国連へ

        ☆


沖縄から帰還して五日が経過した。深刻な問題である琉の去就についてはカミルがまず琉派の人間を集めそこで説明を行った。琉が説明を頼んだのはデリスだったのだがこの仕事は俺に任せろとカミルが譲らなかったのだ。


といって琉派の若い連中が簡単に納得するわけもなく、琉との対話の機会を要求する。いまはそっとしておくべきだとのカミルの言葉を彼らは受け入れなかった。カミルはしまいには「すまないがいまは耐えてくれ」と頭を下げるしかなかった。そこでようやく琉派の11人も静かになる。


彼らはせめて一言でも琉と話がしたいはずである。声が聞きたいはずである。しかし我慢するしかないことは明らかだった。思いをぶつけたところでただ琉を困らせるだけである。琉とて熟考した上での決断だ。


それはそれとして、別の事柄でネバダ支部の雰囲気は混沌としてきていた。SWシステムを取り巻く雲行きが怪しくなってきていた。三日前に国連からの査察団が訪れたからである。倫理面を問題と見ての訪問という。査察だと? 統治AIがよく許可したものだ。


私たちパイロットはかやの外で査察団の顔ぶれさえ見ることはできなかったが、通常の運営が止まったままの施設のなかはこの話題で持ちきりになった。食堂のおばさんでさえ心配して私に訊きに来たくらいである。消防の人、ランドリーの職員さん、売店の販売員さんまで私に訊いてくる。


なんで私に訊くの? 私に訊かれてもわかりませんよ!


対応は責任者であるアイザックがやっていてここ数日彼の姿を目にしていない。

カミルとデリスはここのところよく話し込んでいる。こういう時はこのふたりに頼るしかない。みなもそう考えているみたい。


私は私のことに集中する。トレーニングルームがいまの私の居場所となっていた。仮にSWが無くなったとしても特務機関タナトスには〈陸戦部門〉がある。そちらでもやれるようにするためだ──というのは嘘だ。そんな気はない。SWがこの世から無くなるわけはない。

そうですよね、エドワード。


        ☆


二時頃にブリーフィングルームに呼ばれて赴くとアイザック、カミル、デリスの三人が私を待っていた。アイザックは腕組みをしておりいつもと雰囲気が何か違う。

彼が言った。


「理由はわからないのですがあなたも参加が命じられているので呼びました」


「はい」ああ、上の指示か。


「我々はこれから国連を相手にしなければなりません。かつてない問題に我々は直面しています」


カミルが言った。


「そう物事を難しくする必要はないだろ。俺たちは俺たちの主張をするだけだ」


「今回の件はアニエスが直々に動いている案件ですよ。こんなことは滅多にありません」


「一回目の時はどうだったんだ?」


「順序が違います。ここネバダで対策会議を行って結論をアニエスに提出。それが承認された形です」


「状況がその時とは違うと」


「はい。仮にですが、反アニエス側と国連が裏で連携しているとしたら?」


カミルは少し考えてから言った。こういう時はいつもそうで、眼光が鋭くなる。


「そうしたら人類にがっかりだ。SWのシステムはAIと人類の合作の事業。すでに文化的価値を有している。それがわからない人類なんぞ、俺は消えちまった方がいいと思うぜ」


「あなたは事の重大さをまだ理解していない」


「もし国連が妙な結論を出すのなら、俺は反人類の立場をとるよ。重大さ? 正義はSWにある」


デリスが言った。


「アイザック。ここで言い争っても何にもならんだろう。ここの基盤は大空ロマンというやつだ。その維持がここのポリシーのはずだ」


「それはそうです」


「政治的圧力は暴力に他ならない。なら暴力で応じるさ。それがアニエスの意志だとも思うね。政治的暴力こそ旧体制がやってきたことだ。アニエスが何よりも忌み嫌う、旧人類の悪しき慣習だ。戦わないとな。……ソニアもそのつもりで」


「……よくわからないけど、わかった」


「簡単に言いますね」とアイザック。

「ソニア、デリスは国連に呼ばれているんです。名指しで」


「え?」


「討論と意見陳述を要請されているんです。そのあとは諮問を受けますよきっと」


「ここのこと?」


「SW全体のシステムについてです。向こうから見ると対しやすしと見えたのでしょう。標的にされている。私は幾らか裏で経験がありますから彼らの嫌らしさは味わってきてます。とことん陰険なやつらが揃ってますよ」


「そうなのか」


「私をターゲットにするならわかるんです。責任者ですから。この案件でデリスをピックアップするのはいかにも人類らしいやり方です」


「急所に見られたのなら光栄だね」とデリス。

「それはともかくナーバスになり過ぎだアイザック。これは人類対人類の戦いなんだ。人類の叡知の結晶である戦闘機というものの価値を、理解する者と理解しない者とのな」


「……!」

アイザックは機械生命体らしからぬ、人間っぽい動揺を見せた。意外な言葉だったようだ。

「その視点は欠いていました」


デリスはいつもと変わらないデリスで私を安心させてくれる。


「今回のお前の役割は“精神的支柱”というやつだ。よくもわるくもそうやってここまでやってきた。大黒柱はお前なんだ。難しいが、より人間に近づいた考え方、受け止め方をしないと相手の陰険さにお前まで引き込まれてしまう。あのな、陰険さを身に付けるということが人間社会では当然とされてるんだよ。最低条件みたいなもんでね」


アイザックは黙した。


「醜い人間の戦い、というものに距離を置いて対峙してくれ」


「はい」そう静かにアイザックは一言だけ発した。


「血まみれの人間対ど腐れ連中の泥仕合──それはそれで見ものだよ、ワッハハ」


デリスは笑顔だった。


「俺が死んだあと、レポートにするなりナラティブにするなり、お前がやるんだぜ?」


「それは遠慮したいですね」


カミルがふははと笑い、私もそれに合わせて笑った。デリスはにこにこしていた。

私たちはそうやって気持ちをひとつにして、国連本部ビルに向かったのだった。





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