第23話



「ふぐぅ……。そなた……なかなかやるではないか。妾にむかってコカトリスの卵を投げつけてくるなど……。」


 少しだけ苦しげなクイーンコカトリスの声が聞こえてくる。

 オレはゆっくり首を傾げた。だって、オレはクイーンコカトリスに向かってコカトリスの卵を投げつけてなどいないからだ。ただ、オレは、こっちに向かってくるクイーンコカトリスから逃げようと、近くに転がっていたコカトリスの卵を顔の前まで持ち上げただけ、なんだけど。


「そなたの攻撃はなかなかのものであった……。」


 クイーンコカトリスはどろりとしたコカトリスの卵に顔面を汚されながらも、ゆったりとした口調でオレに話しかけてくる。

 ってか、オレに話しかけてくる前に、その顔にかかったコカトリスの卵白と卵黄をぬぐってくれ。なんで平然としているんだ。って突っ込みたい。けど、突っ込めない雰囲気がそこにはある。


「えっと……。」


「リューニャ、コカトリスの卵を持ち上げた、だけ。だよね?」


「あ……ああ。オレにもそう見えたが……。」


「以外とクイーンコカトリスって強くないのか?」


「自分から卵に突っ込んでいったように見えたが……。」


「自爆、だよな?あれ。違うか?」


 どうやらクイーンコカトリスとオレの戦いを見ていた者たちはクイーンコカトリスの言動に動揺しているようだ。ざわざわとしたざわめきと困惑したような声がオレの耳に聞こえてくる。そして、それはもちろんクイーンコカトリスも同様で……。


「……そなたら、妾に向かって意見があるようじゃな?ならば、妾の前に来て妾に向かって言うが言い。いくらでも相手になってやろうではないか。」


「「「「「「ひぃぃぃぃ……!!」」」」」」


 クイーンコカトリスがゆったりとした口調で見物客に脅しをかける。クイーンコカトリスの顔は卵で汚れているため、怖さが半減しているのだが、なぜだか皆クイーンコカトリスに向かって怯えた表情を浮かべた。


「まあ、よい。そなた、リューニャと言ったかえ?」


「は、はい。料理人見習いのリューニャと言います。」


「うむ。そなたに決めたのじゃ。婿どの、妾の名はカトリリスと言う。」


 クイーンコカトリスは満足気に微笑んだ。そしておもむろに自己紹介を始めた。

 っていうか、オレに決めたって何を?

 っていうか、婿どのって何?

 クイーンコカトリスの言葉の意味がまったく理解できなくて、頭の中を特大の疑問符が駆け巡る。


「……婿……どの?」


「く、クイーンコカトリスさまっ!リューニャの嫁は妾なのじゃ!!勝手にぴぃちゃん様の婿にしないでいただきたい。」


 シラネ様が呆然としながら言葉を吐き出す。やっぱりシラネ様もあまりにも突拍子もないクイーンコカトリスの言葉に頭がついていけていないようだ。

 トリスはトリスでなんだかクイーンコカトリスにくってかかっている。クリスはクイーンコカトリス……もといカトリリスが怖くないのだろうか。

 っていうか、ぴぃちゃん?え?オレ、ぴぃちゃんの婿に選ばれたの?え?

 トリスの言葉でオレがぴぃちゃんの婿に選ばれた可能性に気づいて、思わずぴぃちゃんを見た。すると、ぴぃちゃんは嬉しそうにオレに向かって「ぴぃっ!ぴぃっ!!」と鳴いた。


「……え?オレ、ぴぃちゃんの婿、なの?え?でも、ぴぃちゃん孵ったばっかりだし、オレまだまだ料理人見習いで、ぴぃちゃんを今後一生養っていくだけの甲斐性ないし、ぴぃちゃんまだヒナだし、成人してないし。むしろぴぃちゃんとオレって種族が違うし。え?無理じゃない?」


「妾の娘であるぞ。成長すれば人型にもなれるのじゃ。なにも心配することはないのじゃ。なぁに後、1ヶ月もすれば人型をとることができるじゃろて。」


 混乱しているオレに、カトリリスは面白そうに笑いながらぴぃちゃんが人型をとれるようになると教えてくれた。

 なんだ。それなら問題は……。


「いやいやいやいや!!問題大ありですよ!!オレは人間なんです!しかも見習い料理人という中途半端な職業で、蓄えもないし。そんなオレが嫁をもらうだなんて、そんな恐れ多いこと……。」


 そう。いくらぴぃちゃんが人型をとれるからと言ってまったく問題がないというわけではない。オレは見習い料理人という未熟な職業にしかついていない。この状態で誰かをお嫁さんにもらったところで養っていくことができない。


「……なんじゃ?そなた、ここにいる誰よりも強いのじゃぞ?冒険者になれば食うに困ることなどないであろう?それどころか豪遊できると思うのじゃが?」


 クイーンコカトリスが不思議そうに首を傾げる。


「オレは見習い料理人なんです!いつか王宮料理人になることを目指しているんです!冒険者にはなりませんよ。冒険者には……。」


 クイーンコカトリスにまでオレの職業は冒険者が適していると言い出す始末だ。まったく、オレは王宮料理人になりたいというのに。


「……まあ、よい。妾の娘はそなたを気に入っておるようじゃし、しばらく側に侍らせておくがよい。あまりにもそなたがふがいないようであれば、すぐに娘を取り戻しにくるから覚悟しておくのじゃぞ。」


 カトリリスはそう言うと、ぴぃちゃんにそっと近寄った。


「可愛い可愛い妾の娘よ。リューニャの元ですくすくと育つのじゃぞ。」


「ぴぃっ!!」


 カトリリスは嘴でぴぃちゃんの頭を撫でるように触る。

 ぴぃちゃんはそれをくすぐったそうにしながらも、嬉しそうに受け入れていた。


 っていうか、カトリリスさん。可愛い娘だというのならば、ご自分が育ててくださいと言いたいのはオレだけでしょうか。


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