第22話


「わ、妾の娘がそなたをかばったということは、そなたがこの中で一番力が強いのであろう!なのに、なぜそなたは妾の娘を連れて逃げると言うのじゃ!男であるならば妾と戦うのじゃ!しかもこの中で一番強いのであればなおさらじゃ。」


 しばらく呆然と空を見上げていたクイーンコカトリスはしばしの沈黙の後、一気にそう言ってきた。


「うーん。でも、オレは貴女には絶対に敵わないし、逃げるだけでもかなり苦戦するのは目に見えている。オレとしては逃げるのもリスクが高いとは思っているけれど、でも貴女に戦いを挑んだところで勝ち目はないのだから、それならばぴぃちゃんを連れて逃げる方を選ぶ。それに、貴女はぴぃちゃんの母親だから。そんな貴女に戦いを挑むわけにはいきません。」


 オレはクイーンコカトリスと会話しながらも、なんとかぴぃちゃんを連れて逃げる隙がないか探す。まあ、クイーンコカトリスだけあって、まったく隙がないんだけどね。

 困ったなぁ。このままだとオレたちクイーンコカトリスにやられちゃうよ。クイーンコカトリスはオレと戦う気満々みたいだし。


「ふむ。妾とは戦いたくない、と?妾の娘を連れて逃げると?」


「ええ。逃げます。勝ち目が全くありませんので。」


「そうかそうか。なら、なんでまだ逃げないのじゃ?」


「貴女には隙がありません。だから、逃げたくて仕方ないけど、逃げられないんです。後ろを向いた瞬間にオレのこと襲う気満々ですよね?」


「ほぅ。」


 嘘を言っても仕方ないから正直にクイーンコカトリスに言う。まあ、言ったところで逃がしてなんかくれそうにないけど。嘘をついたって結果は同じだろうし。

 恐怖にガクガクと震える膝に気がつかないふりをして精一杯虚勢を張る。


「妾の娘を置いていけば、そなたのことを見逃すと言ったらいがかするのじゃ?」


 クイーンコカトリスはドキッとするようなことを言ってくる。

 ぴぃちゃんを置いていけばオレのことは見逃してくれる、らしい。本当かどうかはわからないけど。

 オレは、クイーンコカトリスの言葉を聞いて、ぴぃちゃんに視線を移した。ぴぃちゃんは気丈にもクイーンコカトリスを睨みつけている。産まれたばかりのクイーンコカトリスのヒナであるぴぃちゃんと、何百年も生きているクイーンコカトリス。どちらが強いかは明白である。それでも、ぴぃちゃんはクイーンコカトリスを睨みつけているというのだから見上げたものである。


「ぴぃちゃんが貴女のそばにいたいと言うのならば、ぴぃちゃんを置いていきます。ぴぃちゃんがそれで幸せになれるんだったら貴女に返します。貴女は、ぴぃちゃんを守り慈しみ大切に育ててくれますか?」


「むぅ……。そなたは妾が思ったのと違う反応をするのぉ。まさか、そなたの命より妾の娘のことを優先するとは思わなかった。面白いのぉ。実に面白いのぉ。」


 クイーンコカトリスの目がすぅっと満足気に弧を描いて細くなった。

 見逃してくれるのかとホッと胸をなで下ろした次の瞬間、クイーンコカトリスがオレに向かって飛びかかってきた。


「うわぁっ!?」


「「「あぶないっ!!!」」」


 まさか急にしかけてくるとは思わなかった。クイーンコカトリスが満足気に笑ったので、見逃してくれるかと思った矢先だったので身構えができていなかった。

 オレは、ぴぃちゃんを守るように胸に抱きしめてクイーンコカトリスの攻撃をなんとか回避する。だが、反応が遅れてしまったため、オレは体勢を崩してしまいその場に転んでしまった。オレの頭上をクイーンコカトリスの鋭い爪が引き裂く。髪の毛が何本か爪によって切られてしまったようで、ハラハラと舞い散った。


「ほぅ。妾の一撃を躱すとはなかなか面白い。妾の攻撃をかすりもしないだなんてなかなか見所のある奴じゃ。どれ、もう一発躱せるかのぉ?」


「ちょっ……。ちょっとたんまっ!!」


「ふふふっ。」


 もう一発攻撃が来るだって!!?嘘だろう!!とオレは頭の中で叫び声を上げる。なんとか避けたのに、まだ攻撃してくるとは。今度は避けられないかもしれない。

 だが、クイーンコカトリスは笑ったまま攻撃をしかけようと体勢を低くした。

 これは、高速で突っ込んでくる気だ。今度は爪ではなく嘴で攻撃してきそうな気がする。

 どうするか、どうしよう。

 きっと避けられない。

 クイーンコカトリスはさっき爪での攻撃をオレが避けたために、きっと嘴で攻撃をしかけてくるだろう。そして、嘴での攻撃をオレが躱したとなったらすぐさま爪での攻撃に切り替えてくるかもしれない。そうかもしれない。いや、むしろオレ石化される??


「行くぞ。」


 クイーンコカトリスが動く。

 オレは覚悟を決めた。ぴぃちゃんをシラネ様に向かって放り投げる。

 やられるのはオレだけでいい。オレだけで、いいんだ。

 高速でクイーンコカトリスがオレに向かって飛びかかってくる。

 オレは、やけくそで近くに転がっていた色つきコカトリスの卵を手に持った。そして、衝撃に備えてギュッと目を瞑った。


 カッコーーーーーーーンッッッ!!!


 甲高い音が辺りに響く。そして、ものすごい衝撃がオレの身体を貫くと、どろりとした液体がオレの腕を伝った。


「くぅっ……。」


 誰のうめき声だろうか。誰かのうめき声が聞こえてくる。

 クイーンコカトリスの攻撃の衝撃で目を閉じてしまっているから誰のうめき声かわからない。

 恐る恐る目を開ける。そして、周りを見渡す。


「ぴぃぃぃぃっっっ!!!」


 ぴぃちゃんがシラネ様の腕を振り切ってオレの元に駆け寄ってくるのが見えた。

 よかった。ぴぃちゃんは無事だったようだ。

 よかった。

 よかった。


「ぴぃちゃん……無事、だったんだね。よかった……。」


 胸元に飛び込んできたぴぃちゃんをヒシッと抱きしめてぴぃちゃんのぬくもりを確かめる。産まれたばかりのヒナ特有の少し熱い体温がとても心地良い。

 ぴぃちゃんが無事だとわかるとオレは、ホッと息を吐いた。

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