公式発表
★[沖縄 嘉手納]
兄貴は他の人質から隔離して専用の監視を付けた。体育館内には赤い星メンバー用の簡易テントを設けてあるので余った部屋を使ったわけだ。
必要となれば彼から何かしらの情報を引き出すことも可能だろう。
想定外にこちらはカードを一枚増やすことができた。或いはジョーカーとなるやもしれない。その点は注意事項だ。
もうすぐ期限の正午を迎える。が、大したものは出てこないはずだ。膠着状態がつづくはずである。
☆
アイザックがブリーフィングルームを今回のテロ対策会議室とし、私たちはここを中心に動くことになった。大型スクリーンをそのままテレビのモニターに切り替えてある。
──深夜での琉の行動が先刻デリスより明らかにされていた。琉はひとりになったあとデリスにアイザックを伴って第三会議室に来るよう告げ、そこで自分の考えをアイザックに訴えた。自分を説得に行かせてくれと。
アイザックはデータリンクから得た情報からテロ実行部隊のリーダーと琉の関係性に気づいており琉の動きは予想していたようだ。そのあと統治AI側の承諾を得たのは既知の通り──
もうすぐ正午になる。日本政府の公式の返答、見解が発表されるはずだ。とはいえアイザックは「何も実のあるものは出てきませんから」と相手にはしていなかった。
そうは言っても自国の領土である。何かはあるでしょ。他のパイロットたちも強い関心を持って画面に集中していた。私以外のみなにとっては自分の卒業した母校の話なのだ。
──正午となり、ニュース画面いっぱいにそれは映し出された。
日本政府が公式に発表した返答は簡潔なものだった。
《主張は認められない。また、当該施設は世界政府が所有する機関であり、事実上の治外法権の土地であることから日本政府としては干渉できず、対応は世界政府に一任することとする》と。
みなが呆気にとられていた。言葉はなく、各々が重い足取りで席を立ち、食堂へと向かった。食事しながら見ればよいニュースだからでもある。私は最後に部屋を出る。
まあ、それぞれに納得はしているはずだった。かつて世界がAIに敗北した時。世界中が大変革の嵐のさなかに、日本は何も変えなかった国である。せめて大統領制に切り替えるとかやりようはあったと思うのだが、AI統治となる以前と殆ど変わりなくこれまで来ている。ある意味すごいとも言える……のか?
食事を終え食堂を出たところでアイザックから呼び出しがかかった。執務室へ来いと。いよいよ本格的に事態が動くか。
執務室へ赴くとデリスがいて、黒の戦闘服に着替えていた。特殊部隊が着るやつである。私はいつもの飛行服(飛行隊に用意されたツナギ)姿のため「これでいいのか」と訊いたのだが好きにしろとのこと。
アイザックが言った。
「3時にNYのタナトス本部から特殊部隊がここに来る。30名だ。君らは彼らと合流して顔合わせをしたのち、普天間へ飛ぶ手はずとなっている」
口調が命令調に切り替わり声質まで変わっていた。
「飛行場として機能しているのですか? 閉鎖と聞いてますが」
「世界政府の管理地として維持されてる。無人だがね」
「わかりました」
「万一のことがあるのでソニア、君も戦闘服に。刃物についてはかなりの防御力がある。あとグロックを常時携帯するように」
そうですか。おっしゃる通りにします。私はイエッサーと答えた。
「そこまでしなくていいです。いつも通りで」
びっくりしたのだが、デリスが言うには今回はアイザックも同行するのだと。各方面への連絡役として必要なのだと。
アイザックが言う。
「あとソニア、特殊部隊の隊員は全員GB国籍ですからそこのところを頭に入れておいて」
……そうなの? じゃあ強制着任の拒否権を行使しなかったのか。自分の意志で隊員を務める人たちということだ。まあベーシックインカムだけでやってはいけないということなのかもしれない。裕福な層がごく一部に限られているのはこの世界でも同じだ。
★[沖縄 嘉手納]
正午に日本政府の公式発表が出てすぐ、本部からの伝令で人質はまだ殺すなと指示が出た。俺もそのつもりだった。想定とはかなり違った展開になっている。殺すのはいつでもできるわけで、とりあえずは現状のキープが適切だろう。とはいえだ。
予想通りのクソ返答に俺としては何か反応すること自体がばかばかしくなった。
一応、個人的な意見を4人やそれ以外にも尋ねてみると概ね〈様子見した方がいい〉という意見である。慌てる必要はない。一ヶ月は耐えうる物資が俺たちには用意されていた。
が、意見がそうなったのは実のところ兄貴──琉の存在が大きいと俺は見ている。
4人以外の14名にはいまのところ特務機関タナトスからの使者として伝えてある。
つまり俺たちからしてみればこれは十分な返答だったのだ。日本政府を飛び越えて統治AI側から使者が送られて来ているのだ。しかも完全な形でそいつは確保してある。
俺たちの優位はさらに高まっている。メンバーの士気もまた高まっている。不思議な効果だった。
たったひとりの存在に俺を除く18名は何やら魅了されていた。
どうしようもなく兄貴がホンモノだからだ。目を逸らしてもホンモノの危険な猛禽類がそこにいて本能に訴えかけるのだ。お前は狩られる側だと。いやそうではなくもしかして俺の兄弟だということが親近感を与えているのか?
違う。人間そのもののポテンシャルだ。そこは俺も認めざるを得ないところだ。
俺たちが心底嫌い、呪う“適合”などというものを兄貴はまったく持ち合わせていない。それどころかテロ組織にすらここまでの人間はいないと思わせる危険な匂いを漂わせている。
人外とはこういうのを云うのだと思う。皮肉なことだ。これを生み出したのは統治AIなのだ。
──ならばこそか。まるで人類の危機意識が働いてひとりの人物に集約したかのようである。
面白い展開だ。時間が経てばいずれ彼が何者なのかはメンバーに伝わっていく。隠せるもんじゃない。時間をかけて広がるのであれば問題ない。消化しながら理解していけるだろう。
あれがこの時代の空戦パイロットなのだ。
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