは、一回たったの五十円とリーズナブル。うちの店の空気入れが活躍したのは言うまでもない。

 テツさんと言えば、お店の売り子を自らかって出てやっていた。あの爽やかな笑顔のイケメンは客寄せパンダに調度良いと、シャムの親父さんは笑って言っていた。

 シャムの実家は、昔ならではの和菓子から若い人にも喜ばれるような可愛くてお手軽な和菓子まで様々な物が並んでいて、駅の前ということもあり繁盛していた。もちろん俺もここの栗どら焼きが好物で、小さなころからの常連客だったりする。

 小さなころは、シャムのことは全く知らなかった。それもそのはず、商店街の真ん中の十字路が境目で小学校の学区が違うのである。何度か俺を見かけていたとシャムは高校二年の新学期に声をかけて来たのが、俺とシャムの出会いである。


 まあ、それはさておき。祭りは、二日間あって、神輿が出たり、お祭り広場ではこの街出身のお笑い芸人が司会をするコーナーなどもあったりして、毎年とても盛り上がる。今日は夕方の五時から夜の十時まで開催する。色々な出店も商店街の人たちの頑張りで毎年盛大である。


「お前たち! 今日はもう上がっていいぞ! 明日のこともあるから神社に三人で行ってお願いでもしてこい」と、シャムの親父さんはビールを三本と揚げたてのちくわの磯辺揚げを俺たちに手渡した。暑くてのぼせ上がりそうな俺たちは、ビール片手に神社に向かう。渇ききった喉によく冷えたビールがジンジンと痺れるように通っていく。まるでアルコール全てが身体に染み込むように俺とテツさんは、あっという間にほろ酔いになった。シャム以外の俺たちは世間でいう「下戸」というアレだから一本を飲み干すころには顔が赤くなり視界がぼんやりとする。

「本当に二人とも弱いのな」と、シャムは笑う。


「お酒が飲めるからって大人じゃないのよ〜 人生は経験! それがいちばん大事」

 テツさんは、よろよろと神社の入口の削れて元が何の形かよく分からない石像に寄りかかった。

「あーあー…… テツさん酔がはやいですって」

 俺はそう言いながらミネラルウォーターを手にテツさんを支えようと近付く。すると、こともあろうに松の木の根っこに足を取られて、そのまま俺がテツさんに突っ込みかけたところをシャムが俺のシャツの背の部分を引っ張り止めようとした。


 が、間に合わずに三人揃って小さな池に落ちてしまったのである。

 スローモーションのようにちくわの磯辺揚げが空中を舞い、俺たちは叫び声を同時に上げた。


「のわああああああ〜! 馬鹿あああ!」


 幸いとても浅かったので怪我することもなく、びしょ濡れで三人で立ち上がった時に、それが起きたのだ。


 俺たちは、冒頭のプールの真ん中という有り様だった。



 現実世界のこちら側とあちら側。

 あの世とこの世の境域にある次元。つまり、俺たちが認識している時空や空間の外側。そこにある未知なる世界。一般的に「異界」「他界」などと呼ぶ。

 "あの世"とは、日本人の宗教観でいう「黄泉の国」「極楽浄土」「地獄」など死後に行く世界。また、異界の例えのひとつ「霊魂」や「妖怪」などによる不可思議な現象がおこる不穏な時空や場所を指すことが多いのだ。


 異界は「魑魅魍魎」が「跳梁跋扈」しているところとも言われていたりする。


 これに片足突っ込んだら、どうなっちゃうことやら。まあ、あんまり考えたくないなと俺は思う。


 ところで、まだ食べていないちくわの磯辺揚げはどこに行っちゃったんだろう。いい匂いしてたのに食っとけば良かった。


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