第17話 必要とされる『誰か』

「あ……」


 リームの口から恐怖と悲しさが混ざった声が漏れた。

 大切な友人が痛めつけられた悲しみ、自分を助けるために戦ってくれた全く関係のない人が打ちのめされた恐怖。先程まで勇敢に戦ってくれた両者は、地面に倒れてぴくりとも動かない。


 やがて、戦闘で破壊されて退場する運命にあったサイナス・クーロンは、体が細かな砂と化し、静かに風の中へ消えていく。

 その場に残されたのは、黒い鉄球を何個もつけた大男に頭を掴まれて地面へ叩きつけられた、風間かざま朝陽あさひだけ。


「あっははははぁ! あー、きんもちぃ~! ワタシはサイナス・クーロンを破壊した瞬間、手札のフォートレスラー パワー・ボマーの効果を発動したわ。戦闘で破壊したモンスターの元々のBPブレイクポイント分のダメージを与えるのよぉ~」


 朝陽を襲ったのはカルンガが発動したパワー・ボマーの効果。だから元素鉄英エレメタルスミスト・ゴーストの効果で戦闘ダメージを0にしても大ダメージを受けたのだ。

 顔を抑えつけていたパワー・ボマーが消えたが、朝陽は未だ立ち上がろうともしない。いや、意識が飛んでいるのだろう。


「あ~らら、衝撃強すぎて気絶しちゃったのかしらぁ? じゃあカウント開始~。じゅーう、きゅーう……」


 カルンガが朝陽の敗北までのカウントダウンを始める。これが0になった時、朝陽は勝負続行不可能としてカルンガの勝利が決まるだろう。

 朝陽の耳に彼の声は届いていない。暗い、暗い意識の底に……



――――



『え? いじめられてるって? 誰に?』


『う……隣のクラスの××君だよ……朝陽君、助けてよ』


『それは……先生とか親に言ったほうがいいんじゃないの? 俺に言われてもどうしようもないし……』


 中学生時代に起きたあの出来事をはっきりと朝陽は覚えていた。

 友人から持ち掛けられたある相談。それは朝陽には重すぎる話であって、彼にはどうしようもできなかった。

 いや、友人を助けてくれる人は自分の他にいくらでもいると思っていたのだろう。別に自分でなくとも、と。


『先生には相談したけどさ……親には、心配かけられないし。親は、その、頼りないし……』


『だからって、同じ年の俺に相談されても。そうだっ、先生ダメなら教頭先生とか上の、方に……』


 自分以外に助けてくれる人を例に出した時の、友人の絶望した泣きそうな顔を朝陽は覚えている。

 彼の友人はおそらく、怖くて、誰も信用できなくて、唯一信用できる友達の朝陽に助けを求めたのだ。自分がいじめられているということを人に打ち明けるのには相当な勇気がいる。彼をその時救えるのは、朝陽しかいなかった。


『えとっ、ほらっ、誰も助けてくれないなんてあり得ないだろっ? だから、誰か上の人に……』


『……もういいよ。ごめん、君の言うとおりにしてみる』


『えっ? あ、うん』



――――



『本日はみんなに、悲しいお知らせがあります。●●君が、校舎の窓から飛び降りて命を絶ちました』


『えっ……』


 後日のことだった。教師の口から突然語られた、朝陽の友人の自殺。

 目の前がぐにゃぐにゃと捻じ曲がる。教師の声が上手く聞き取れない。


『俺……俺しかいなかった、助けられたの……』


『朝陽くん? 朝陽君!?』


 快活な性格であった朝陽は、その日からピースが欠けたパズルのように嘘みたいに調子が崩れた。自ら命を絶った友人に朝陽が必要だったように、朝陽にも友人が必要だったのだ。


 その時からだった。風間朝陽が、あらゆる人は必ず誰かに必要とされると考え出したのは。

 そして、朝陽を必要とする誰かを、彼が無理してでも助けようとするようになったのは。



――――



「さぁ~ん、にぃ~、ん?」


「何勝手に、カウントダウンなんかしてんだよ……!」


 土を掴むように腕へ力を入れ、朝陽が起き上がりかける。バランスが崩れてまた地に伏せたものの、今度は跳ね起きるように上半身を上げ、ぺたりと座った体勢へと持ち込む。


 落ちていた彼の頭は、耳に入ってくるカルンガのカウントダウンの音だけは記録していた。激痛に耐えながらも急いで立ち上がり、具象化盤ビジョナーを付けた左腕を構える。


 しかし、頭を叩きつけられた衝撃で朝陽の視界はぐわんぐわんと揺れ、カルンガのおどけるような声とリームの制止を願う声をしっかりと聴き届けているのかすらわからない。


「あらぁ~、寝ておけばこれ以上痛い目は見ずに済んだのにねぇ。争闘コンフリクト再開ってことでいいわよねぇ」


「もう止めて! これ以上貴方が傷つく必要はないわ! ライフは1で手札も0枚よ……こんな状況で勝てるわけが……」


「それでもっ、それでも今はっ……アンタを助けれるんのは俺しかいない……! それに、クロンの分もしっかりと返してやらなきゃ……!」


 せめて気迫だけでも、と朝陽はカルンガを睨みつける。

 しかし、彼にとってはそんな視線なんてどこ吹く風だ。勝負が続けられると判断した彼は、サンダー・タイガーの更なる効果の発動を宣言した。


「なぁにそのしょっぱ~い視線、ぞっくぞくしちゃぁ~う! ワタシはモンスターを戦闘で破壊したサンダー・タイガーの効果を発動するわ! このカードは次のターンの終わりまで戦闘では破壊されなくなるのよ!」


「反撃封じ……? ここまで来て……」


 ただでさえカルンガの場に君臨するサンダー・タイガーは高いパワーを持つというのに、それに加えて耐性が付与される。

 これでパワーを一時的に上回って攻撃しても、次のカルンガのターンで殴り返される可能性が出てきた。


「そっれだけじゃなーいわっ! サンダー・タイガーは自分のターン開始時に、墓地に存在するフォートレスラーと名のつくモンスター1体を手札に加えることができるの! これでカベルナリア・カナリアを手札に加えたらぁ、わかるわよね?」


「墓地からの回収効果まで!? カベルナリア・カナリアは相手の伏せカードを発動できなくさせる能力がある……」


「あっららららら~! リームちゃん、いい顔になってきたじゃな~い! ワタシはカードを1枚セットして、ターンエンドッ」


 もう既に、リームの顔は絶望に染まっていた。

 反撃できない、反撃させない、必ず次で殴り殺す。カルンガの笑みとサンダー・タイガーの唸りがその危険性を示す。


 なおかつ朝陽の手札は0枚、LPライフポイントは1。フィールドには先程から発動できない機会が続く1枚のセットカードのみ。

 それでも、朝陽は一歩を踏み出し、己のデッキからカードを引こうとした。


――――――――――――――――――――

朝陽 LPライフポイント1 手札0枚

●モンスター

なし

●スキル

伏せ1枚


カルンガ LPライフポイント3  手札0枚

●モンスター

フォートレスラーキング サンダー・タイガー

●スキル

伏せ1枚

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