国連本部ビル

        ☆


アイザック以外の全員が一般的なスーツを着込み(私はパンツスーツ)、CX6でネバダ支部からJFK空港へ。


NYに到着して白のハマー(タナトスの移動用車両である。運転手付き)に乗り、私が街並みに目を奪われていると背後からアイザックが驚くべきことを口にし、私はそれを聞いて頭がくらくらした。


「いま連絡が来たのですが、国連側との事前の打ち合わせなどはなく、討議は議会場で直接行われる段取りになってます」


議会場? テレビで見るやつ? あの各国のお偉いさんがずらっと並んで座ってる会場?


「委員会とか公聴会みたいなとこでやり合うんじゃないの?」と私。


「そう思っていたのですがアニエスがそれを条件に今回の件を承諾したらしいです。私もいましがた知らされました」


「あらまあ…… 議場にはどれくらい人がいるの?」


「数字はわかりませんが多くの要人が来ているようです。関心を集めてる案件ですからね。テロ事件はつい先日のことですし」


「てことはニュースになるな。映像が世界中に流れる」とカミル。

「委員会でも映像になるがその場合はフラッシュニュースにしかならんだろ、絵づら的に」


アイザックは言った。


「アニエス側の覚悟でしょうね。オープンな場でオープンに潰しをするなら受けて立つと」


「最初に言ってくれりゃいいのに……」とデリス。


「お前に試練を集中させるのは何か考えがあってのことだろ。深く考える必要はない。ありのままで立ち合えばいい」


カミルはそう言いつつもどこか楽しげだった。


「そうもいかんだろ。SWだけじゃない、陸戦部門だって影響を受ける話だ」


「そうした配慮は甘さにしかならない」


「そうかな」


「琉を帰そうったって帰る場所がないんじゃ話にならん」


「それはそうだが」


「みんな申し訳なく思ってるさ、正直に言えばな。何でもかんでもお前に押し付けるようで。が、ここはお前の出番だ」


デリスは黙っていた。しばらくしてまた「最初に言ってくれりゃいいのに」と彼はぽつりとこぼした。


        ☆


こちらの世界の国連本部ビルは実際に中に入るとこじんまりした印象である(元の世界のを知ってるわけではない)。豪華さのような要素は皆無。議場にも行けるというので見学しに行くと、無闇に高い天井と最奥にある銀色の物体が目につく。


一段高くなったステージの後ろには背の高い銀色のモノリスのような構造物がでんとそびえ立っており何とも威圧されるものがあった。


「あのモノリスには意味があるの?」


そうアイザックに訊いてみる。


「単にオブジェじゃないんですか? 幾つかの案からアニエスが選んだようですけど」


──あ、作り変えたのかここ。

討議とやらはあの壇上から議長がデリスに質問する形で始まるらしい。デリスの席は各国の要人が座る真ん中の最前列に用意されている。席が扇形に広がるこの領域は大きな映画館の内部みたくゆるい傾斜がついている。


……何かの刑だろうか。そんな感じがしなくもない。


ともかく討議が始まるのは二時間後だ。私が何をどうできるわけもなく、私とアイザックは控え室のモニターでデリスを見守る予定だ。カミルは議場のなかで見守るという。


私たちが案内された控え室はそれなりに応接室のような快適さがあって、国際連合本部ビルに来たのだという感慨を得ることができる。スクエアなデザインに統一されたソファーが五個置かれてありテーブルがひとつ。


旅行ではないのであまり考えないようにしているがここにはグッズ売り場があるそうで、ほんとのところは気になっていた。


アイザックが国連側から連絡を受けたようでデリスに声をかける。


「デリス、事務局から連絡があって広報の方が取材を求めてますが、どうしますか? 機関誌用の取材だそうです」


「広報か……まだ時間あるし、五分くらいならいいよ。というか上の許可があればだけど。勝手に受けていいのかな」


「問い合わせてみます」返答は十秒ほどしか掛からなかった。

「承諾を得ました」


何分かしてそれらしき訪問があった。ノックのあと三十代と思われる眼鏡をかけた痩身の男が部屋に入ってきて「広報のスティーブ・エイレンです。はじめまして。よろしくお願いします」と挨拶する。ひとりである。


かるいインタビューのようなものか、と私は思った。ただ眼に鋭利な光があって、そこは少し気にはなる。


デリスが言った。


「どうぞ。手早く済ませましょう」


「はい」


テーブルの上に小さなレコーダーを置き、彼は仕事を始めた。私たち三人は距離を置いて位置し、見学といった風情で楽に構えていた。


「……では。先のテロ事件への対処はあなたが現場の責任者だったと伺ってます」


「ええ、うまくはいきませんでしたが」


「ひとつ疑問なんです。なぜ最初から特殊部隊を突入させなかったのでしょう? テログループ鎮圧が任務だったはずです」


「鎮圧と、できるだけ被害を抑えるのが任務でしたから」


「だから空戦を要求されても拒否できなかったと」


「はい」


「でも鎮圧を優先しても……したとして、ですよ。仮に人質30名が全員即座に殺害されたとして、少なくとも統治AI側とあなたの所属する組織では誰も非難しなかったのでは?」


「まあ、それを言われたらそうですとしか言いようがないですね」


「そこが疑問なんです。おかしいですね。スカイウルブスでは人命などどうでもよいのでしょう?」


「ヤロォ!」カミルがそう叫んで立ち上がったがアイザックが制する。


「訓練生やエンジニアも組織の資産。損失をできるだけ避けたいのは当然です。俺は単にSWの利益に基づいただけです」





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