第11話



「普通の平原みたいに見えたんですけど。なんかまずかったですか?」


「まずいもなにも、あの平原は天使の楽園っていう名がついているんだ。」


「は、はあ?」


そっか、あの綺麗で美しい平原は天使の楽園っていうのか。知らなかったけど、たいそうな名前がついていたんだな。

死霊の谷を越えた先にある平原の名前が天使の楽園か。隣り合っているのに随分名前が両極端だなぁ。


「リューニャ。天使の楽園ってきいたことないのか!?」


「え、ええ。今、初めて聞きました。」


「マジか・・・。」


師匠はショックを受けたようにその場にうずくまってしまった。

オレ、なんか変なこと言ったか?

ただ、天使の楽園を知らないって言っただけなのに。

冒険者でもないんだから、そこらの地名を知るわけもないのだ。

死霊の谷だって、最初は死霊の谷なんて名前がついていることすら知らなかった。あるとき、親切な冒険者が教えてくれたんだ。ここは死霊の谷だって。

そういえば、あの時の冒険者もなぜか苦笑してたなぁ。

なぜだろう。ま、いっか。過ぎたことだし。


「天使の楽園ですって!?」


「あ、シラネ様お帰りなさい。朝食ができてるよ?」


「あら。いただくわ。って、それより天使の楽園って聞こえたんだけど!!」


師匠がうずくまってしまってからしばらくして、シラネ様が両手に袋を持って帰ってきた。

ってか、シラネ様。ここ、あなたの家じゃなくてオレの家なんだから、入っていいかどうかくらい聞いてよ。

でも、そんなことシラネ様に言えないのでグッとこらえる。それよりも天使の楽園のことが気になるし。


「え、あ、うん。シラネ様。天使の楽園って知ってる?師匠が天使の楽園って聞いたら黙っちゃって・・・。」


「天使の楽園ってあの天使の楽園!?死霊の谷を越えたところにある幻の天使の楽園のこと!?」


おっと。なんだか、変な形容詞がついたぞ。

『幻の』ってどういうことだろうか。


「幻?」


「そうよ!天使の楽園に行くためには条件があるのよ。その条件に当てはまらない人は天使の楽園には絶対に足を踏み入れることができないのよ。あんた、そんなことも知らなかったの?」


「いや。だって、オレ冒険者じゃないから。美味しい食材を探していただけだし・・・。」


「だからって・・・。ん?ちょっと待って。食材を探してってことは、あんた幻の天使の楽園に行ったことがあるの!?」


さっきからシラネ様はキャンキャンと吠えている。小さな犬が吠えているみたいで可愛いんだけど、耳元で吠えられるとちょっと耳が痛いんだよな。


「うん。そこで魔トマトの群生を見つけたんだ。そこのシラネ様に用意した朝食にあるトマトが天使の楽園ってところで採れた魔トマトだよ。」


オレはそう言って、シラネ様用の朝食を指さした。


「こ、これが・・・。ごくっ・・・。」


魔トマトを見たシラネ様は生唾を飲み込んだ。うん。美味しいもんね。魔トマト。


「うん。食べてみて。とっても美味しいから。」


「い、いただくわ。話はそれからよ。」


シラネ様は急に静かになって、魔トマトを口に頬張った。

とたんに、ピタリと動きを止めるシラネ様。

あまりのおいしさにビックリしているのかな。

魔トマトは調理しなくても、そのまま一口大に切って食べるだけでもとっても美味しいのだ。

一部では高価な値段で取引をされるとか。でも、魔トマトの実はもいでから3日のうちに食べないと途端に美味しくなくなってしまうと言われている。

だから、長期保存はできないし、長期の輸送もできない。まあ、加工すれば長期保存も長期の輸送も可能なんだけどね。ただ、生より加工品の方が味が落ちるらしい。


「・・・リューニャ。この魔トマト、あり得ないくらい美味しいんだけど。私、魔トマト食べたことがあるけど、こんなに美味しくなかったわ。」


「それは鮮度の落ちた魔トマトだったんじゃない?」


どうやらシラネ様は魔トマトを食べたことがあるようだ。オレは、天使の楽園で採れた魔トマトしか食べたことがないけど、もしかして採れる場所で味が違ったりするのかな?

でも、産地まで旅をしないと食べることができない魔トマトだから。なかなか食べ比べをすることはできないだろう。


「いいえ。もいだばかりの魔トマトよ。だって、私がもいだんだから。」


「うーん。なんでだろうね。」


「・・・天使の楽園だからね。きっと。」


「そうなんだ。地形の問題なのかな。」


「違うわよ。天使の楽園だからよ。」


「ん?」


天使の楽園だから美味しいってのはどういうことだろうか。地形が影響しているんじゃないのか?


「まずは、天使の楽園から説明するわ。」


「お、お願いします。」


それにしても、シラネ様は迫力がすごいなぁ。思わずかしこまってしまう。

そうして、オレの隣にはいつの間にか師匠が正座をして座っていた。


なんで、師匠そんなにかしこまってるんだ?


「天使の楽園は、魔物を一匹でも倒したら足を踏み入れることができないと言われているの。場所は死霊の谷を越えたところにあることはわかっているのだけれども、魔物を一匹でも倒したことがある人間は足を踏み入れることができないから、天使の楽園を見たことがある人はいないわ。」


「え、いないんだったら、天使の楽園があるかどうかわからないんじゃないのか?」


「そうよ!だから幻なの!!過去の文献で天使の楽園を見つけたという人の記事があったのよ。でも、他の誰も天使の楽園に行くことはできなかったとあるの。」


「は、はあ。」


なんだか、天使の楽園って眉唾物じゃないのか・・・?


実際にその人しか行けなかったっていうんなら、そこが天使の楽園だなんてわからないではないか。もしかしたら嘘をついていた可能性もあるのではないだろうか。


「嘘だと思っているでしょ?でもその人は数々の薬草を持っていたわ。この地域では採れない薬草や、幻と言われている薬草も持って帰ってきたわ。」


「へ、へぇ~。」


シラネ様の迫力に思わず後ずさる。


「だから天使の楽園は絶対にあるのよ!でも、リューニャがそこに行けたってことは、あんた一匹も魔物を倒してないの?」


シラネ様は驚いたようにそう訊ねてきた。

一匹も魔物を倒してないっていうか、ほら、オレ冒険者じゃないし、魔物を倒す必要もないし。


「いや、オレ見習い料理人だから。」


「「・・・はあ。」」


オレがそう答えると、シラネ様と師匠が息ぴったりに大きなため息をついた。

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