第24話 妨害者

 クロムベルやこの世界のことを聞いてから数時間は経っただろう。まだ馬車は次の目的地に着かないようだ。

 ゴトゴトと馬車の一定の振動ばかりが続き、窓の外はさっきも見たような景色ばかり。


「ひ・ま・です! ひーまーでーすー!」


「クロン、行儀が悪いわよ」


 ヤダヤダヤダ、バタバタバタと手と足を振るクロン。つられて俺もやってしまいそうになるけど、ここはぐっと我慢だ。

 年長者のそんな姿をナフ君には見せられないし、何よりリームに後でどうやってからかわれるものか分かったものじゃない。


 しかし相変わらず落ち着いているリームは、ナフから借りた本の一冊を薄暗い所でも読み進めている。窓際側からじゃタイトルが良く見えない。ナフと一緒でよく読めるな。


 あと暗闇の中で思ったけど、クロンやリームの目って本当に奇麗だ。

 例えるなら、俺の世界の神話通りに、洞窟の中で財宝を守るドラゴンのきらめき。または、その暗闇の中で守られている財宝のような光だ。暗い所でもよく目立つ。


「あ、そうだっ。ご主人様、デッキ見せてもらってもいいですか? 一緒に戦ってきたカードを全部は確認していないので、見ておきたいです。安心感にもつながりますし」


 そしてあまりに暇を持て余したクロンが、唐突に俺のデッキを見せてくれと言い出してきた。

 もう頭の中にある情報を片っ端からあさっていって暇をつぶすようだ。


「俺のデッキ? いいけど」


 ここで「ダメ」と言うほど俺も鬼じゃない。むしろ、見せたことでクロンの表情が変わったりするのを見るのも面白いんじゃないかなと思う。コロコロと表情が変わるからなぁクロンは。


 彼女は可愛らしく跳ねるように俺の隣に居場所を映し、俺から受け取ったデッキを一枚一枚と確認していく。


「あれ? ご主人様、このカード何に使うんですか? 自分のデッキを墓地に送るなんてよくわからないカードですねぇ。間違えて入れてたんですか?」


 ぴらりとクロンはある一枚のカードを俺に向けた。確かに一目見ただけじゃそのカードをデッキに入れる理由がわからないだろう。


 自分のデッキのカードを墓地に送るというのは、通常なら自分の戦術を自ら破壊してしまう行為だ。墓地にあるカードは手札として使用できないのだから、当然のことである。


「それ? ほら元素鉄英エレメタルスってミスト・ゴーストとかウッド・ハンマーとか、墓地で効果を発動する奴らがいるだろ。それらを墓地へ送るために入れてるんだ」


「あっ、ダーク・アベンジャーさんとかですね! 道を作るために、自分から道を破壊する……普通なら考えないことだと思います、さすがご主人さまです!」


「い、いやぁそれほどでも」


 お世辞でも何でもないだろう。純粋にご主人様凄いです!という視線がキラキラと俺を真っすぐに見てくる。

 こうもストレートに尊敬されると照れるし、何だかむず痒くなってくるな……。


「ふぅ。ナフ君、これ面白かったわ」


「それ僕もお気に入りなんですよ。続編もありますので読みますか?」


「ええ、是非とも。……あら? そのトランクケース、ナフ君のなのかしら」


 そうこうしている間に、リームはナフから借りていた本を読み終わったようだ。そして彼女は本をナフに手渡すときに、彼の後ろにある茶色で革製のトランクケースに気づいた。

 他の荷物のようにまとめて置いてある、というよりは少し離れた場所で目立つことのないように置かれている感じだ。


「え? あわわぁわあわわわあ!?」


 いったいどうしたんだ? トランクケースが指差された瞬間に、ナフが大慌てでそれを己の身で隠すように立ち上がる。まるでそこには何もありませんよと言い逃れするみたいに。


 いや、無理があるだろ!

 どう見ても大慌てしているし、口元はわなわなと震えているし、冷や汗だらっだらにかいてるし!


「ナフ、いったいどうしたんですか?」


「これはぁですねぇっ、僕が……いやっ、別に何でもないです! ただの荷物ですぅはい!」


「ただの荷物でそんなに慌てて……いえ、止めておきましょう。あなたにとって大事な物で、人に見せたくないのね?」


 ブンブンブンブン! とナフは首を縦に何度も振ってリームの問いに肯定する。

 なんだろう……自分で書いた小説とか漫画とか入ってるのか。確かにそれなら気軽に他人へ見せたくないよな。たまたま一緒に乗り合わせた人にならなおさらだ。


 物静かで様々な知識が深いナフは、文芸が得意なイメージあるし。どうしてもそちらの方向に考えてしまう。

 まさか麻薬なんかを密輸しているわけでもないだろう。


「止まれー!」


 急に荷台車両の外から響いてくる御者の叫び声。いったい外で何があったのかと考えた時にはもう遅い。

 外で流れている景色が動きを止め、俺達の体にグッという慣性が働く。同時に、窓の外を一瞬だけ紫の線が走った。


「おっと!?」


「ひょえ!?」


 けっこうなスピードを出していたせいで、隣に座っていたクロンがこちらへ勢いよく上半身をぶつけてくる。

 こちらは御者の声が出された瞬間に力を入れてしっかりと座ってたので、彼女の体を受け止めることができた。


 電車の中で寝てしまった人がこちらに寄りかかってくるような態勢になってしまい、首元に彼女の頭がこてん、と当たる。


 どうしてだか、さっきからクロンと身体的な接触をとってしまうな。不可抗力だけど。

 さらに彼女からふわりと漂ってくる軽く甘い匂い。朝に水浴びしたぐらいだよな? それでもシャンプーみたいな香りってするんだな……。


「クッ、クロン、大丈夫か? それに今のって……」


「うぅ、びっくりしましたぁ」


「今の……もしかして強制空間ハントフィールドじゃないかしら」


 停止の振動がきた瞬間にビタンと床へ前のめりに倒れていたナフが、ようやく額を片手で押さえながら立ち上がった。受け身をせずに倒れたようで、だいぶ痛みがあるようだ。

 箱に座っていたリームはさほど焦っていないようで、落ち着いてしばらく窓の外の様子をうかがっている。


「略奪者だ! よりにもよって、あの青き牙ブルー・ファングがここに! もう先頭の奴がやられた。あんた決闘者ブレイカーだろ、早くあいつを倒しに行ってくれ!」


 しばらくすると別の馬車に乗っていたであろう人物が血相を変えた顔で走ってきて、小窓の外からこちらに向かって叫んだ。


「略奪者がここに……!? まさか、私たちや他の馬車に乗っているであろう者のカードを狙って!?」


「ど、どうしましょう! なんでこんなところで鉢合わせするんですか!」


 クロンとリームは略奪者という単語に、理由はわからないけど恐怖を抱いているようだ。

 その慌てようからはカルンガに捕まえられていた時以上の焦燥を感じる。彼女たちがこのように恐慌する程の、悪意を持った実力者であることなのは確かなようだ。


「クロンッ! 外出られるか? 前の人がやられてるっていうなら助けに行かないと!」


「う……は、はい! ご主人様!」


 クロンは躊躇したものの、俺の要請には応じてくれた。今俺のデッキはクロンが変化できる2枚を覗くと28枚しかない。ブレイクコードはデッキが30枚ないと戦えないのだ。

 心の中で謝りながら、クロンと一緒に荷台の戸を開けて外へ飛び出す。


青き牙ブルー・ファングがここに……そうですか」


 外へ飛び出した瞬間、ナフの暗い呟き声が微かに聞こえたような気がした。

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