第16話 朝陽落つ

「ワタシはさらに手札のフォートレスラー ボストン・クラブを捨てて効果を発動するわぁ! このターン中だけ相手モンスターのAPアタックポイントを2000下げ、BPブレイクポイントも1下げるわぁ~」


 突如として、サイナス・クーロン直下の地面から巨大なカニバサミを腕としたレスラーが飛び出す。

 そして大人一人を容易に切断できそうなその武器が、空中で龍の尻尾をがっちりと挟み込む。


『キュイアアアアア!?』


――――――――――――――――――――

虚洞竜こどうりゅうサイナス・クーロン

APアタックポイント10000→8000

BPブレイクポイント3→2

――――――――――――――――――――


「クロン!」


 あまりに痛々しい龍の悲鳴に、とっさに少女の時の名で彼女を呼んでしまった。

 尻尾を激しく振ってボストン・クラブを振り落とそうとするが、がっちりと掴み込んだハサミは離れそうにない。


 やっぱり、契約してカードとなった生物は痛みを感じるんだ。竜族とはいえ、人として同じ存在が上げた叫び声なのだからなおさら心が痛む。


 今の俺には彼女をどうしてあげることもできない。くそっ、くそっ!!


「さらにさらにぃ~? 続けてフォートレスラー アロー・ファルコンを捨てて効果発動! こちらはこのターン中だけ、自分のモンスターのAPアタックポイントをプラス2000して、さらにBPブレイクポイントもプラス1するわぁ!」


 今度は青い羽根を生やした透明な格闘家が、サンダー・タイガーの体に乗り移るように入り込む。

 すると青いオーラが虎の戦士サンダー・タイガーからじわじわと滲み出し、パワーアップしたことをこちらに演出した。


――――――――――――――――――――

フォートレスラーキング サンダー・タイガー

APアタックポイント10000→12000

BPブレイクポイント3→4

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 これでサイナス・クーロンとサンダー・タイガーのBPブレイクポイントの差は2。プラス1の補正が入れば、こちらが受けるダメージは3。

 これを受けてしまえば、サイナス・クーロンを墓地から復活させる時が来る前にライフが0になる!


 ――勝つ可能性を掴むには、墓地に眠るあのカードしかないか。


 俺が悔し気に目線を下げたのを、サイナス・クーロンは苦痛を感じながらも察したようだ。

 尻尾からボストン・クラブを引きはがすのを堪えるように止め、痛みを我慢した涙声で俺に言葉をかけてくる。


『アサヒさん! 私のことは気にしないで。この勝負を諦めないでください! リームのために私も頑張ります。アイツの攻撃なんて……うぅ、平気です! だから絶対にリームを助けてください!』


「クロン、ごめん……」


「クロン…………カルンガといったわね! お願い! この勝負を中止して!」


『リーム……!?』


 両手両足にかせがはめられた状態でもリームが立ち上がり、今まさに攻撃を考えていたカルンガへと叫ぶ。

 だけど、カルンガは耳をほじって聞く気なしだ。


「私はもう商品になっていいから、この勝負はあの人の負けでいいわ! だからクロンに攻撃しないで! あの子じゃ、絶対に耐えられない……」


 リームは心の底からクロンのことが心配なんだ。さっきまで冷静に見えた表情は血相が変わっている。

 向こうにいるサンダー・タイガーはまだかまだかと攻撃の命令を待っており、どう見てもサイナス・クーロンを完膚なきまでに叩き潰すつもりだ。


「っさいわねぇ! ワタシ、そう言うのを聞いたらなおさら虐めたくなっちゃうのよぉ! バトルフェイズよ! サンダー・タイガーでその小娘ドラゴンを攻撃!」


『リーム! 大丈夫です! アサヒさんなら必ずかって――』


 瞬間、サンダー・タイガーの雷撃をまとった拳がサイナス・クーロンの頬に叩き込まれた。

 その衝撃が全て彼女へと打ち込まれた後、雷虎はさらに空中で跳躍して一回転。その勢いを利用して両拳でハンマーの形を作り、何が起こったのか分かっていない彼女の頭へと振り下ろした。


 硬いものと硬いものがぶつかり合う、単純でいて、それでも心をえぐるような酷い音。

 一呼吸も置かずに、彼女の頭が地面に叩きつけられた。


「クロン!? っ……ああああ!! 俺は墓地の元素鉄英エレメタルスミスト・ゴーストの効果発動! このカードが墓地に存在する時、一度だけ戦闘ダメージを0にできる!」


「なんですって? あぁ、そう。最初のターンにウッド・ハンマーの手札を交換する効果で墓地へ送っていたのね」


 サイナス・クーロンを殴り倒したサンダー・タイガーは、まだ飽き足らずに俺へと殴りかかってくる。

 しかし、そこにいるのはミスト・ゴーストが作り出した俺そっくりの蜃気楼。

 拳は何もない場所を通り抜け、これ以上の追撃は無意味と判断したサンダー・タイガーがカルンガの元に戻る。


「クロン……クロンッ!」


「クロン、そんな……」


 ダメージは回避できても、ほっと一安心なんてできなかった。いそいで俺はぐったりと地面に倒れた彼女に駆け寄り、その顔に手を当てる。

 彼女はうっすらと虚ろに目を開けてくれた。即死するような一撃にはなり得なかったみたいだ。それでも、それでも……こんな!


 こんな痛みを味わわせるようなことをリームに強いるのか!? 明るい元気なクロンにここまでの痛みを与えて楽しいのか!?


「クロンッ、大丈夫か!? クロンッ!」


『アサ、ヒさん……』


「ごめん、俺がもっといいカードを引いていたら、うまくできてたらこんな目には」


『ア……ヒさん、前……!』


「えっ?」


 彼女が必死に何かを伝えようとしている。何かあったのかと顔を上げた。




 そして、俺の頭は前から何者かに鷲掴みにされ、後ろ側の地面へ叩きつけられた。


――――――――――――――――――――

朝陽 LPライフポイント4→1

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