“Ryu”

        ★


午前8時過ぎのことだ。仮眠をとっていた俺はスマホのバイブに起こされた。知らぬ番号からである。誰だ? 出てみると男の声がした。


「よう。声を聞いたからってわからんだろうが、名前は思いあたるはずだ。俺は新垣龍、お前の兄だ」


なんだと……!? ばかな、何の用だ? そもそも本物か?


「俺のなかでは死んだことになっててね……本物かどうかもわからんし」


「証明は難しい。機密扱いの存在になってるからな」


「それにだ……俺の知ってる新垣龍なら直接顔を見せるはずだ。歳をとっても顔ならわかるってもんだ」


「なら直接行く。いま沖縄にいるからな。ゲートに俺ひとりで行くから見張りに連絡しとけ」


「そうしよう。本物でなかったらその場で殺すからそのつもりで来い。……沖縄にずっと住んでたのか?」


「いや、昨日までGBにいた。お前が今回の件をやらかしたからすっ飛んできたんだ」


「GBに? いま何の仕事してるんだ?」


「そっちの情報収集力がわからんので意味があるかは怪しいが……琉球の“琉”の字とスカイウルブスで調べろ。俺はネバダ支部の琉。空戦パイロットだ。つまり、今回の件とまるきり関係ないわけじゃないんだ。お前が占拠してるのは母校なんだよ」


俺は冷静でいるよう努めていたが、衝撃を受けていた。衝撃を受け動揺していた。散らばっていたジグソーパズルが組み合わさり、ひとつの絵を作り上げたからであり、通話先の人物が俺の知る新垣龍だとわかったからである。


「とにかく顔を見せろ。話はそれからだ」


俺はそう言って通話を切った。

相手は俺のスマホの番号を仕入れることができた。タナトスの人員なのは間違いない。


──落ち着け…… どう利用するかを考えるんだ。どうやったら“赤い星”の利益に結びつくかを考えろ。情を動かされてはならない。それが向こうの狙いだ。冷徹でいろ。相手の利用価値を適切に判断するんだ。


俺はPCの前に座り、昨日送られてきた資料を再度確認する。最後のページにパイロットの記述があったはず。顔写真があるわけではないので読み飛ばしていた──そしてそのページには確かにパイロット名が並ぶ小さな文字列のなかに“Ryu”とあった。琉球うんぬんは記載がない。


俺はだめ元で本部の事務局にメールを送信した。【緊急要請:スカイウルブスのパイロットだけに重点を置いた情報を送信されたし】と。


        ★


午前10時。そいつは正門ゲートに現れた。映像がPCの画面に映り、そこには両手を頭の後ろに回した男がいた。黒の戦闘服をまとっている。

顔がアップになると俺の頭のなかにあるガキの頃の兄貴の像と重なる。もう感情の揺らぎはない。部下には前もってこう伝えてある。


「そいつはおそらく俺の兄貴だ。が、俺が怪しいと感じればその場で射殺を命じる。利用価値がありそうなら人質とする」と。


俺はマイクに向かい言った。


「拘束しろ」


画面の男は怒りを見せてはいたが両手首をタイラップで縛られることに抵抗はしなかった。


部下に車で運ばれてきた兄貴が拠点にいる俺たちの前に連行されてくる。中心メンバー五人で相対する。マッシュ、キルラン、カダハルク、ディボル。俺を含めたこの五人はスカイウルブスの情報を共有していた。マッシュが決めたことだった。いまのところは知る者を絞っておいた方がいいと。


後ろに手を回されて椅子に座る兄貴に向かい俺は言った。


「さて、話を聞こうじゃないか。どうぞ」


兄貴の顔、兄貴が放つ険は凄まじかった。側に来る者を斬り付けるかのような。


「人質を解放しろ。あとは好きにしろ。テロは成功したはずだ。もう関係のない命を巻き込むな」


「関係のない命を巻き込むのが目的でね」


「お前らは操られている。統治AIと国際テロ組織は根元の部分で繋がってる」


「AI側の人間に言われてもな」


「それは統治AI側も一枚岩ではないからだ。内部では反発も起きてる。アニエスが人類に対して寛容すぎると不満に持つ勢力もいるからだ。そいつらが裏でお前らの上層と提携してテロを引き起こしてる。アニエスとその勢力に圧をかけるためだ。人類は自分たちの立場を認めず抵抗しつづける生き物であり、力による支配でしか統治はできないと思い知らせるためだ」


そんなことを言いに来たのか?


「そんなことは知ってる。そこは目をつぶってる。目をつぶってでもやりたいのがテロなのさ。兄貴よ……そういう理屈はもういいんだ」


本部の事務局は新たな資料を寄越してくれた。これまでの情報とは一線を画す、完全に噂として地下領域で広まっていた内容だ。しかしスカイウルブスそのものの資料と照らし合わせると見えてくるものがある。これは噂を装う“真実”だ。


「数時間前なんだが俺も理解を深めてな……スカイウルブスの核心をある程度は掴めてきた。

人は利になることしかやらない。と同時に利になること以外にしかほんとうの力を注ぎ込めない。

俺にはわかる。兄貴だって空戦そのものに魂を奪われ、空戦そのものに喜びを見いだしているだろう? 俺と同じだよ」


「知ったような口をきくな!」


「いやかなり正確だと思うのよ。アンダーグラウンドで広がってる〈スカイウルブス・ナラティブ〉にはかなり詳細に兄貴たちの話が載ってる……まあフィクションなんだろうさ、体裁は。


が、真実も描かれているように思うね。

デリス、カミル、琉の物語は胸を打つよ。……いったい何人を犠牲にし、何人の屍を踏みつけていまの位置にいるんだろうな。大したもんだ。人質うんぬんとよく言えるな。あんたの手は俺たちよりよっぽど血塗られてる。あんたは血まみれだ」


兄貴は鬼の表情で俺を睨んでいる。


「……互いにもう言うことはなくなったようだ。あんたも人質として活用させて貰う。スカイウルブス三強の一角を俺たちは確保しているわけだ」


兄貴は冷えた眼をして黙っていた。確かにそこには俺自身の未来が映っていた。冷えた未来が。

だがそれがどうしたというんだ? 俺はいまを生き、いまを楽しんでる。






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