生け贄
★[沖縄 嘉手納]
時刻は18時を回っている。本部から続々と最新情報が送られてきていた。日本の政界の動き、官僚機構の動き。そして国連の動き。
そうした動静は意外なものも多い。俺の想定とはズレがあるため、俺自身の頭のなかを整理し直した上で修正しなければならない……。
俺は低い天井を見上げる。体育館の倉庫に通信の機材を持ち込んで拠点としているためとても快適とは言えない環境だ。ノートPCの画面を眺め若干憂鬱な気分になる。
こうなってみて初めて知ることも多かった。これまで日本に対する興味などゼロだったのだ。当然と言えば当然か。俺はある意味国際人として生きてきているので困惑する点が山のようにある。
つくづく日本を出ることになってよかったと俺は痛感する。日本は現在もなおかつての米国から与えられた権力の仕組み、システムによって運営されているのだった。驚異である。だが、驚いていても仕方がない。現実は現実だ。
サブリーダーのマッシュがやって来て現状を報告する。
「現在どこも異常なしだ」
「そうか」
「日本はどう出てくるかな」
「どうも資料によれば出てこないかも知れんぞ」
そう言うと彼は怪訝そうな顔をした。
「というと?」
「国連に頼るかも」
「ああ、自分たちでは何もせずか……それで国民の反発はないのかね?」
「そこのところがなあ。どうも国民自身が意識的にシャットアウトしてるみたいでな」
「沖縄の一部がジャックされてるんだが」
「だからこういうテロとか軍事行動の類いは、ないものとして目を逸らす仕組みになってるようなんだ。ここの社会性としてな」
「?」不思議そうな顔をしている。
「俺は元は日本人なんで何となくはわかるんだが、お前は時間かかるだろう」
「いや待て、もう死人がけっこう出てるんだが」
「統治AIは今回まだ統制をかけてない。にもかかわらずテレビでの扱いは控えめらしい。ネットでも煽るような投稿はことごとく削除されてる。とにかく鎮まれという圧を国民にかけてる」
「はーん…… ま、俺たちが考えても仕方ないか」
「その通り。こちらも無視しよう。俺たちはやるべきことやるだけだ」
「ちょっとメシ食ってくるよ」
「ああ」
気になることがあった。俺は最初の段階が済むと本部にまずスカイウルブスの資料を全部送れと打診したのだが、この点はまるでスルーされているかのようにいまのところ何も無い。
直接訴えてみるか。状況が安定期にあるので俺は秘密回線で連絡をとった。上司のグルースにである。
「どうした? 何か問題でも?」
「いえ、いまのところ順調です。疑問があり連絡した次第です。なぜスカイウルブスの情報をくれないのですか?」
「内容の確認がとれてない。噂レベルの内容を送っても──」
俺はさえぎるように言った。
「いえ、それでけっこうです。どのみち統治AI側の機密なんですから、人間側に確認なんて土台無理でしょう。隠さずに送ってください」
「隠してるわけじゃない」
「現場では臨機応変に動かなければなりません。できるだけ情報は欲しいんですよ。取捨選択はこちらでやりますから。お願いします」
「待ってろ。上にかけ合ってからだ。何も送ってこなければ諦めてくれ。いまはそれしか言えん」
ああそうですか! 頼りになんねえな!
「では待ってます」
俺は通信を切った。なんなのかね! なんで本部とやり合わねばならんのか。
★
23時になってようやくスカイウルブスの資料がPCに送られてくる。なかなかに興味深い内容だった。これは公共事業としての空戦システムである。
そこでは戦闘機もパイロットも消耗品扱いとなっており経済効果と雇用の維持を生み出すためだけにすべてが運営されている……。
大したものだ。奇妙にも俺はこのシステムに感心し、すんなりと受け入れていた。なぜなら今日のテロリズムとあまり変わらない仕組みだからである。
テロリスト個人もまた消耗品だ。テロ活動そのものも極論すれば裏社会における公共事業みたいなものだ。スカイウルブスのパイロットとテロリストは根本的な部分でよく似ている。立場が違うだけで似たようなものだ。
それがわかると人質の若いやつらに対する視線が変わる……変わらざるを得ない。軍需がための生け贄ではないか。この養成機関を卒業しその先で生き残るのはごく一部にすぎない。
しかもだ。人種は中東系とアジア系に限定されているではないか。これは秘匿にするはずである。
……ある意味、世界政府、統治AIにとっては弱点になりはしないか?
まあ、批判も反発もおかまいなしなんで人類がどう思おうと関係ないのか?
最後のページには少しばかりだがパイロットの情報も記載されていた。代表的なパイロットということらしい。
ともかくスカイウルブスの全体像はかなり見えてきた。
人質の若いやつらは軍需の生け贄、統治AIの生け贄、そして俺たち“赤い星”の生け贄。
彼らはこの世界の犠牲者だ。といって同情はしないがな。これは運命ってやつだ。
俺は思わず笑ってしまった。人質の若いやつらと俺たち実行部隊は文字通りの運命共同体なのだ。
しばし考えたあと、俺はサブリーダー・マッシュを呼び出すことにした。
彼と情報を共有するためである。彼が来ると俺は「全部が本当とは限らんが」と前置きしてからPCを渡し、ひとりにさせる。
20分くらい経ってマッシュは俺のところに来た。左横の椅子に座り、彼は言った。
「そういうことか」と。
俺は何も返さずに彼がつづけるのを待つ。
「因果なもんだな。あいつら俺たちとおんなじじゃねえか」
「知りたくなかったか?」
「複雑だな」
「同情する必要はない」
「同情はしないさ。が、基本的にはまだ自分たちが消耗品ってことは知らないんだろ?」
「資料によればな。薄々はわかってそうなもんだが」
「ともかくこれみんなに伝えるべきなのかね?」
「それもあってお前にも見せたんだ」
「ああ……困ったな、ややこしい。消化してから結論出すわ」
「ん。それでいい」
マッシュは持ち場に帰って行く。俺は俺でいまはもう消化し終えていた。送られてきた資料だけから推測すれば、まず動くのは特務機関タナトスの特殊部隊だろう。もしくはタナトス配下の人員……末端を寄越すかもしれない。
統治AIがすぐには動かないとなると次は国連か。日本政府は省いてよさそうだ。スカイウルブスというシステムは世界の根幹の一端を担うもので、日本には荷が重すぎる。
俺には想定していた以上に臨機応変さが求められるようだ。
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