第21話



「えっ?ぴぃちゃんで良いのか?」


 オレが皆の視線にギュッと目を瞑っていると、トリスの困惑したような声が聞こえてきた。

 恐る恐る目を開ける。すると、ぴぃちゃんがぴょんぴょん飛び跳ねながらオレのもとにやってきた。そして、オレの目の前で立ち止まると「ぴぃ♪」と嬉しそうに一声鳴いて、オレの頭に飛び乗った。


「気に入った……のか?」


 俄に信じられなかったが、どうやらクイーンコカトリスのヒナは「ぴぃちゃん」という名前が気に入ったようだ。

 ぴぃちゃんは名前をつけてもらえたことが嬉しいのか、オレの頭の上で「ぴぃ♪ぴぃ♪」とご機嫌な声をあげている。

 うん。オレのネーミングセンスも捨てたもんじゃないな。


「それにしてもクイーンコカトリスのヒナを名付けるとは……。リューニャは恐ろしい存在だなぁ。どうだろう、料理人兼、冒険者にならないか?」


「え?」


「リューニャが料理人になりたいという話は聞いた。だが、冒険者としての素質もあると思う。なにも一つの職にしかつけないわけではない。冒険者と料理人を兼業してはどうだろうか?」


「でも、オレはまだまだ料理人にはほど遠くて、まだ見習いなんですよ。見習い料理人という中途半端な状態で他の職を兼務するなんて……。」


「構わないと思うが。シラネから聞いたところ、リューニャは自分で採ってきた食材を元に料理を作成しているのだろう?」


「そうですが……。」


「なら、今とかわらん。冒険者として食材を採取し、見習い料理人として料理を作って料理人を目指す。同じだろう?まあ、冒険者となることで魔物を退治したり、採取クエストを受けたりすれば多少の報償はでる。百害あって一利なしだとは思わないか?」


 ギルドマスターはそう言って、オレを冒険者にと真剣に勧誘し始めた。確かにギルドマスターの話を聞く限り悪い話ではないような気がしてきた。魔物を退治することはしないけど、採取しすぎてしまったものを採取クエで提出すればいいだけってことだろう?それで多少の報償が出るなら、更にいい装備が買えたり、もっと遠い場所まで食材を見つけに行くことができる。

 なんだか悪くないような気がしてきた。でも……。


「百害あって一利なしって言葉の使い方、間違えてませんか?それを言うなら二兎を追う者一兎も得ずじゃあ……?」


「リューニャ!それも違う!それだと両方駄目になるじゃないのっ!!それを言うなら漁夫の利よ!!」


「シラネ……それも違うわよ。それは当事者同士が争っている間に、第三者が利益を得るという意味よ。聖女として教育を受け他のなら、もっとちゃんとに勉強なさい。ほんっと私の方が聖女に向いてるわ。今からでも私と交換なさいっ!」


「うっ!じゃあ、ローゼリアはなんて言うかわかってるのよね!さあ、教えなさいよ!!」


「うっ。な、なんだって良いじゃない。でも、漁夫の利でないことは確かよ!!」


 ギルドマスターが言い間違えてから周りがうるさくなってきたな。まあ、オレも間違えちゃったし。おあいこってことで。それにしても、なんだかんだ言いつつ、シラネ様とローゼリアさんは仲が良さそうに見える。もしかして二人ってきっかけさえあれば、気が合うんじゃないだろうか。なあんてことを思った。


「妾の可愛い娘はどこじゃ?」


 わちゃわちゃと言い争っていると、見知らぬ声が聞こえてきた。


「妾の可愛い娘はどこじゃ?ここかえ?ここかの?」


 頭上から女性のものと思われる声と、強大な魔力を感じる。目の前にいるクイーンコカトリスのヒナとは桁違いの魔力だ。それよりもなお強大な魔力は今まで出会ったどの魔物とも比べものにならない。


「な、なんだっ!?」


「どうしたんだっ!?」


「なんだこの恐ろしいほどの魔力はっ!?」


「逃げろっ!!」


「早く逃げろっ!!」


 ギルドの闘技場に集まっていた見物客は、強大な魔力を感じて我先にと闘技場から逃げだそうと階段を登り始めた。


 ごぉぉぉぉぉぉぉんんんん。 


 その瞬間大きな轟音とともに、闘技場から見えるはずがない空が見えた。その場にいた全員がポカンと闘技場の天井から見える空を見上げた。


「ここに妾の可愛い娘がおるな?隠すでないぞ。」


 大きな翼をもったピンクゴールドに輝く一匹の魔物が空から闘技場へと優雅に降り立った。その大きさたるや色つきコカトリスであるトリスの倍近い大きさだ。

 だが、特徴からするとコカトリスの一種ではありそうだ。通常のコカトリスより大きいが、いやありえないくらい大きいが、大きさを除くとコカトリスだと思える。


「……く、く、クイーンコカトリス。」


 ギルドマスターが呆然と呟く。

 ギルドマスターの言葉を聞いたその場にいた全員が、クイーンコカトリスという魔獣の固有名称を聞いて、身体を固まらせた。


「妾の娘はどこじゃ?そこかえ?」


 クイーンコカトリスの視線がオレを貫く。


「くっ……。」


 流石のオレもクイーンコカトリスの怖さは知っている。真正面からやりあったらオレは逃げることもできないだろう。色つきコカトリスであるトリスより、数倍クイーンコカトリスは素早く攻撃力も高い。狙った獲物は絶対に逃がさない。


「ぴっぴっぴぃ!!」


 怯んだオレの目の前に産まれたばかりのクイーンコカトリスのぴぃちゃんが、クイーンコカトリスからオレを守るように立ち塞がった。

 クイーンコカトリスの視線がオレからぴぃちゃんに移る。

 クイーンコカトリスには親子の情というのはあるのだろうか。いきなり産まれたばかりのぴぃちゃんに攻撃はしかけないだろうかと心配になる。だが、先ほどクイーンコカトリスは「可愛い娘」と言っていたような気がする。それであれば、ぴぃちゃんは安全だろうか。

 だが……。


「ぴぃちゃんっ!!」


 オレはクイーンコカトリスの目からぴぃちゃんを隠すように身体の後ろに隠した。クイーンコカトリスの目がすぅっと細くなる。


「おぬし、妾の娘を隠すというのかえ?覚悟はできているのであろうな?」


 クイーンコカトリスの声が脳内に響き渡る。


「ぴぃちゃんを傷つけないとお約束いただけるのであれば、ぴぃちゃんをあなたに会わせます。でも、ぴぃちゃんを傷つけるのであれば、オレは……オレは……。」


「妾とやりあおうというのかえ?」


「いえっ!!ぴぃちゃんを連れて逃げますっ!!」


「そうかそうか。よい心がけじゃ。……え?逃げるのかえ?マジで?普通戦うじゃろ。え?」


 オレはクイーンコカトリスに向かって逃げ切ってみせると啖呵を切った。クイーンコカトリスはオレの言葉に満足するとおもいきや、戸惑い始める。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る