第25話 青き牙

 道なりに停車した馬車をいくつも走って追い抜かし、貴族が乗っているであろう金とクロの馬車も越える。全力で走る俺は、やがて隊商の先へとたどり着きかけた。


 略奪者が人を襲っているというのなら、俺が助けに行かなくちゃだめだ! 今動ける俺が行かないと、前にいる人が何かされてしまうんじゃないかという恐れが湧き上がってくる。


「あれって!?」


 先頭の馬車の前で何人かが力なく倒れていた。大きなダメージを受けているってことだから、相手は強制衝撃機構インパクターだとかいう強烈なダメージを与える改造を施しているってわけか!


 さらにその倒れた者達の先に立つ、ゴーグルを頭に付けた青髪の男。そいつは俺がその場へ駆けつける前に、懐から数枚のカードを取り出して倒れている者達へ表面を向けた。


 何をする気なのかはわからない。だけど絶対にろくでもないことをする気だと確信した俺は、その場へ急ぐ!


「待てよ! アンタ、そいつらに何する気だ!」


「あれ? まだ来るんだ。大人しくしておけば被害は増えないんだけど。いや、同じか」


 倒れる者をあざ笑うかのような、それでいてこんなことをする自分を自虐しているかのようなどちらとも言えない微笑の表情。ニヒルな笑みとでもいえばいいだろう。


 表情が確認できるまで近づいて分かったことだけど、相手は俺と変わらないくらいの年齢に見える。こいつが話にあった青き牙ブルー・ファングと呼ばれている略奪者?

 外套がいとうを着込んだ優男じゃないか。抱いていた厳ついイメージと正反対だ。


 既に倒された者達の前まで来た俺に対しても、青髪の男はその笑みを向けてきた。

 だがその瞬間、俺は背筋がぞっとして身を硬直させてしまう。なんだ、コイツ。まるでニュースやまとめサイトで殺人犯の顔が公表されていた時のような、虚無を見ているかのような気分の悪い目つきがそこにある。


 墨で目の中を真っ黒に塗りつぶしたような、ぐるぐると何回も隙間なく円を描いたかのような、壊す相手より先に自身が壊れているみたいだ。

 失うものが何もない殺人犯。そんなフレーズが頭に浮かんだ。


「そこ、危ないよ」


「うっ!?」


 急にナイフを出して、ゆっくりと喉元に近づけていくかのような警告。

 危険を察知した俺は、考えるより先に後ずさりしていた。そして俺の目の前に黒いもやが出現し、倒れている人たちを包んでいく。


「あ、ああ……!? なに、が?」


「ぜぇっ、ぜぇっ、やっと追いつきましたご主人様! 走るのはや、い――」


 何らかの力が働いてその人たちの体が持ち上がる。さらに換気扇が埃で汚れた空気を吸い込んでいくかのように、青髪の男が手に持っている白紙のカードの中にぐるぐると吸い込まれていく。

 あり得ない、人が、何人もあんな小さなカードの中に……


魂縛こんばくの術式、完了。ちょうどいいのが来たようだし、もう一仕事かな」


 まるで底には最初から何も存在しなかったかのように、倒れ伏していた決闘者ブレイカーの姿は消えてしまっていた。

 今のなんだ? 何が起こった? 早く、早くあの人たちを助けない、と……?


「今の、まさか、嫌ッ! 嫌です!」


 一緒に戦って略奪者を倒そうと意気込んでいたクロンが、急に頭を抱えて座り込んでしまった。

 とてつもない恐怖が内から破裂するように外へと出てきた印象だ。クロンは今、何が起こったのか理解している……?


「今の……アンタ、今のなんだ!? カード化の呪術って、人間には効かないはずだろ!? それともどっかにやったのか!? 答えろ!」


「フ、クフ、フ。そうだねぇ、あえて教えてあげない。知りたいなら、君もこの中に飛び込んでみるかい? 100パーセント理解できると思うよ?」


 男は挑発するように人を吸い込んだカードをヒラヒラと振る。また、両手で破り捨てるふりをしてこちらを驚かしてみたり、どこまでもこちらを小馬鹿にしている。


「ふざけたことを言うな! 今吸い込んだ人をここに戻せ! あの人たちをどうするつもりだ!」


「残念ながらこれは僕の意志で吸い込めるけど、僕の意志では外に戻せない。そういうものなんだよ。クフ、フ。無駄足になるけど、僕から奪ってみる? まぁそうすれば、あの人は困っちゃうだろうけど」


 あの人とかが誰だか知ったことじゃない! 目の前に立つ男が嘘を言っている可能性だってある。勝って、あのカードを奪って、なんとかアイツに吸い込んだ人を元に戻させる!


「クロン、行くぞ! あの人たちを取り返す! ……クロン!?」


 俺の声にはっと顔を上げ、こちらを一瞥するクロン。今は戦う時なんだと理解したのか、恐怖を抱えながらも立ち上がってくれた。そして俺の前へと歩を進めて、男との間に立つ。

 そして金色の粒子が彼女の体の周囲に発生し、彼女の体が二枚のカードに――ならなかった。


「あ、れ? どう、して」


 震え声だ。クロンの口から恐怖と焦りにまみれた震え声が聞こえる。呼吸が荒く、震えているように見える。


「どうしたんだクロン、大丈夫か?」


「どうして、どうしてどうして」


 いつもの気力があるクロンじゃない。あの男やカードに閉じ込めた行為に原因があるのか?

 隣に行って彼女の肩に手を当ててうつむいた顔を覗き込むと、目の焦点は一点に定まっていないように見える。


 自分でも変身できないのが不思議なのだろう。何度も何度もどうして、どうしてと口にするばかりだ。


「朝陽! クロン!」


「リーム!? どうしてこっちに来たんだ!?」


 後ろからリームの声がしたので振り向く。青のドレス姿でも、構うことなく走ってくる彼女の姿があった。ナフは付いてきてないようだ。


「朝陽! クロンは今、変身することができないの!」


 馬車に乗る前に耳にしたことを思い出した。クロンは今、諸事情があって竜の姿に変身できないと。

 そして今クロンはカードにも姿を変えることができない。どういうことだ……!? 何が原因でそんなことに!?

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