4.

「今晩は」


「お疲れ様です!」


「これ、お酒」


「わーい。コートはそちらにどうぞ。準備できてますから座ってください」


「お邪魔します」


 ビニール袋を覗くと、缶チューハイとビールが数本。それぞれ食卓に並べて、グラスを取り出した。


「今日はエビグラタンと、エビとトマトのクリームパスタ、野菜ゴロゴロコンソメスープに、アボカドサラダと、カプレーゼです」


 食卓に並べられた食事を説明すると、冴島さんは気まずそうに顔を曇らせた。


「ごめん。エビ、アレルギーなんだ」


「えっ」


「先に言わなくてごめん。せっかく用意してくれたのに」


「気が利かなくてごめんなさい。パスタだけでも作り直しますから、サラダとスープ食べて待っててください」


 エビアレルギーだなんて知らなかった。また、やってしまった。がんばったんだけどなぁ。


「いいよ。柴田の料理、冷めちゃうし」


「ううん。私のはあっため直せばいいんで」


 冷蔵庫を開けて確認するが、大した食材が残っていない。


「すみません、ナポリタンとかでもいいですか?」


「エビが入ってなければなんでもいいよ。作るの大変ならレトルトとか、冷凍食品とかでもいいし、今からコンビニ行ってもいいし」


「それでは私の気が済まないので。ナポリタンを作ります」


 パスタを多めに茹でておいて良かった。フライパンに切った食材を入れ、手際よく作っていく。


「料理教室通ってるのは伊達じゃないね」


「ありがとうございます!」


 気を遣って褒めてくれているのが分かる。申し訳なさで、私はいっぱいだった。


「お待たせしました。当店自慢のナポリタンです。お好みで粉チーズをどうぞ」


 まだ湯気が上るアツアツのパスタをお皿に持って、冴島さんの前へ出した。


「ありがとう。色々用意してくれたのにごめんね」


「こちらこそ、ごめんなさい。こんなものしか出せなくて」


 いつもそうだ。こうやって、頑張ったことが空回っていく。どうして上手くできないのだろう。


「美味しいよ。パスタも、サラダも、スープも。グラタンとこっちのパスタが食べられないのが悔やまれる」


「嬉しいです」


 くよくよしてたら、冴島さんにもっと気を遣わせてしまう。振り切って、笑顔でお礼を言えた。


「アイブロウを貸しただけなのに、こんなに作ってもらって申し訳ないなぁ」


「そのくらい助かったんです」


「用意するの、大変じゃなかった?」


「そんなことないですよ。もともと料理するのは好きですし、喜ぶ顔が見たくて作りすぎちゃったくらいで。あ、スープとサラダはおかわりあるんで、遠慮しないでたくさん食べてくださいね!」


 冴島さんはにっこり微笑んで、美味しそうに食べてくれた。本当はグラタンのホワイトソースを作るのだってすごく時間がかかったし、パスタのクリームソースもとてもよくできたんだけれど。


 それでも、こうして喜んでくれる顔が見れたら、それでいいかなと思える。


「柴田はさ、なんでそんなにがんばるの?」


 食事を終え、ゆっくりとお酒を飲んでいると冴島さんが聞いてきた。


「なんでって、がんばったら認めてもらえるじゃないですか」


「柴田はもう充分、がんばってると思うけど」


 そんなことはない。全然ダメダメだし、がんばったことが全然結果に繋がらないのだから。


「今の自分、認めてあげなよ」


 冴島さんは少し酔っているのか、頬に薄紅を差したみたいな顔で私に言った。


「今の自分をよく見て。それから周りの人、相手のことも」


「私の周りはできる人たちばっかりだなって思っちゃいます」


「そんなことないでしょ。できるように見えているのは、その人はきっとコツコツ努力をしてきたってことなんだよ。毎日地道に積み重ねてきたものが、ようやく日の目を見ているだけ。いきなりなんでもかんでも、できるようにはならないよ」


 そう言われても困ってしまう。


「近道なんて、どこにもないのよ。今を精一杯続けていくだけ。それに柴田はホウレンソウ忘れがちだから、それさえクリアすれば大丈夫」


「そうですかね……」


「そうだよ。私が保証する」


 冴島さんにお墨付きをもらえたのはとても嬉しい。


「柴田のこれまでのミス、というか、空回ってる感じって報告か連絡か相談をしていたら解決できることばっかりだと思うの。せっかくがんばったことが裏目に出ちゃうの勿体ないよ」


 そう言われて思い返してみる。


 昨日の化粧は、誰かに相談しておけば良かったんだ。今朝の眉毛書き忘れ事件だって、もう一度よく確認すれば良かったし、仕事のファイルだって一言理由をつけて報告すれば回避できたかもしれない。冴島さんに作る料理も、事前に連絡しておけば良かったことだ。それよりもっと、前の失敗も……。


「ありがとうございます。いつも空回っちゃうのなんでだろうって思ってたんですけど、教えてもらえてスッキリしました」


 私が失敗するのは、相手のことを見てなかったのが原因だったんだ。


「大丈夫。柴田は努力できる子だから、私なんかよりすぐできるようになるよ」


「そんなことないですよ」


「ふふ。お礼は、また手料理作ってね」


「もちろんです! いくらでも作ります!」


「今度はエビ抜きね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ギアはひとつじゃ回らない 燈 歩(alum) @kakutounorenkinjutushiR

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ