議場
「損失、ということは物扱いということでよろしいですか?」
「それは違います。初期のSWでは確かにそういう面があって……国連の部会で非難声明が提出されましたから、それを受けてSWは従来の方針を変更したんです。あなたもここの人間ならそうした経緯は知ってるはずだ」
「いえ、知りませんでした。初めて聞いた話です。……従来の方針とは?」
「訓練生の段階で俺たちのような世代は実弾を使っていたんです。そこにいるカミルと俺も実弾を用いてやり合っていました。たまたま当たることなくこうして生きてますけどね。それをやめにした、ということです。養成機関は模擬訓練だけで操縦技術を身に付ける場所になったんです」
「それが人命への配慮だと」
「そうです。あなた方への配慮です」
「だから認めろと」
「互いに妥協が必要ということです」
「そんな妥協が成立するなら国連なんて存在は要りませんよ。人類のための機関なのですから」
「SWもまた人類のためのものです。人類とAIがタッグを組み、人類のために取り組んでいる事業ですよ」
「その大義のもとでは犠牲は仕方がないと」
「犠牲が……ということではなく、これは人類に対する教育のようなものです。何を優先するかのね。そこを我々人類は間違えてきた。間違えてきたから罰として機械による支配を受けている。それが現実です。ここのところがわからないのならあなた、国際テロ組織と同じですよ。外宇宙の視点から見れば国際テロ組織と国連はコインの裏表です。……この取材はきちんとそのまま記事にして下さいよ?」
長い間、広報の方は沈黙していた。
「ここまで倫理観が欠落しているとは想像していませんでした。話になりません」
「でも俺としては話をしに来たんです。この辺でお引き取りを。記事を楽しみにしてます」
何も返すことなく広報の男は立ち上がり控え室を出ていった。
カミルが優しげに私に向かって言った。
「暴力、というものが何かわかったろう」
私は何も言えなかった。どちらの言い分も私にはよくわかる。ただ立場上、デリスの心をえぐるような広報の物言いに腹が立つというだけだ。一方で、もし私が外部の人間だったら……それを思うと怖くなる。
人間ってロマンで生きているわけではない。私はどちらに付けばいいのか正直なところ迷っていた。広報の男の方もまた、プライドはズタズタにされているのではなかろうか。まったく傷付かないデリスという存在に。
そういうことかアニエス。恐ろしい知的生命体である。
☆
もうすぐ14時を迎える。テレビでの放送が始まった。ライブ中継である。私とアイザックは控え室のモニターに集中している。
議場は人が埋め尽くしていた。各国の要人、外交担当者が集結し公開処刑(アイザックの使った表現)が始まるのをいまかいまかと待ち受けている。
その空気のなか高齢の議長が登壇。そして討議が始まった。
「お集まりのみなさんこんにちは。早速ですが我々国連事務局は、ある罪深い機関に対し糾弾せざるを得ません。それはスカイウルブスという名の空戦パイロット集団とそのシステムです。発端は統治AIの企画であるとはいえ──
まず問題なのはパイロットを構成する人種の偏りです。アジア系中東系に限定されている。この点は明確に差別的な規定と申し上げていいでしょう。次に空戦と称し事実上の殺し合いを行っている点。しかも若い世代をモノ扱いした上で成り立つ構造となっています。
──現在、我々人類は大きな苦境にあり誰もが不満と憤りを抱いて生きている。それでも耐え忍んでいるのはひとえに戦争がないこと、そして一定の水準の治安が維持できている状況があるからです。
もっと根源的な点について言及すれば、この世に完璧な世界、完璧な社会など有り得ないからです。やはり我々は統治というものに対し現実として受け入れ、寛容になる必要があります。そこは致し方ないところでしょう。
しかし、です! 許しがたいことはある。決して目をつぶってはならないことはある。
──さて、デリスさん。SWシステムの申し子であるあなたにお尋ねしたい。SWというシステムには重大な欠陥があるとは思いませんか? いかに経済効果があろうと倫理的な問題があるのは明らかです。あなたはそれでもシステムを肯定し支持するのですか? あなたとて犠牲者ではありませんか?」
デリスが答え始めた。
「いかに倫理的な問題があろうと失ってはいけないものがあります。それはロマンですよ。戦闘機という人類の歴史を象徴する乗り物。それに搭乗し大空を疾駆するパイロット。これを主体とするロマンです。ならばこそ犠牲は正当化できます」
「我々はそうした過去に属するものを捨てる必要がありませんか? 我々は新たなステージに立っています。戦闘機? そんなものは過去の遺物にすぎません。若者の生命を消費し化石燃料を消費し、そこに倫理の問題を感じないのは人としておかしい」
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