第10話

「し、師匠・・・。お、おはようございます。」


玄関のドアから入ってきたのは、シラネ様ではなく師匠でした。

まさか師匠がこんな朝早くからうちに来るとは思わなかった。なにか用があるのだろうか。


「おはよう。朝早くから悪いな。なに、リューニャが昨日美女二人と一緒にいたという知らせが入ったんだよ。リューニャは純粋だから騙されていないか確認しにきた。」


師匠はそう言ってオレをジッと見てきた。

美女二人ってシラネ様とトリスのことだろうか。確かにオレは昨日二人と一緒に帰ってきた。どうやらそれを誰かに見られていたらしい。

まあ、コソコソとするつもりもなく堂々と帰ってきたから当たり前と言ったら当たり前だが。隠す必要だって別にないし。

ま、まあ。唯一隠す必要があるとしたらトリスが実は色つきのコカトリスだったということくらいだ。


「そうでしたか。それはご心配をおかけいたしました。でも、オレ。騙されてはいないから安心してください。」


「そうか。ならよかった。それよりリューニャ。もう朝ご飯は食べたのか?」


おおっと。師匠ってば、急に話題を変えてきた。もっと突っ込まれるかと思ったらどうやらそうではないらしい。

もしかして・・・。


「昨日、コカトリスの卵が手に入ったんだろう?味見をしてあげるから一緒に朝食を食べようではないか。」


師匠はそう言ってニカッと笑った。師匠のやけに白い歯がキラリと光ったような気がした。


「そっちが目的ですね。師匠・・・。」


「ん?悪い女に騙されていないか確認する意味と半々だな。でも、リューニャは女の色香に惑わされていないようだからな。それならば、さっさと美味しいご飯を食べた方がいいだろう。」


「美味しいご飯って。師匠の作った料理の方が美味しいでしょ。」


「それでも、コカトリスの卵やバッファモーのミルクを使った料理には勝てぬよ。そうだろう?」


「まあ、そうですね・・・。」


確かに師匠が作ったとしても、コカトリスの卵やバッファモーのミルクを使ったオレの料理の味には敵わない。

それだけ普通の卵よりも、コカトリスの卵やバッファモーのミルクの方が素材の味自体が良いということだ。

オレは、もう一人前の朝食を作らなければならないことに気づいて「はあ。」とため息を一つついた。


「ん?なんだ、もう朝食が用意されているではないか。」


テーブルにはオレとトリスとシラネ様の分の朝食がセッティングされていた。

って、あれ?一人分ないぞ・・・。

そういえば、トリスの姿も先ほどから見当たらない。どうしたのだろうか。


「できたてだな。オレが来ることがわかっていたのか?」


師匠は嬉しそうにそう言うとさっさと椅子に座った。師匠の分じゃないとは言えそうにない雰囲気だ。


まあ、オレの分は別にコカトリスの卵を使った料理じゃなくてもいいから。あまりもので済ませればいいか。

シラネ様が帰ってきて自分の朝食だけなかったら機嫌が悪くなりそうだし。


それにしても、トリスはどこに行ったのだろうか。


師匠はオレを気にすることなく目の前の朝食に目を奪われている。

見た目はごくごく普通の料理だ。

凝った盛り付けなど面倒くさくてできないのだ。


「見た目はまあまあだな。どれ、このトマトをいただこうか。」


コカトリスの卵を使用した卵焼きは後回しにするらしい。

真っ赤に熟れた魔トマトを師匠は口にひょいと放り込んだ。


「んんっ!!!?」


師匠は口に魔トマトを入れた瞬間、喉を詰まらせそうになったようで、胸をドンドンドンと叩いている。

落ちついて食べればいいのに。


「もう、師匠。大丈夫ですか?もう年なんだからがっついて食べると喉につまるよ。お水持ってきますか?」


胸をドンドンと叩いている師匠に背を向けてオレは水をくみに行った。そうして、師匠の前に水の入ったカップを置く。

師匠はそのカップをサッと手に取ると一気に水を流し込んだ。


「・・・ぷはっ。し、死ぬかと思った。」


水を飲んだことで喉に引っかかっていた魔トマトが取れたのだろう。師匠はカップをテーブルに置くとそう行ってテーブルに突っ伏した。


「慌てなくても誰も師匠の朝食食べませんから。」


呆れながら伝えると、師匠が「そうじゃない!」と言って立ち上がった。

そうして、オレのところへツカツカと寄ってくる。


「これ、普通のトマトじゃなくて。魔トマトだな?」


「ええ。そうですよ。普通のトマトよりも甘みが強くてトマト本来の味が濃く出ている魔トマトです。トマト本来の味が強いから苦手な人も多いかもしれませんが、オレは魔トマトの方が好きなんですよね。」


一度、魔トマトを食べてしまったら普通のトマトでは物足りなくなってしまう。

それだけ濃厚な味なのだ。


「違う・・・。そうじゃない。これもリューニャが採ってきたのか?」


「ええ。そうですよ。この辺じゃ魔トマト売って無くて。どうしても食べたかったから採ってきました。」


師匠は何を言っているのだろうか。

王都で店を構えている師匠だ。魔トマトがこの辺の店

では手に入らないことくらい知っているだろうに。なぜ、今更そんなことを訊くのだろうか。


「・・・あり得ない。魔トマトはここから馬でも1ヶ月はかかる場所にしか生息していないはずだが。」


「そうらしいね。でも、日帰りできるところに実は魔トマトの群生があったんだよね。」


「はっ!?魔トマトの群生!?日帰りができるところに!?ギルドの冒険者ですら知らないんじゃないか、それ。」


「そうかもしれませんね。誰かが採った後がなかったし。」


オレも魔トマトの群生があるなんて今まで一度も聞いたことがなかったし。あれは美味しい食材がないか近くを調べてた時に偶然発見したものだ。

誰にも荒らされていない場所が偶然にもあったのだ。


「どこだ!?それは!?」


「え?死霊の谷を越えたところにある平原だけど。」


「はあ!?死霊の谷を越えた平原だとっ!?」


魔トマトの群生を見つけた場所を師匠に告げたらなぜだかすごく驚かれた。

見たところ普通の平原だったんだけどな。

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